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【特別企画】ワッツ氏&フランクス氏に聞く

<開発者インタビュー> CHORD「DAVE」が“オーディオ再生の最先端”である理由

公開日 2016/05/19 10:00 構成:編集部 小澤貴信
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CHORDの新フラグシップD/Aコンバーター「DAVE」は今年2月の発売以来、その“音”によってオーディオファンの注目を集めている。現代オーディオの最先端を行くDAC技術とサウンドは、どのようにして実現したのか。CHORDの製品開発の中心人物であるロバート・ワッツ氏、ジョン・フランクス氏にその詳細を伺った。

CHORD Electronics社のCEOであるジョン・フランクス氏(左)、エンジニアであるロバート・ワッツ氏(右)

CHORDは、もともと航空電子工学関連の仕事をしていたジョン・フランクス氏が創立したオーディオブランドだ。同氏が手がけた業務用アンプは、英BBCに納入されるなど評価を得ていた。ここにDAC技術者であったロバート・ワッツ氏が合流。FPGAを用いたD/Aコンバーター「DAC64」を世に送り出し、CHORDはハイエンドオーディオにおける地位を確固たるものとした。近年ではポータブル分野において「Hugo」が大きな支持を集めたのはご存じの通り。そして2016年2月、「QBD76」から数えると約8年ぶりとなるフラグシップDACのフルモデルチェンジを実施。今回の主役である「DAVE」が登場した。

まずは両氏に、DAVEの心臓部であるFPGAについてお話を伺った。CHORDはDAC64以来、汎用のDACチップを用いずに、FPGA(field-programmable gate array:設計者がプログラムや構成を設定できる集積回路)に独自アルゴリズムを書き込むことでD/A変換を行うという手法を取ってきた。そしてDAVEのFPGAには、Hugoに搭載されたFPGAの10倍の規模を持つXilinx社「Spartan-6 XC6SLX75」が採用された。

CHORD「DAVE」¥1,500,000(税抜) ※写真は別売の専用スタンドに設置したところ

「ここまで巨大かつ複雑なFPGAには触ったことがありませんでした」とワッツ氏は、Spartan-6 XC6SLX75の驚くべき処理能力を語る。「これまではDACのデザインはFPGAの性能の制限の中で行わざるをえませんでしたが、DAVEの新たなFPGAは、様々な制約を取り払いました。結果として、リスニングの結果を踏まえながらコードを書き換えて、音をさらに追い込んでいく作業が可能になったのです。Hugoでは音で気になるところがあっても、FPGAの限界によってコードを書き換える余裕がありませんでした」。

HugoではFPGA周辺の開発に6年の歳月を要したが、この過程で飛躍的な音の改善が実現した。しかし、どの部分の改良が音質の向上につながったのか、全てを整理しきれていなかったのだという。Hugoをはるかに凌駕するFPGAを採用したDAVEでは、新たなアプローチに加えて、音質改善とパラメーターの相関関係を整理していく作業に取り組むことも可能になった。

ノイズシェイパーが“奥行き感”の再現を左右する

DAVEの音質のキモとして最初に言及されたのは、ノイズシェイパーについてだった。本機では、全46の積分回路を採用した17次ノイズシェーパーが新規に設計された。

ワッツ氏はHugoのノイズシェイパーを開発していた際に、そのアルゴリズムやパラメーターの変更が「奥行き」の再現に大きな影響を与えることに注目した。Hugoでは結果的に-200dBという歪率を実現する高性能ノイズシェーパーが実装されたが、「まだまだ先に行ける」という感覚があったのだという。

「私は10代の頃から、音の奥行きの再現について興味を持っていました。例えば、教会で100m先に設置されたオルガンの音を聴くとしましょう。目をつぶってその音を聴くと、自分とオルガンとの距離感を認識できます。しかし家庭でのオーディオ再生になると、残響は再現できても、オルガンはせいぜいスピーカーの中央に定位するだけです。オーディオ再生で自然な奥行き感をいかに取り戻すのか、それが長年の関心事でした」(ワッツ氏)。

長年、オーディオ再生における「奥行き」の再現に興味を持っていたというワッツ氏

脳がある音を認識するとき、残響や反射音などの様々な情報によって音が発する方向や位置を認識する。しかし、こうした音の間接成分はレベルが非常に小さい。オーディオでこうした微細音をどれだけ正確に取り戻すかは、ノイズシェーパー次第なのだという。

ワッツ氏は当初、-200dBの歪率が獲得できるノイズシェーパーが実現できれば十分だと考えていた。この値は、一般的なハイエンドDACと比べても1,000倍は精度が高いのだという。しかしDAVEの開発過程で、FPGAの膨大な処理能力を活かして歪率を-220dBにまで追い込むと、奥行き再現はさらに向上した。

DAVEのノイズシェーパーの開発には90日を要し、結果的には-350dBという驚異的な歪率を達成したとワッツ氏は説明する。前述の通り46積分回路を用いた17次ノイズシェーパーは、この部分だけでもHugoのFPGAには収まりきらないという莫大な回路規模を誇っている。

「Hugoが大きなキャンバスに絵を描いているのだとしたら、DAVEは巨大な礼拝堂を建築するかのようなものです。HugoとDAVEのノイズシェイパーには、それくらいの差があるのです」(フランクス氏)。

またワッツ氏は、人間は計測できないレベルの微小音をも感知できると強調する。「1980年代にオーディオケーブルの設計に携わったことがあるのですが、1mと100mの伝送をそれぞれ測定しても、数値上の差は現れませんでした。しかし聴感では確かに差が現れます。-120dB程度が人間の可聴限界と言われていますが、さらに微細な音を、人間はなんらかの方法で聴き分けているのです」。

一方で、DAVEは測定上においても驚くべき特性を示している。下の【図1】は、DAVEがそのノイズシェイパーの効果により、-301dB(6kHz)という超微細信号を再現可能であることを示している。【図2】はDAVEのノイズフロアを測定したもので、信号の変動に対してノイズフロア変調がどれだけ起こるかを示すという。2.5v RMSの出力において、ノイズフロアは-178dB、歪みの最大値は-150dBA。ノイズフロア変調も、非高調波歪も皆無であることがわかる。

【図1】DAVEにおいて-301dB(6kHz)という超微細信号を再生した際の特性表

【図2】2.5v RMS出力時のノイズフロアを示すグラフ

ワッツ氏は「ノイズフロア変調は耳で判別しやすい要素で、この影響があると、音が明るく聴こえたり、音の角が立って聴こえてしまうのです」と説明する。

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