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MMとMCカートリッジの接続方法の違いを解説

レコード再生のワンモア・ステップ!(1)フォノイコライザーと昇圧トランスの役割を知ろう

2022/04/07 飯田有抄
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アナログならではの音の魅力と楽しさを体験し、このところすっかりレコードにはまっているクラシック音楽ファシリテーターの飯田有抄さん。しかし新たに何かへ取り組む度に次々に課題や疑問が現れて、その奥深さには戸惑うことも。ここでは、アナログレコード再生において避けて通れない「フォノイコライザー」と「昇圧トランス」の役割を解説。さらに踏み込んだ「インピーダンス」の重要性について、オーディオ評論家・井上千岳氏に教えていただこう。

オーディオ評論家の井上千岳氏(左)と、アナログ勉強まっさかりの飯田有抄さん(右)。今回はフォノイコライザーと昇圧トランスについて学びます!

■MCカートリッジ再生でモヤモヤした疑問が発生!

それはつい先日のこと。MCカートリッジを導入してみた私、あるオーケストラのレコードをかけてみたところ、なんだか様子がおかしいことに気付いた。全体的に音が小さいし、なんとなくサーッというノイズの奥に埋もれている気がする……。そういえばMCカートリッジは「情報を繊細に拾い上げて良い音がするけれど、出力は小さい」という話を思い出した。

その時は、プレーヤーとプリメインアンプとの間に、MM/MC切り替えスイッチのついたフォノイコライザーを使用していたのだが、MCカートリッジ再生には、もっと対策をしなければならないのだろうか。慌ててインターネットで調べてみたのだが、ヘッドアンプ? 昇圧トランス? インピーダンス・マッチング? むむ、超文系の頭には難しすぎる数字の説明……。分からない!

ひとまず別のMM/MC切り替え付きフォノイコライザー(オーディオテクニカ「AT-PEQ30」)を試してみたら、かのレコードはよく鳴るようになってしまった。元のフォノイコライザーでなぜ鳴らなかったのかは分からずじまいだったが、それは置いておくとして、心に残るのは、インターネットで調べた際にぶち当たった「昇圧トランス」「インピーダンス」……あれらは一体何なのだろう? その謎を井上千岳先生にぶつけてみた! 多分ものすご〜く難しいことを、ものすご〜く易しく教えていただいたので、ここにシェアします!

■MC出力に必要なヘッドアンプまたは昇圧トランス

いの一番に井上先生が教えてくれたのは、MCカートリッジは音の信号の出力がエラく小さいということ。CDプレーヤーの出力(ラインレベル)は最大規格で2Vなのに対し、レコードプレーヤーのMMカートリッジは2〜5mV、MCカートリッジは0.1〜0.3mVしかないという。ざっくり考えるとMMは1,000倍、MCは10,000倍くらいに増幅しなければ、CD並みの出力にはならないということだ。

MCカートリッジの代表例、オーディオテクニカの「AT-OC9XSL」(107,800円/税込)。こちらの出力は0.3mV

MMカートリッジの代表例、CHUDENの「MG-3675」(9,900円/税込)、高出力タイプで出力は7.5mV

しかし通常のプリメインアンプでは、せいぜい数十倍くらいしか増幅できない。よってレコード再生時には、MM/MCに関わらず、専用に音を増幅させるフォノイコライザーが必要となる。

MMとMCの両方に対応するフォノイコライザーの代表例、オーディオテクニカの「AT-PEQ30」(24,200円/税込)。フロントスイッチで切り替えができる

さらにMCによる再生では、MM並みの出力まで音を昇圧する「ヘッドアンプ」や「昇圧トランス」が必要だ。前者は電子的に昇圧するもので、後者はコイルの巻数比によって電圧を高める(よって電力不要)。フォノイコライザーに「MM/MC切り替え」のスイッチがあるものというのは、MC出力をせめてMM出力まで上げる「ヘッドアンプ」や「昇圧トランス」が、内蔵されている機種ということなのだ。

「MCカートリッジ」と「MMカートリッジ」では、必要な増幅が異なる。MM/MCの双方に対応するフォノイコライザーもあるが、MMしかない場合には、手前に「昇圧トランス」または「ヘッドアンプ」を組み合わせる必要がある

MCスイッチは、ヘッドアンプや昇圧トランスの回路がONになるということで、MMスイッチはその回路がOFFとなり、直接イコライザー回路へと接続されることを意味する。

■フォノイコライザーは増幅+補正の働きをする

ちょっと私が勘違いしていたポイントがここにある。私はずっとフォノイコライザー=レコード用のアンプ、と単純に思っていた。“初心者あるある”だろうか。確かに音を増幅させる機能はある。だが「イコライザー(equalizer)」という言葉は、よく考えたら「平等にする、均等にする」の意味。フォノイコライザーは増幅の他にもうひとつ、「補正」と呼ばれる重要な働きもしているのだ。

レコードの音溝は90度の角度があり、片側45度にR、もう片側にLの音情報が刻まれている。だがこの小さな溝に真っ当に低音域の大きな信号などを刻み込もうとしてもそうはいかない。無理がある。そこで、低域は小さい信号に、高域は大きい信号へと周波数を変えて、うまく刻み込んであるのだ。だから再生する時には、その細工を元に戻す「補正」が必要になる。低域は大きく、高域は小さい信号に補正をかけることによって、ようやく平らなバランスのとれた再生音が得られるのだ。

レコードカッティング時の低域と高域のバランスを「補正」することもフォノイコライザーの重要な役割

という訳で、フォノイコライザーには増幅と補正の機能があって、MMカートリッジの場合は何も考えずに繋げばきちんと再生できる。だがMCカートリッジを使う場合には、その手前で「ヘッドアンプ」または「昇圧トランス」によりMM並みの出力にする。もしもお手持ちのフォノイコライザーに「MM/MC切り替え」がない場合は、ヘッドアンプや昇圧トランスが内蔵されていないことになる(MC専用機は別)。必ずどちらかを外付けで用意しないと、MCカートリッジでの再生は不可能だ。

ヘッドアンプの代表例、フィデリックスの「LIRICO」(110,000円/税込)。内蔵バッテリーで増幅する

昇圧トランスの代表例、フェーズメーションの「T-320」(59,400円/税込)

最近ではプレーヤー本体や、プリメインアンプに「PHONO」端子があったりするが、たいていはMM用のみ=ヘッドアンプや昇圧トランスが内蔵されていないことになるので、その場合も外付けで用意しよう。

さて、ここでちょっとした実験結果をお伝えしたい。

編集部の試聴室にご準備いただいたのは、私が使用しているのと同じ「MM/MC切り替え」付きのオーディオテクニカのフォノイコライザー「AT-PEQ30」と、密かに私が購入を検討したフェーズメーションの昇圧トランス「T-320」である。用意したレコードは、私が様子の異変を感じたラトル指揮、ベルリン・フィルによる『チャイコフスキー/くるみ割り人形』全曲版である。

アナログプレーヤーにティアック「TN-350」、プリメインアンプはマランツ「PM6007」、スピーカーはポークオーディオ「Reserve R100」を用意

まずはフォノイコライザーのスイッチをMCにセットし、そのまま聴いた。十分よく鳴っていると感じた。次に、あえてフォノイコライザーをMMにして、昇圧トランスを使用してみた。音が変わった! 高音の打楽器(トライアングルなど)の音がより精細に届き、低音域の弦楽器の響きが、極端ではないにせよ奥行きを増した。昇圧トランスって電気を使わないのに、なんだか頼もしい。やっぱりちょっと欲しくなる。

■昇圧トランスを効果的に使おう〜インピーダンス・マッチングとは?

だがここに第二のつまずきポイントがあったのだ。「インピーダンス・マッチング」なる案件である。昇圧トランスを導入してみたいと思った時に、インターネットで見つけた言葉「インピーダンス」云々……という説明がまったく分からず、挫折したのだった。ここでもまた、井上先生の易しい優しい解説がたいへん有り難かった!

ここではポイントをクリアにすべく、非常にざっくりとお伝えする。カートリッジの出力インピーダンス(=抵抗)よりも、トランスの入力インピーダンスが低いと、電流の関係で針先の動きに制動がかかり、音に影響する。よって、カートリッジの出力インピーダンスよりトランスの入力インピーダンスを高いものを選びたいが、あまりに両者の差が大きすぎても、カートリッジからのエネルギーが失われて貧弱な音になってしまう。そこで、ちょうどバランスのいいところを探りたい。これがいわゆるインピーダンス・マッチングである。目安としては「昇圧トランスの入力インピーダンスは、カートリッジの抵抗値のおよそ数倍〜10倍以上の数値にするのが良い」そうだ。

なお、MMレベルの出力が得られる「高出力MCカートリッジ」というモデルも例外的にあり、これには昇圧トランスは基本的に使用しない

カートリッジのインピーダンスは、低いもの(オルトフォン「SPU」など)で約3Ω、高いもの(デノン「DL-103」など)で約40Ωある。少なくともそれ以上の数値を受けられる昇圧トランスを選びたい。

インピーダンスの値を切り替えられる昇圧トランスも存在する。だが井上先生によると、「昔と違って、現在の昇圧トランスはほとんどが1.5〜40Ωのカートリッジに対応している」という。

もっとも大切だと強調するのは、「自分の耳で聴いて、良いバランスと感じられるものを選ぶのがベスト」とのこと。「カートリッジの抵抗よりも昇圧トランスの抵抗の数値が大きいものにしておけば、より音が安定してバランスの取れたものになる」そうなので、入門者はひとまずそこだけ押さえておけば安心だ。井上先生のおかげで、インピーダンス・マッチングや昇圧についても理解できたので、MM、MC両方のカートリッジを楽しんでみたい。

本記事は『季刊・analog vol.74』からの転載です

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