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現代の最新技術で再構築した新300B

「300B」はなぜ“真空管の王様”と呼ばれるのか?ウェスタンエレクトリック流の矜持、復刻の舞台裏を探る

公開日 2021/12/05 07:00 岩井 喬
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■劇場用の音響システムなどを手掛けてきたウェスタンエレクトリック

300Bも当然素晴らしい真空管であるが、この300Bを生み出したウェスタンエレクトリックがどのようなメーカーなのかも触れておこう。ウェスタンエレクトリックが設立されたのは1872年。1881年からはアメリカの電話会社AT&Tの機器製造部門を100年以上担っていた。

1925年にはウェスタンエレクトリックの技術部門はベル研究所となり、後年トランジスタなど、いくつもの革命的な発明を生んでいる。1916年にはコンデンサーマイクを発明。1920年代からはトーキー映画用の劇場用拡声器・音響システムの開発にも力を入れていった。1926年に誕生した名機の誉れ高い励磁型コンプレッションホーン555Wもそうしたシステム群を構成する基幹製品のひとつだ。

ウェスタンエレクトリックは音の入り口であるマイク、そして出口であるスピーカーまでを開発できる、まさに総合メーカーとしての側面を持っていたが、その仕向け先は業務用であり、製品の性能や耐久性については極めて高いクオリティを要求される。だからこそ、製品を構成するパーツ一つ一つにも妥協なく当時入手できる最高のものを使い、その時での最先端技術を用いて製造されていた。そしてこの製品に使われる真空管についても当然のごとく最高水準の性能・耐久性を求められるわけだが、ここにもウェスタンエレクトリックは大きな強みを持っていたのである。

1910年代、ウェスタンエレクトリックは電話中継用に用いる真空管の製造を開始し、第1次世界大戦当時は軍用の真空管製造も手掛けていた。無線分野や海底ケーブル中継器など、絶対の信頼度が要求される現場で磨かれた製品クオリティがその後のウェスタンエレクトリック神話へと繋がってゆくのである。

そして1938年、300Bが誕生。劇場用拡声器に向けた大出力なニーズに応えるために開発された直熱三極管である。当初は「300A」として登場したが、間もなく改良版である300Bが生まれた。

300Bはシンプルな構造で増幅を行う直熱三極管のなかでもA級シングルで8Wという大きな出力を取り出せることが特徴だが、ただ出力の大きさという点で見ると後年登場するビーム管などの方が優位である。

ではなぜ未だに高い人気を誇るのか。「45」「2A3」そして300Bと続く直熱三極管の歴史は高出力化への歩みでもある。直熱三極管はフィラメント、グリッド、プレートという増幅を行うための必要最小限の構造であるため、その音も素直で透明感の高い爽やかなサウンド性が特徴だ。ここに真空管特有の艶やかさや華やかさと言った倍音表現が加わり、独特な音質を生んでいる。

直熱三極管の中でも巨大な部類に属する300Bは素直さと繊細さ、そして力強さを兼ね備えたバランスの良い出力管であり、巨大なプレートを支えるガラス管の優美な形状も相まって “真空管の王様” という呼び名が定着しているのだろう。この現在での300Bの高評価もウェスタンエレクトリックが由来だからこそであるが、本来業務用に供給されていた真空管であったため、入手が難しかった時代があったことも評価を押し上げる要因の一つだったのかもしれない。

ウェスタンエレクトリック製300Bは幾度かの生産休止期間を挟みつつ製造が続けられていたが、1988年に一旦その歴史に終止符を打った。しかし世界の管球マニアの300B復活を求める声に応えるかたちで、1997年にウェスタンエレクトリック300Bの再生産が始まったのである。しかし1961年に設立され、300Bも生産していたカンザスシティ工場の老朽化などが要因で、この時の再生産は2006年で終焉を迎えた。

この頃になると中国や東欧諸国で生産される他社製300Bも増えてきたが、相反するようにウェスタンエレクトリック・オリジナルの300Bを望む声は日増しに高まっていく。トライオードでも、元曙光電子のエンジニアが独立して立ち上げた中国・PSVANEが1960年代のオリジナル300Bの構造を研究した“限りなくオリジナルに近い300B“である「WE300B」を取り扱っているが、このPSVANE WE300B開発時にも山崎社長は色々とアドバイスをしていたという。

左から、21世紀に復刻されたウェスタンの「300B」、1997年につくられた同じくウェスタンの「300B」、一番右がPSVANEによる「300B」

「PSVANEは曙光電子よりもっと良いものを作りたいということで独立したんですね。ですからモノづくりの経験値は相当高いものを持っています。初めてPSVANEのWE300Bを見たときは “本物じゃないの” って思ったくらいです。内部も含めて本物とほとんど遜色ないクオリティでしたね。途中で色々変更されないよう注意を払っていましたが、サウンドは問題なかったですし、他社製300Bとしては非常にクオリティの高いものです」

2006年に一旦終了したかに見えたオリジナル300B復活プロジェクトであるが、実は水面下では動き続いていたそうで、2018年にジョージア州ロスヴィルに真空管製造ラインを持つ新工場が設立された。ここにはかつてのカンザスシティ工場で使われていた製造・測定器具も含まれていたそうだが、多くは新たに開発した製造・測定器具となり、製造精度の向上へと結びついているという。

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