サカナクションの新作「怪獣」は空間オーディオで聴くべき楽曲。音の変態が追い求める“真理”を垣間見た
サカナクション3年ぶりの新曲「怪獣」が2月20日にリリースされた。アニメ『チ。 ―地球の運動について―』とのタイアップソングでもある本楽曲だが、Dolby Atmosの空間オーディオ版が用意されていることをご存知だろうか。
サカナクションといえば、かつて6.1chサラウンドシステムを導入した全国ツアーを行ったりと、音響に対する飽くなきこだわりでも有名。また、邦楽アーティストの中でもいち早く、ライブBDにDolby Atmos音声を収録し始めた存在でもある。
少なくともApple Music上のカタログを見る限りだと、「スタジオレコーディングの空間オーディオ音楽作品」はこれが初めてのようだ。先述のこだわりを知っているだけにどんな出来栄えになっているのかとワクワクしながら聴いてみたが……期待を上回る完成度の高さだったことをお伝えしたい。
ステレオ音源と聴き比べてみると、まず冒頭のピアノの響きから全く違う。空間に溶けていくような響き方が広大な音場を感じさせてくれるのだが、そんな広い空間にボーカルとピアノだけが鳴り響くさまは、宇宙に一人で放り出されたかのような寂しさすら覚える。
イントロ途中から少しずつシンセサイザーの音が重なりはじめ、やがて大きな音の波となって目の前へと迫ってきて、ディレイのかかったギターとともにはるか後方へと去っていく。入れ替わるように始まるAメロ序盤がほぼステレオと同等の音場なことも相まって、より空間性を意識させられる。実に秀逸なサウンドメイクだ。
基本的にメインボーカル、ピアノ、ベース、ドラムをセンター付近にビシッと固定しつつ、ギターやシンセサイザーなどの上物を立体的に散りばめる構造になっているようで、ハンドクラップが耳元で聴こえたり、ギターが前方少し先にいたりと、方向性のみならず距離感まで手に取るようにわかる。
そんな中でアンビエントなシンセサイザーが潮のように満ち引きを繰り返しながら、サビで一気に空間全体へと充満する。この「音が満ちる感覚」はまさにステレオ音源にはないもので、サビに入った瞬間の爆発力、ひいてはカタルシスはもはや別物と言っていいだろう。
ここまでは空間表現について取り上げてきたが、音場空間の広さからくる情報量の多さも空間オーディオの魅力のひとつ。先述の通りベースなどはあまり動き回らないものの、音の粒立ちの良さや立体感、解像感など、音の質感がステレオと空間オーディオでは格別に違ってくるのだ。
また、これはあくまで個人的な感想だが、サウンドメイクにも『チ。』への解釈が溢れているように思う。それこそイントロ終盤の「音の波」には、時代という大きな時間の流れの去来であったり、膨大な知識や計算といった点同士が線を結び、地動説という名の“真理”に辿り着く瞬間を擬似体験したような感覚があるし、それを経てAメロで音場が縮小すると、途端に“異端者”のような孤独感、よるべなさが襲ってくる。
もちろんステレオ音源が悪いわけではないが、彼らの音への情熱の強さ、そして徹底した空間オーディオ版の作り込みぶりを考えると、この「怪獣」という楽曲は空間オーディオ版こそがサカナクションが本当に聴かせたかったサウンドなのではないか、と思えてならないのだ。
現在、「怪獣」の空間オーディオ版はApple Musicにて配信されており、AirPodsやBeats一部製品、最近だとテクニクスの最上位機「EAH-AZ100」などのDolby Atmos対応イヤホン・ヘッドホンと対応スマホがあれば聴くことが可能。純粋な空間オーディオ作品としての完成度が高いので、サカナクションのファンのみならず、ぜひとも体験してみていただきたい。
また、浮遊感あるサウンドや音数の足し弾きの巧みさなど、そもそもサカナクションと空間オーディオの相性が良すぎるので、今後の新譜はもちろんのこと、過去作の空間オーディオ化を進めていただきたい。個人的には「多分、風。」などは非常に映えそうな気がしている。































