ソニー小倉氏にインタビュー

<CES>8Kは「見るもの」でなく「感じるもの」。ソニー8Kテレビが問いただす視覚と知覚の境界線

折原一也
2019年01月11日
ソニー小倉氏が語る、8Kがもたらす“リアリティ”とは

ソニーの8K液晶テレビ「Z9G」

ソニーがCES 2019で初めて発売する、ソニー初の8K液晶テレビ「Z9G」(関連ニュース)。98型/85型の2モデルで展開される「Z9G」を視聴する際には、従来語られてきた0.75H(画面の高さの0.75倍)ではなく、1.5H(画面の高さの1.5倍)の方がふさわしいという。本記事では、8Kテレビによる映像の “リアリティ” に関わる興味深い話を、ソニービジュアルプロダクツ技術戦略室主幹技師の小倉敏之氏から聞くことができた。

ソニービジュアルプロダクツ技術戦略室主幹技師・小倉敏之氏にインタビュー

8K映像から最も “リアリティ” を感じる距離は0.75H? 1.5H?

薄型テレビで映像を見る際には、一般的に画面解像度によって視聴距離と画角が決まると言われている。例えばフルHDなら3H(画面の高さの3倍、画角30度)、4Kなら1.5H(画面の高さの1.5倍、画角60度)、8Kなら0.75H(画面の高さの0.75倍、画角100度)というのが定説だ。

これは画面を視聴する際の画角とピクセル数の計算に基づいていて、それ以上近づいてしまうとピクセル構造が見えてしまう、情報量の限界点の距離だ。だから一般的には、フルHD、4Kテレビ、8Kテレビとパネル解像度の増加に合わせて視聴距離が短くなる(短くできる)というわけだ。

だが、8Kなら0.75Hで見ると良いというのは、「薄型テレビの情報を限界まで見る」という前提に基づく距離であり、8Kの映像体験に適した視聴距離は1.5Hの方がふさわしい、というのがソニー小倉氏の見解だ。

なぜ8Kの映像体験に適した視聴距離は、1.5Hにたどり着いたのか。話は昨年のCES 2018でソニーがデモを披露した、8K/10,000カンデラのテレビ(当然だが、仕様はソニーがCES 2019で披露した8K液晶テレビ「Z9G」とは全く別もの)以降の8K TVの視聴体験に遡る。

「昨年CES2018に出展した8K/10,000カンデラを視聴したあとに、椅子に座って前後に動いて8K映像の見え方を確認していると、近づき過ぎるとピクセルが見えてしまうんですけど、映像のリアリティのピークはピクセルが見えなくなる定説の0.75Hではなく、それよりも離れた1.5Hにあるように見えるんですよね。しかも社内・社外の人に見てもらっても、みな1.5Hあたりに、リアリティのピークがあると言うんです」(小倉氏)

原因を考えているうちに行きあたったというのが、NHK放送技術研究所の正岡博士が提示した「実物との比較による高解像度画像の実物感」という論文だったという(詳細はこちら)。

論文では、オブジェクトをディスプレイに表示した際、どの程度離れると同じに見えるかを検証しているが、ピクセルが目に見えなくなる定説「画角(1分)に対して1ピクセル」ではなく、2ピクセルあたりから実物と同じように見えると書かれている。

論文の理屈を適用すると、8Kテレビをリアルに感じる距離は定説の0.75Hの2倍の距離、つまりは8Kテレビには1.5Hが必要ということになる。これが小倉氏が検証していた、リアリティがピークになる距離と一致する。

HDR、BT.2020と映像規格の進化が8K映像をリアリティの領域に引き上げた

問題は「なぜ8Kテレビでは1.5Hが必要になってくるか」だが、これは論文には書かれていない。

その原因として小倉氏は、8Kと共にHDR、BT.2020といった広色域で膨大なカラーボリュームを扱うようになることで、物がより立体的に見えるようになると、そこに存在するグラデーション、つまり色のステップが、画面に映した物体の表面の質感を失わせ、 “リアルじゃない” と思わせてしまうことが原因ではないかと考えた。

解決策はグラデーションのステップをより細かくすることだが、同じ面積の中でステップの刻みを小さくすることは、ピクセル数を上げることとイコールだ。つまりHDR、高色域を用いてリアルな映像表現が可能になったからこそ、8Kという解像度の必然性が生じた、ということだ。

では、そもそもなぜ今わかったのか。同じことは4Kの時代には起こっていなかったのかというと、そうではなかった。8Kが定説の2倍にあたる1.5Hが最適だったように、4Kの定説である1.5Hの2倍、3Hで視聴すると “恐らくリアリティのピークはここにある” ということが、実験でわかったという。しかし画面から大きく距離が離れてしまうため、リアリティの差は小さかった、と小倉氏は話す。

人が “リアリティ” を感じるのは、解像感、コントラスト、色深度、色域、輝度、フレームレートといった諸条件が揃わなければならない。それは人の脳内で起こっていることだ。つまり8Kの映像体験も、“測定できない領域” に踏み込み始めたというのだ。

だが脳内で起こることなんてオカルトっぽいからと、切り捨てるわけにもいかない。こうした人間の感性、感覚の限界点というのは、将来の技術的基準を決めるため、常々研究がなされているものだ。この結果を、小倉氏は自身の体験と実験を元に論文を執筆し、第25回 ディスプレイ国際ワークショップ (IDW)にて発表。「IDW'18 Best Award」として認めらられたという。

小倉氏の考える8Kの本当の価値は「大きなカラーボリュームとして、大きな輝度によって描かれる、本当のリアリティ」。そして、それはクリエイターにとって、映像表現のための良いキャンバスと言いかえることができるだろう。

現在、4K/HDR作品のマスターモニターには、ソニーの4K有機ELマスターモニター「BVM-X300」が使われるケースが多いが、このモニターを近距離でチェックするクリエーターからの見え方を再現しようとすると、画面の大きさが2倍、3倍程度の4Kモニターでは密度感が足りなくなる。そこで画素密度が高い8Kパネルの出番だ。

クリエイターの意図を再現するための8K液晶テレビ「Z9G」

ソニーが今年発表した8K液晶テレビ「Z9G」に搭載している高画質プロセッサ「X1 Ultimate」では、8K映像に最適化したデータベースを搭載することで、4K映像を8Kへアップコンバートできる。これにより先述したBVM-X300の密度感を再現することで、クリエイターの見え方と近くなり、映像に込めた意図を最大限に表示できるように設計されている。

X1 Ultimateは昨年発売された4Kモデルから搭載されているが、もともと8Kを想定されて開発した映像プロセッサーだという

そしてクリエーターにとっては、映像上で音が出ているはずの場所と、実際にテレビから聞こえる音の位置のズレも違和感につながる。これを解決するため、本体の前面上下左右に搭載される4つのスピーカー「Four Fancing Speaker」による「Acoustic Multi-Audio」を採用し、音の聞こえる位置も、クリエーターの意図通りに再現する。映像だけでなく音のパフォーマンスも向上させ、クリエーターの意図を届けるためにすべてが作り上げられているのだ。

枠の部分にスピーカーが搭載。これが画面の上下左右、合計4つ搭載されている

8Kで “リアリティ” に迫る映像体験に到達しようとしているZ9Gだが、僕から少しだけ説明を加えておこう。ソニーブースで行われていた8K映像デモは、ソニーのシネマ向け8K3板式カメラシステム「UHC-8300」で撮影された、リオのカーニバルの無圧縮映像だ。この映像から感じたのは、小倉氏の言葉を借りるまでもなく、究極の8K画質を感じさせる出来栄えということ。そんな超高画質映像だからこそ “リアリティ” の領域に踏み込めるのだ。

特に今年のCES2019は他社も8Kテレビを多数出展していたが、「8K解像度は分かるが、デモの質があまりにひどい」というものが、いくつもあった。そんな酷い8K映像を小倉氏の提唱する “1.5Hの距離” で視聴したところで、 “リアリティ” を考える次元にまでには到達しない、という事は考えなくてはいけないだろう。

“リアリティ”というのは、解像度だけでなく、色だけでなく、コントラストだけでもなく、全てを兼ね備えたバランスの上で成り立つ。どれか一つだけを取り出して考えるのはナンセンスだ。

それを現時点で、最もバランスの良い形で成立させたモデルとして、小倉氏が自信を持って送り出す機種が、ソニーの8K液晶テレビ「Z9G」というわけだ。ソニーは最高級モデルからエントリーモデルまで、統一感ある画質を確保する技術に長けているので、フラッグシップが完成すれば同じ映像トーンのまま、他の機種も作り上げる事ができるだろう。

ソニーの8K液晶テレビ「Z9G」が誘う、“リアリティ” が問われる映像体験の世界。だが数字だけではない「8Kの次の高画質基準」に、ソニーは早くも目を向け始めていることを知っておきたい。

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