マイキングの違いも感じられる

「ダイレクトカットLP vs DCHのデジタル配信」、ベルリン・フィル『ブルックナー:第7番』を聴き比べ

山之内 正/長江和哉

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2020年08月11日
名手ベルナルド・ハイティンクが2019年6月に引退を表明する直前、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団との最後の演奏となった「ブルックナー:交響曲第7番」。この演奏の模様は、ベルリン・フィル・レコーディングスの映像配信サービス「デジタル・コンサート・ホール」(以下DCH)で入手できる配信映像と、ダイレクトカットされたアナログレコード盤の2つの方法で体験することができる。

デジタル・コンサート・ホールでは、ベルリン・フィルの多くのライブ演奏やアーティストインタビューなどをいつでも楽しむことができる

この2つの音源にはどのような違いがあるのか。山之内 正氏のLPのレビューに続き、名古屋芸術大学で教鞭を取る録音の専門家、長江和哉氏がコメントを寄せてくれた。


■LPでは、楽器の立ち上がりが超絶精度で揃う凄みが伝わる(山之内 正)

ベルリン・フィルの新録音はつねに注目の的だが、今回はひときわ特別感がある。引退直前にハイティンクがブルックナーの交響曲第7番を振った2019年5月のライヴ公演をフィルハーモニー大ホールでそのままラッカー盤に記録し、そのマスターからプレスしたLPを発売したのだ。同公演唯一のパッケージメディアであり、手に入れられるのは世界中でたったの1884人、演奏会当日の聴衆の数よりも少ない。プレミアム感あふれるダイレクトカットLPにじっくり耳を傾けた。

全世界1884枚限定でプレスされたダイレクトカット盤「ブルックナー:交響曲第7番」。CD等でのリリースは予定されていない

第7番は親しみやすい旋律と響きの見通しの良さが聴きどころだ。第1楽章の第1主題は前半のみチェロにホルンが重なるが、この演奏では表情豊かに歌うチェロの存在感が強く、ホルンは響きに柔らかさを加える程度。弦楽器群は旋律と低音パートが太い筆致で芯のある音を奏で、特に舞台下手側に並んだヴァイオリン群の実在感が強烈だ。一方の上手側は分厚い低弦に加えてホルンとワーグナーチューバ計8本が充実したハーモニーを支える。

重厚さを基調としながらも、オーケストラ全体に見通しが利き、混濁のない澄んだ響きが広がる。そこがこの演奏の聴き逃がせない部分だ。LPで聴くと各パートの対比が鮮やかで、ハイティンクの意図が鮮明に浮かび上がる。第2楽章も含めて落ち着いたテンポで進むが、引きずるような重さは皆無。低音から高音まで各楽器の立ち上がりが超絶精度で揃うことで生まれる凄みは、なぜかデジタル音源よりもダイレクトカットLPの方がよく伝わるようだ。

引退直前のベルナルド・ハイティンクがベルリン・フィルを振った貴重な音源

金管楽器群はステージ後方に向かってセオリー通り並ぶだけでなく、ひな段の上の高い位置から音が届く様子までリアルに伝わる。つまり、左右の広がり、前後の奥行きというステレオ音場の基本に加えて、上下方向も含めた文字通り3次元の音場が目の前に展開するのだ。特に下手側から冴え冴えとした音で鳴るトランペット、上手側で柔らかく溶け合うホルンとワーグナーチューバの響きは圧巻。第2楽章の終結部は、ベルリン・フィルの数ある第7番の録音のなかでも屈指の感動を呼び起こす。

・・・ここまで試聴レポートを書いた直後、試聴室に名古屋芸術大学で録音を教え、クラシック音楽録音を研究する長江和哉氏を招き、ダイレクトカット盤とDCHの音源を一緒に聴くこととなった。後半はその経緯とゲストのコメントを紹介しよう。

■金管楽器の響きを捉えるため、マルチマイクで収録したダイレクトカット盤

現代のベルリン・フィルがダイレクトカッティングに取り組むのは、2015年のブラームス交響曲全集に続き、今回が2回目。ブラームスとは編成も曲の長さも異なり、特に第7番はワーグナーチューバなど、金管楽器の響きが充実していることが特徴だ。

そのためか、ワンポイントステレオで録音した前回とは異なり、5本のマイクを設置して収録したという。収録方法による音の特徴や、マルチマイク方式で収録しているデジタル・コンサートホールとの違いがとても興味深い。

長江氏は、ダイレクトカッティングを手掛けたエミール・ベルリナースタジオをはじめ、欧州の録音現場での取材経験が豊富だ。今回のLPもいち早く注文し、プロデューサーのライナー・マイヤール氏へのリモート・インタビューも計画中とのこと。ブラームスのダイレクトカット盤も3年前に筆者の試聴室で一緒に聴き、その記憶はいまも鮮烈に残っているという。

山之内氏(左)と長江和哉氏(右)

今回は、長江氏の希望もあり、LPだけでなくデジタル・コンサート・ホールの音も同じシステムから再生できるようにケーブルをつなぎ替えた。普段は55型のOLED TVとリンのKIKOを組み合わせて聴いているのだが、今回はパナソニックのBDプレーヤーのアナログ出力をプリアンプに入力し、映像確認用のモニターを接続。ただし、試聴中は音に集中するために画像をオフにすることが多かった。

デジタル・コンサート・ホールの音源はLP収録と同じ5月11日のものだが、その一部は前日公演の音源などを使ってほんの一瞬の箇所を編集している可能性もあり、まったく同一というわけではない。また、デジタル・コンサート・ホールの音声は320kbpsのAAC、つまり圧縮音声である。そもそも、音源の記録方法が異なるわけで、無編集&無加工のダイレクトカット盤と比べるとその違いは大きい。感覚的には鮮度が2段階くらい違う。その差はハイレゾと圧縮音声の違いよりも大きいかもしれない。

プロの録音研究者によるLPとDCHのサウンドの違い

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