連載:世界のオーディオブランドを知る(10)総合音響メーカー「ヤマハ」の歴史を紐解く
HiFi DSPからCINE-DSP(CINEMA DSP)へ。ホームシアター時代の音の担い手となる
オーディオのトップメーカーとなったヤマハがつぎに視線を注いだのは「デジタル」だった。楽器メーカー・ヤマハが半導体工場を設立したのは1971年のこと。エレクトーン初め技術革新が進む楽器の世界、電子技術は不可欠であり、「よい音」のために外部に頼らず、楽器専用半導体を内製することが必要と考えた。
クラビノーバ、ピアノプレーヤー、デジタルシンセサイザーといった成果を生み、1985年、ヤマハは「デジタルシステム研究所」を設立する。CDに代表される記録媒体のデジタル化はとうに進んでいた。目的は、LSI(大規模集積回路)に代表されるデジタルの可能性をこれからどう生かして行くか、だった。
ヤマハには他のオーディオメーカーが持ちえない強みがあった。プロアマの演奏家、演奏団体とのつながり、音楽演奏の現場を知ることである。
そうしたチャネルから得られる生命のかよった音のデータを家庭の音楽再生に生かしていくことができるのではないか、大規模記録媒体のデジタル処理を生かして…という結論に行き着く。
1986年、デジタル・サウンド・フィールド・プロセッサー「DSP-1」が誕生する。
ヤマハDSP一号機の本機は、世界の名コンサートホールで実測した残響時間等の音場データをもとにクラシック音楽向きに3ホール6種のバリエーション、室内楽、教会等を用意。ポップス用にジャズクラブ、ロックコンサートを初めとする7プログラムを用意。
さらにディレイ、ステレオエコー、スタジオフランジといった楽器演奏用エフェクターの全16プログラムを内蔵していた。
パワーアンプが別に用意され、基本は4ch再生、前方音場用プロセシング(プレゼンス)スピーカーを加えれば6ch再生に進展し、コンサート会場で生演奏を聴くような臨場感、をコンセプトに誕生した。
ヤマハの半導体メモリー技術とさまざまな音楽の現場で得た知見が結び付いて誕生した世界初の音場創生プロセッサーであった。
しかし注目すべきは、DSP-1はこうした音楽再生(HiFi DSP)の用途だけでなく、映画再生用に三種類のプログラム(DOLBY SURROUND、SURRUOND 1、SURROUND 2)を搭載していたのである。
1970年代半ばに市中の劇場で試験的に導入の始まったDolby Stereoは『スター・ウォーズ』、『未知との遭遇』の世界的ヒットをきっかけに採用が拡大。ビデオディスクに代表される高音質ビデオグラムの普及でDolby Surroundの名称のもと、家庭に進出を開始した。DSP-1は「映画の音」「映画館の興奮」という未開拓の沃野を指し示していた。
はたして、DSP-1はHiFi DSPプロセッサーとしては期待したほどの市場を開拓することができなかった。その理由に一般家庭は概して音楽再生用スピーカーの設置台数を増やすことに消極的だった。販売業界にあっては1970年代半ばの4チャンネルステレオの挫折がトラウマとなっていた。
しかし、映画サウンドの再現において、モアチャンネルはプラスアルファでなく必然である。DSP-1の達成した立体音場創生(再現)機能は、4年後に一体型マルチチャンネルサラウンドアンプに生まれ変わる。
1990年、ヤマハはDolby Surroundプロセッサーを含むプリ部とビデオセレクター部、そして7チャンネルパワーアンプを一筐体にまとめたAVサラウンドアンプ、「AVX-2000DSP」を発表する。空前の内容、機能を持つアンプである。
サラウンドプロセッサーはアメリカのレキシコンの評価が高く、プロセッサー一体型アンプにもNEC、パイオニア等先発のメーカーがあったが、AVX-2000DSPは、もはやそれらと同じステージになかった。
前年に実用化されたDolby Pro Logic(方向性強調回路を搭載し、サラウンドチャンネルもステレオ化された)とヤマハ独自のダブル4chDSPを複合しAV-DSP音場を創成。名付けて「CINE-DSP(のちのCINEMA DSP)」を初搭載。
ソースが Dolby Surroundの場合、専用LSI「YSS-203」が信号のデコード、DSP部の「YM-3413」が音場創成を担当する。LSIの高度な集積化によってスペースの余裕が生まれ7ch一体化が可能になったのだ。
7台のパワーアンプ(しかもディスクリート)を内蔵。メインL/R、センター、プレゼンススピーカー4基をドライブする。
単なるDolbyのデコードに止まらず、CINE-DSPが一流劇場をシミュレートした雄大な70mm/35mmシアター音場を生み出す。CINE-DSPを8プログラムとHiFi DSPを15種類を搭載、オーディオビジュアル時代の総合音響機器像を実現してみせた。
AVX-2000DSPは、ことし40周年を迎えるVGPの前身、ビデオグランプリの金賞を音響機器として初めて受賞した。
全世界で好評を博したが、ことに1940年代から富裕層が16mm映写機で映画上映をたのしむカルチャーの北米で家庭に「映画の音」をもたらす待望の機器として熱狂を持って迎えられた。
AVX-2000DSPの登場によって「ホームシネマ」は「ホームシアター」へ進化したのである。
マルチチャンネル一体型サラウンドアンプのオリジネーター・ヤマハはその後も、Dolby Digitalと3音場処理に初対応の「DSP-A3090」(1995年)、“もうひとつのデジタルサラウンドDTS”に初対応の「DSP-A1」(1997年)、自動音場補正機能YPAO初搭載の「DSP-Z9」(2003)、ロスレスサラウンドに対応、シネマDSP HD3を搭載し現在のアベンタージュシリーズにつながる11.2ch一体型「DSP-Z11」と発展が続く。
ホームシアターの幕開けはアンプだけではない。映像機器もデジタル 〜 固定画素表示の時代を迎えていた。
テキサスインスツルメンツの開発した映像表示素子DMD(デジタルミラーデバイス)を初めて家庭用に使いコンパクトなプロジェクター「DPX-1」(2001)を送り出したのもヤマハである。
今日コンパクトDLPプロジェクターが花盛りだが、カラーブレイク克服を筆頭に実用化の道は困難なものだった。ヤマハは「井戸を掘った」先人なのである。
忘れていけないのが、YST(ヤマハアクティブサーボテクノロジー)方式のスーパーウーファー「YST-SW1000」。低音再生の下限を一気に広げたばかりでなく、部屋を震わせる充分な音圧を担保、低音ブーム、スーパーウーファーブームを巻き起こした。
また、英国「1 Limited」創案の、鋭い指向性のビーム状音波を発生するドライバーを多数個駆動し、室内の壁に反射させサラウンド音場を作り出す「サウンドプロジェクション」の商品化に成功、2004年にデジタルサウンドプロジェクター(今で言うサウンドバー)「YSP-1」が完成。
いまでは当たり前のように見かけるホビーでありライフスタイルでもあるホームシアターであるが、定着までの道は平坦ではなかった。その隆盛はサウンドから映像、ソリューション(生活への融合)まで、一貫して手がける世界で稀なメーカー・ヤマハによって導かれたのである。
総合メーカー・ヤマハが、オーディオの変化を乗り越え勝ち残ったワケ
2016年にヤマハはフラグシップのスピーカーシステム「NS-5000」を発売した。
日本生まれのPBO繊維ザイロンⓇをベース素材にモネル合金蒸着コーティングを施した新開発振動板をトゥイーター、スコーカー、ウーファーのすべてに採用。ベリリウムに匹敵する音速とソフトドーム形状ゆえのピーク・ディップの少なさできわめてフラットな周波数特性を得ている。
(※PBO繊維ザイロンⓇは東洋紡エムシー株式会社の登録商標(ZJ-032E)です)
トゥイーターとスコーカー背後にユニークな特殊形状管のバックチャンバー、エンクロージャーの6面全てがグランドピアノと同じピアノ専用塗料、工程を使った鏡面仕上げ、とヤマハのスピーカー技術の粋を結集した日本発のハイエンドオーディオである。本機はオーディオ銘機賞2017にて開発特別大賞を受賞した。
セパレートアンプ「C-5000」「N-5000」、レコードプレーヤー「GT-5000」が続いて誕生。21世紀のヤマハピュアオーディオを牽引する旗艦となる。
ネットワークオーディオ、音楽ストリーミングへの対応もまことにヤマハらしい。
2023年にネットワークレシーバー 4機種が登場。最上位の「R-N2000A」ではAVアンプで定評ある自動音場補正がステレオ再生時の初期反射音の制御を目的に「YPAO-R.S.C.」に発展進化。ハイレゾストリーミングの192Hz/24bitの信号を64bit精度で演算処理するハイプレシジョンEQも搭載された。他にもAVアンプのアベンタージュシリーズ、サウンドバーと旺盛な活動が続く。
HiFiのハイエンドからAVアンプに代表される映像音響&ホームシアター、ライフスタイルオーディオまで、いまや稀有な船団方式の総合音響メーカーがヤマハである。
日本の総合オーディオAVメーカー中、ヤマハはグローバルな国際複合企業体の傘下にない純粋に民族系企業である。オーディオとAVが大きな変化の波にみまわれたこの20年、ヤマハはどうして勝ち残ったのか。
ヤマハの祖業が楽器製造と音楽出版、教育など音楽関連事業であり、オーディオも音楽芸術の一部、が価値観なのだ。
したがって音作りも明快である。はじめに電子技術ありきの他社に対し、不動の「ナチュラルサウンド」のコンセプトのもとに、物理特性以上に自然な響き、音楽美を追求することが一貫したテーマでぶれがない。
世界トップクラスの楽器や音楽教育ビジネスの楽器や音楽教育ビジネスで浸透したイメージをバックに、大衆にあってヤマハ製品は音楽(よい音)と自然に結び付く強みもあるだろう。
今回ヤマハのオーディオを回顧して印象付けられたのは、ヤマハのオーディオがユーザーのさまざまな使用状況、環境への洞察を欠かさないことだ。
楽器が多種多様でありそれを奏でるプロ、アマ、年齢差、演奏のスキルや環境、資力も数限りないことに由来するのかもしれない。
ヤマハのオーディオの回路技術、音場創生機能、ユニークなデザイン、価格設定を始めとしたマーケティングにまで至る、そのすべてにヒトへのまなざしが感じられる。音楽があるかぎり、ヤマハのオーディオも続くだろう。

(提供 : オーディオランド)

