Apple Musicがラジオ制作スタジオを東京にオープン。「日本の音楽カルチャーを世界に発信する心臓部」
2025/04/29
音楽ストリーミングが当たり前の存在となった現在、楽曲を聴く手段としてのサービス競争は成熟期を迎えつつある。そのなかでApple Musicが他社との差別化要素として重視しているのが、「Apple Music Radio」だ。2025年に東京スタジオを開設し、日本発の番組制作やアーティストとの連携を強化。国内アーティストのコンテンツを世界へ発信している。
なぜAppleは、オンデマンド再生全盛の時代にラジオへの注力を続けるのか。そして、日本市場をどのように捉えているのか。今回PHILE WEBでは、Apple MusicのCo-Head(共同責任者)であるレイチェル・ニューマン氏にインタビューを実施。東京スタジオ開設から1年を迎えた現在の成果、日本の音楽市場に対する評価、Apple Music Radioの戦略などについて話を聞いた。
――Apple Music Radioの東京スタジオが開設されて約1年が経ちました。改めて、東京に拠点を設けた理由と、その後の変化についてお聞かせください。
レイチェル・ニューマン氏(以下、レイチェル):これまで私たちは、ロサンゼルス、ニューヨーク、ナッシュビル、ロンドン、パリ、ベルリンなどにスタジオを設置してきました。これらの都市を擁する地域・市場は音楽的に非常に重要だと捉えており、東京にスタジオを開設したのも、日本が世界的に見て重要な音楽市場だからです。私たちにとっては、ごく自然な流れでした。
Apple Music Radioの目的のひとつは、アーティストがファンやリスナーに向けて、自身の思いやストーリーを直接伝えられる場を提供することです。
ストリーミングが一般化した現在、音楽との新たな出会いやアーティストとのつながりを生み出す体験は、Apple Musicならではの価値であり、差別化できるポイントだと考えます。
実際、東京スタジオ開設後の約1年間で、日本国内におけるApple Music Radioの聴取数は約48%増加しました。
DJの落合健太郎による『J-Pop Now Radio』や、アーティスト・音楽評論家 みのによる『Tokyo Highway Radio』などの番組も東京スタジオを収録拠点とし、多くのリスナーを集めています。
リスナーの増加とともに番組数も拡大しています。人気アーティストが自身のライブラリーから楽曲を紹介する『これ聴いてます』の新エピソードに加え、HANAによる『The Blooming Hour with HANA』、Snow Manによる『Snow World Radio』なども注目を集めています。
また、Apple Music Radioへの参加アーティストが増えることで、プラットフォームとしてのApple Musicへの関心も高まりつつあります。アーティストとサービスが相互に良い影響を与え合う好循環が生まれていると感じています。
――日本市場そのものについてはどのように見ていますか。
レイチェル:日本は重要な市場であると同時に、とてもユニークな市場でもあります。ストリーミングなどの新しいテクノロジーを受け入れる土壌が整っており、独自のファンダム文化やソーシャル面でも先進的です。
その一方で、CD購入の習慣が根強く残り、レコード市場も活況を見せるなど、フィジカルメディアの文化も根強く残っています。新しいものと伝統的なものが共存している、非常に特徴的な市場だと感じています。
こうした多様性のある市場は、アーティストにとっての経済的な基盤の充実にもつながります。その意味でも、日本はグローバルな視点から見て非常に優れた音楽市場だと言えるでしょう。
――そのような市場で、Apple Music Radioに注力し続ける理由は何でしょうか。
レイチェル:Apple Musicの中核は、あくまでストリーミングサービスです。ただ私たちは以前から、ラジオがストリーミング体験のなかで重要な役割を果たすと考えてきました。
例えば、ラジオで出会った楽曲をライブラリへ追加し、そこからアーティストのアルバムや関連作品、ライブへと興味を広げることができます。私たちはラジオを“音楽発見の入口”として位置付けています。
またApple Musicでは、24時間365日のリニア配信だけでなく、オンデマンドで楽しめるライブラリコンテンツとの連携も重視しています。ラジオで出会った音楽を後から好きなタイミングで聴き返し、関連作品へアクセスできる。この両者を組み合わせることで、より豊かな音楽体験を提供できると考えています。
特に日本では、リニア型のラジオ聴取同様にオンデマンドで楽しむスタイルが人気です。そのためラジオを単独のサービスとしてではなく、Apple Music全体の体験の一部として設計しています。
――オンデマンド聴取が主流となった現在でも、その重要性は変わらないのでしょうか。
レイチェル:ストリーミングサービスの普及によって、音楽はひとつの“ユーティリティ”のような存在になったと考えています。今では電気や水道のように、いつでもどこでも音楽を楽しめるようになりました。作業中や車内、エクササイズ中など、さまざまなシーンで自然に音楽が流れる時代です。
一方で私たちは、単に音楽を流すだけではなく、リスナーがより深く音楽と関われる体験を提供したいと考えてきました。
さまざまな楽曲に触れるなかで、特定のアーティストの熱心なファンになり、その考え方や創作の背景にも興味を持つようになる。そうした体験を生み出す重要な接点がApple Music Radioです。
Apple Music Radioは単なる音楽配信チャンネルではありません。アーティストが自らの言葉でストーリーを語り、ファンとより深くつながるためのプラットフォームです。また、リスナーにとっては新しい音楽やアーティストと出会う入口でもあります。
Apple Music Radioを始めてから11年が経ちましたが、この考え方は今も変わっていません。前身である「Beats 1」の時代から、音楽との接点を増やし、アーティストとファンを結びつけることを大切にしてきました。Apple Music Radioは現在もApple Music体験の中心的な役割を担っています。
――Apple Music Radioのコンテンツを他のプラットフォームへ展開する可能性についてはいかがでしょうか。
レイチェル:私たちはパートナーシップに対して非常にオープンな姿勢を持っています。実際に米国をはじめ複数の地域では、シンジケーションやパートナーシップの取り組みも行っています。
大切なのは、Apple Musicのコンテンツを囲い込むことではなく、アーティストがより多くのファンにストーリーを届けられる環境を作ることです。ファンとの接点が増えることはアーティストにとってもメリットがありますし、音楽プラットフォーム全体の活性化にもつながります。
結果としてApple Music、提携先のプラットフォーム、そしてアーティストのすべてが恩恵を受けられる。私たちは、そうした双方にメリットのある関係を築いていきたいと考えています。
――PHILE WEBの読者には、高音質な音楽体験に関心を持つ方も多くいます。そういったユーザーに向けた、ハイレゾ/ロスレス配信や空間オーディオなどへの取り組みについてお聞かせください。
レイチェル:私たちはこれまで、ハイレゾ/ロスレスや空間オーディオへ継続的に投資してきました。今後もその方針は変わりません。特に空間オーディオは、聴いた瞬間に違いを実感しやすい技術だと考えており、重要な取り組みのひとつとして位置付けています。
また、Apple Music Classicalも私たちにとって非常に重要なサービスです。例えば、ヘルムルト・ブロムシュテットと山田和樹が指揮した2022年NHKホールのライブ録音2作品が6月12日にリリースされ、これらを含むNHK交響楽団のアルバムはApple MusicとApple Music Classicalの両方で配信されており、ロスレスと空間オーディオで楽しむこ とができます。
日本で人気のある角野隼斗さんやアリス=紗良・オットさんの作品でも、高音質配信や空間オーディオ対応が進んでいます。近年ではクラシックアーティストがアルバム制作の段階から、ハイレゾや空間オーディオを前提として制作するケースも増えています。
クラシック音楽はもともと音場表現や空間表現との親和性が高いジャンルです。その意味でも、高品質配信や空間オーディオの価値を特に実感していただきやすい領域だと思います。
――日本の音楽市場や配信環境の変化について感じることはありますか。
レイチェル:非常に大きな変化を感じています。Apple Music Radioをスタートした11年前を振り返ると、日本ではまだ音楽配信に参加していないアーティストも少なくありませんでした。しかし近年は状況が大きく変わり、現在ではほとんどのアーティストがストリーミング配信を行うようになっています。
その変化を象徴する出来事のひとつが、東京スタジオ開設とほぼ同時期に実現したSnow Manの楽曲配信でした。
Snow Manは非常に熱量の高いファンコミュニティを持つアーティストですが、Apple Music Radioで展開した『Snow World Radio』はファンの皆さんと一緒に楽しめる番組として大きな反響をいただきました。
日本の音楽市場において、ストリーミングとアーティスト、そしてファンとの関係性がより深まっていることを示す好例だったと思います。
――東京スタジオで制作したコンテンツは海外にも届けられていると思いますが、反響はいかがですか?
レイチェル:そうですね。Apple Music Radioは24時間体制で世界中に配信されているネットワークであり、東京スタジオで制作した番組もグローバルに届けられています。日本のアーティストによる番組やコンテンツも国境を越えてリスナーへ届けることができるため、近年は海外展開を視野に入れたアーティストが、東京だけでなくロサンゼルスなどの海外スタジオを活用するケースも増えています。
――具体的にはどのような事例がありますか。
レイチェル:例えば藤井 風さんは、ロサンゼルスのApple Musicスタジオを訪れ、インタビュー収録とパフォーマンスを行い、その際に収録した2曲とビデオをApple Musicで現在配信中です。彼は英語でも自然にコミュニケーションができることもあり、その番組は日本国内だけでなく海外のリスナーからも大きな反響を集めました。
また、JO1の皆さんもロサンゼルスのスタジオを訪れ、『Holiday Takeover』と題したホリデーシーズン向けの特別番組を制作しています。クリスマスソングをテーマにした企画でしたが、海外のリスナーにも好評でした。
さらにHANAの皆さんもロサンゼルスのスタジオにお越しいただいています。このように、日本のアーティストが東京だけでなくロサンゼルスなど海外拠点も活用しながら、世界のファンへ向けて発信する機会は確実に増えています。背景には、日本の音楽に対する海外からの関心の高まりがあります。
――現在、日本の音楽はどの地域で特に支持を集めているのでしょうか。
レイチェル:Apple Musicにおける日本関連のプレイリストや番組を見ると、特にラテンアメリカと東南アジアで大きな支持を得ています。その中でもインドネシアとメキシコは非常に重要な市場です。
両国とも日本の音楽やコンテンツへの関心が高く、市場規模だけでなく成長率の高さも特徴です。直近のデータでは、日本語楽曲の再生数はインドネシアで68%、メキシコで59%という高い成長率を記録しています。
こうした動きは、私たちだけでなくアーティストやマネジメント関係者の皆さんも強く意識しています。
日本の音楽が世界へ広がる可能性はますます大きくなっており、Apple Musicとしても東京スタジオやグローバルなラジオネットワークを活用しながら、その流れを後押ししていきたいですね。
――本日はありがとうございました!