新ウォークマンA誕生秘話・インタビュー<後編> − A800シリーズの成功がソニーのオーディオ戦略にもたらすもの

2007年04月05日
動画機能を備えた新ウォークマンA800シリーズの登場はソニーのオーディオ戦略にどのような変化をもたらすのだろうか。筆者が最も興味を持っているのは本サイトで以前使用レポートをご紹介したHDD内蔵コンポ「ネットジューク」の存在だ。ネットジュークには携帯ゲーム機の“PSP”と同サイズの4.3型ワイド液晶が搭載されている。A800シリーズのように、将来的にはこのネットジュークの液晶画面でも動画再生が可能になるのではないかと期待した次第だ。


ソニー(株)コーポレート・エグゼクティブ SVP オーディオ事業本部 事業本部長 吉岡浩氏
このネットジュークという製品は、パソコン無しでMP3やATRACなどの圧縮ファイルを作成できる数少ないオーディオ機器だ。もちろん圧縮音楽対応のウォークマンの母艦としても重宝する存在だ。ウォークマンの進化に伴い、ネットジュークも大きな変更が予定されているのだろうか?前回のインタビューに引き続き、ソニーのオーディオ事業を統括するオーディオ事業本部長の吉岡浩氏にお話をうかがった。

(インタビュー/鈴木桂水)


■“ウォークマン”の動画再生対応は次期“ネットジューク”にどんな影響を及ぼすのか

━━コネクト事業部の2枚看板といえば“ウォークマン”シリーズと、HDD搭載オーディオシステムの“ネットジューク”だと思います。ウォークマンは動画対応という大きな進化を遂げましたは、今後、ネットジュークはどのような方向へ進むのでしょうか。ウォークマン同様、動画対応の実現はあるのでしょうか。
吉岡氏:動画再生機能はA800シリーズでスタートしたばかりです。まずはユーザーにどれだけ受け入れられるか、様子を見ています。ネットジュークに限らず技術的には動画再生に対応することは可能です。しかし動画再生に対して、ユーザーのニーズがどこまであるか慎重な構えている部分もあります。たとえば通勤電車で動画を楽しんでいる人を見かける頻度は、今のところ月間に数人度程度です。ある調査では携帯電話のワンセグ機能は自宅で最も使われているという結果も出ているようです。その一方でウォークマンをはじめとする製品のユーザーから、動画再生機能に対する要望が多いことも理解しています。ネットジュークへの動画再生機能の搭載は技術的に難しいことではないので、こちらもやはりユーザーからの声が高まってきたら検討する価値はあるということでしょうね。

本体に80GBのHDDを内蔵した「NAS-D70HD」


吉岡氏のコメントからは、現状ではとにかく市場を慎重に見極めようとする姿勢が感じられた。それだけに動画機能の話になると、その先のビジョンが見えなくなってしまう。日頃からPSPやiPod、ニンテンドーDS/DS Liteなどを使い分けて、モバイル動画を楽しんでいる筆者からすると、そのあたりにも一抹のもどかしさを感じてしまった。

筆者の考えでは、今回ウォークマンが動画に対応したことで、ネットジュークも動画対応に進化する必要性が高まったと感じている。まずネットジュークにはPSPと同等の高画質液晶が搭載されている。ベッドサイドに置けば映画の一本ぐらい楽に楽しめそうだ。またネットジュークには映像の出力端子も備わっているのだ。使い方次第ではネットワークからダウンロードした映像をテレビに表示することも可能だろう。


NET JUKEはブロードバンドネットワークを利用した総合音楽サービスプラットフォームである“エニーミュージック”に対応する
液晶はQVGAよりも高解像度の480×272ドットを搭載している。これならネットワークブラウザを表示しても見やすく、操作もしやすいだろう。LAN端子も備えているので、インターネットの接続して、P-TVなどの専用サイトにアクセスし、ビデオクリップなどをダウンロードして内蔵するHDDに保存することもできる。現行のモデルでも、本体だけでエニーミュージックという有料サイトにアクセスして、音楽をダウンロードしたり、CDを通販で購入することができる。これだけの条件が揃っていれば、次期モデルで動画のダウンロードに対応するのは容易い事ではないだろうか。さらにRSS対応にすれば、深夜など視聴していない時に最新の動画をダウンロードしておくこともできるはずだ。そうなれば出勤前の忙しい時間でも、ネットジュークにウォークマンを接続して短時間で動画を転送し、外出先で視聴する楽しみかたもイメージできる。ネットジューク単体でダウンロードとウォークマンへの転送が完結すれば、わざわざパソコンを起動させる必要もなく、ずっと手軽だ。

以上は筆者の完全な妄想話でお恥ずかしい限りだが、それだけネットジュークには次世代のオーディオに対する起爆剤的な素質があると期待をしている。一方で、これまで発売以来のネットジュークに注目してきたが、何となく“地味”な印象も受けていた。もしかすると現行モデルで終わってしまうのでは?という勝手な不安すら抱いてしまうこともあった。今後のネットジュークのプロモーション戦略を吉岡氏にうかがってみたところ、「確かに、音楽をHDDに録音して楽しめるというネットジュークのメリットを、音楽好きのユーザーの方々に知っていただくのに、確かにこれまで少し時間がかかってしまいました。しかし、ネットジュークの販売は着実に伸びており、現行モデルで終わることはありません。次期モデルも開発を進めています」という答えだった。その動画対応の有無について、現時点で確かな答えを得ることはできなかったが、近い将来に意欲的な製品が発売されることを大いに期待したい。


■著作権保護技術“DRM10”、あるいはMac系OSへの対応は?

もう一つ、吉岡氏に質問したかったことがある。それはマイクロソフトの著作権保護技術DRM10への対応だ。DRM10に対応すれば、定額で音楽を無制限にダウンロードできる「ナップスター」が利用できる。兼ねてから大容量HDDを搭載するネットジュークのような製品こそ、定額・無制限ダウンロードに対応すべきだと筆者は考えていた。もちろん音質の良いウォークマンでも利用したいユーザーは多いはずだ。この問いに対して吉岡氏は「DRM10には独自のメタリングやリスト機能のルールがあります。それがソニー独自の音楽管理アプリケーションである“Sonic Stage”と干渉するので、今後の対応は難しいと考えています」との事だった。


ソニーのコンテンツビジネスに「mora」や「エニーミュージック」という、音楽配信サービスがあることを知りつつ、投げかけてみた質問だったので、吉岡氏からの回答は予測ができていたが、ウォークマンやネットジュークでナップスターが利用できれば、音楽ライフは大きく変わったのではと思うと少し残念に感じた。また、ウォークマンが今後Mac系OSに対応する可能性についても訊いてみたが、こちらについては「市場の大きさを考えればWindowsが中心になる。現時点でMacintosh対応は考えていない」と言うことだった。


■A800シリーズには歴代“ウォークマン”の成功が活かされている

今回の取材で印象的だったのは、ウォークマンA800シリーズが前モデルのHDD搭載機A1000/A3000シリーズのインターフェースをそのまま継続した事だ。A1000/A3000では同じインターフェースでもHDDへのアクセスに時間がかかり、再生曲を変更するのがうんざりするほど使いづらかった。当時の製品としては音質が良かっただけに、「もう少しキビキビと動いてくれれば」と感じたユーザーも多かったことだろう。しかし、新しいA800シリーズは、前モデルのインターフェース構造をほぼそのまま踏襲しながら、CPUのパワーを向上させるとともに、高速にアクセスが可能なフラッシュメモリーを採用したことで音楽プレーヤーとして群を抜く快適なインターフェースを実現している。


従来のソニーの製品なら、例えば事業部の構造やトップ人事の変更による“世代交代”が行われてしまうと、その影響がモノづくりにも表れることがしばしばあった。それまでに蓄積されてきた技術や開発ノウハウがリセットされ、1から生まれた新たな技術を投入した製品がつくられて行くので、不便だった部分だけでなく、従来の使いやすかった機能までが根こそぎ入れ替わってしまうのだ。これではユーザーは常に新鮮な製品に出会える半面、技術の蓄積により育成された製品の持つ魅力が感じられなくなってしまう。即ちメーカーに次々と新技術を投入するだけの開発力・技術力があると言うことなのだが、それがユーザーにとっても同じく幸せなことかと言えば、筆者は疑問を感じる。ウォークマンA800シリーズでは、前モデルの良い部分を活かしながら、そこに新たな技術を上手に取り込んだことも大きな魅力の一つではないだろうか。筆者の推測の域だが、このあたりはソニーのオーディオ事業を統括する吉岡氏の采配によるものが大きいのではないだろうか。

今回のインタビューから、吉岡氏はソニーのオーディオ機器が“動画機能”を手に入れたことについて、今後の展開を非常に冷静に分析されているように感じられた。この吉岡氏のクールな判断力が、ウォークマンA800シリーズを完成度の高い製品へと導いたのだろう。一方で、今後A800シリーズに対するユーザーの要望も、特に動画機能を中心に日々寄せられてくることだろう。吉岡氏をはじめとする、ソニーのオーディオ製品開発陣の次なる一手が今から楽しみである。



鈴木桂水(Keisui Suzuki)
元産業用ロボットメーカーの開発、設計担当を経て、現在はAV機器とパソコン周辺機器を主に扱うフリーライター。テレビ番組表を日夜分析している自称「テレビ番組表アナリスト」でもある。ユーザーの視点と元エンジニアの直感を頼りに、日経BP社デジタルARENAにて「使って元取れ! ケースイのAV機器<極限>酷使生活」、徳間書店「GoodsPress」など、AV機器を使いこなすコラムを執筆中。
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