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レコード再生の未知の世界を検証する

「1954年以降はRIAAカーブ」は本当か? ― 「記録」と「聴感」から探るEQカーブの真意

公開日 2018/03/02 11:51 菅沼洋介(ENZO j-Fi LLC.)
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■Columbia
マイルス・デイヴィス/ラウンド・アバウト・ミッドナイト(CL949、Mono、1957年)=Columbiaカーブ



マイルス・デイヴィス/カインド・オブ・ブルー(CL1355、Mono、1959年)=Columbiaカーブ



マイルス・デイヴィス/カインド・オブ・ブルー(CS8163、Stereo、1959年)=Columbiaカーブ



チャールズ・ミンガス/ミンガス Ah Um(CL1370、Mono、1959年)=Columbiaカーブ



マイルス・デイヴィス/サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム(CS8456、Stereo、1961年)=Columbiaカーブ



マイルス・デイヴィス/サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム(CS8456、Stereo ※Analogue Production復刻、2017年 )=RIAAカーブ ※Columbiaカーブも試す価値あり



ボブ・ディラン/追憶のハイウェイ61(CS9189、Stereo、1965年)=Columbiaカーブ



マイルス・デイヴィス/フォア & モア(CS9253、Stereo、1966年)=Columbiaカーブ



サイモン&ガーファンクル/ブックエンド(KCS9529、Stereo、1968年)=Columbiaカーブ



サンタナ/天の守護神(KCS30130、Stereo、1970年)=Columbiaカーブ



サンタナ/天の守護神(HC40130、Stereo、Half Speed Mastered、1981年)=RIAAカーブ



ジャニス・ジョプリン/パール(KCS30322、Stereo、1971年)=Columbiaカーブ



ハービー・ハンコック/ヘッドハンターズ(PC32731、Stereo、1973年、※レコード番号はリイシュー盤であるが、マト表記がオリジナルのもの)=Columbiaカーブ



ブルース・スプリングスティーン/明日なき暴走(PC33795、Stereo、1975年)=Columbiaカーブ



アース・ウインド&ファイアー/太陽神(JC34905、Stereo、1977年)=Columbiaカーブ



ビリー・ジョエル/ニューヨーク52番街(FC35609、Stereo、1978年)=Columbiaカーブ



TOTO / TOTO IV 〜聖なる剣(FC37728、Stereo、1982年)=RIAAカーブ




ColumbiaカーブとRIAAカーブの特性の比較

ColumbiaカーブをRIAAカーブで再生した時の特性

今回、最も多くの枚数を検証したのはColumbiaだ。

RIAAカーブ策定以前、米国内でトップシェアを占めていたのはColumbiaカーブである。当時流通していたコントロールアンプにはColumbiaカーブのポジションに「LP」と書かれていることからもそのことがうかがえる。

1950年末から1960年前半まで発売されていたMcIntosh C20では、EQカーブの調整箇所であるRECORD COMPENSATORにはRIAAカーブではなくColumbiaカーブが「LP」としてラベリングされている

当時の文献から、ColumbiaがRCA開発のカーブであるRIAAカーブをすぐに採用しなかったことは分かっている。米High Fidelity誌1954年3月号には、『After Five Years: Uniform Equalization』という題でRIAA策定に伴う案内と、レーベル担当者へのインタビューが掲載されているのだが、Columbiaについてはこう書かれている。

「Columbiaは、旧NABカーブに150Hzからの減衰を加えたカーブをいまだに使い続けていました。Columbiaの主任エンジニア William S. Bachman氏によると、Columbiaは新しいカーブ(RIAAカーブ)へ“徐々に”変えようとしています。氏はそれ以上の説明をしませんでした。おそらく、Columbiaがプレスをしているいくつかのレーベルも、Columbiaに大部分で従うでしょう」(著者訳)

この文章からは、ColumbiaはRIAAカーブ採用に消極的だったこともうかがえる。では、「実際にRIAAカーブに変更されたのはいつか?」という点については判明していない。後に米High Fidelity誌の『Dialing your disks』(1955年11月以降)には、1955年まではColumbiaカーブを採用しており、旧音源のRIAAカーブへのリマスターは順次行われていることが掲載されている。しかし、Columbiaの場合は英DECCAなどとは異なり、1955年近辺でのRIAAカーブリイシューがリリースされていないことから考えると、この話は信憑性に欠ける。

実際検証してみると、今回聴いた中で最もリリース年が古い1957年の『マイルス・デイヴィス/ラウンド・アバウト・ミッドナイト』でさえも、RIAAカーブで聴くと明らかに違和感がある。表題曲「Round About Midnight」ではマイルスがジャケットにある通りトランペットにミュートをつけて演奏しているのだが、ミュートでの音の上ずり方を逸脱しており、おおよそまともな楽器の音に聴こえない。その後のコルトレーンのテナーサックスのソロも同様である。

これをColumbiaカーブで聴くと、ちゃんとした楽器の音で聴こえるのだ。全体的な帯域バランスにしてもそうで、RIAAカーブだと重心がかなり高く、聴いていて極めて不安定な印象を受ける。一方のColumbiaカーブでは、音楽のベースでもある低域の腰が据わり、演奏に集中できる。

この傾向は今回検証したジャズ盤全てで当てはまった。特に印象的だったのは『チャールズ・ミンガス/ミンガス Ah Um』だろうか。収録曲「Better Git It In Your Soul」の冒頭では、メインテーマをアルトサックス2本、テナーサックス、トロンボーンで演奏し、ベース、ドラムが加わるという音数の多い構成だ。さらにモノラル盤であるためエネルギーも高い演奏になるのだが、RIAAカーブで聴くとごちゃごちゃしていて、各々やたらめったら勝手に演奏しているようにしか聴こえてこない。もっと言えば、音楽として成立していないと言ってもいい。

しかし、Columbiaカーブで再生すると、各楽器の音圧の焦点が合い、存在感が増す。膨大な音数の内容がひとつひとつ十分に分かり、それらが一体となって素晴らしいハーモニーを生み出すという、よく考えられた演奏であり音楽であるということが分かる。

一方で興味深かったのは、『マイルス・デイヴィス/サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム』で、これはオリジナル盤とAnalogue Productionsが2017年に復刻したものを両方聴いた。オリジナル盤では他の盤と同様にColumbiaカーブが適切だったのだが、面白いことにAnalogue Productions復刻の音もColumbiaカーブでかけた方が、オリジナル盤をColumbiaカーブでかけた音に近いのだ。このことからは、極めて優秀な復刻であるがゆえに、オリジナル盤のバランスを保ってしまったということとも解釈できる。

Columbiaはその後も長い間にわたってColumbiaカーブを使い続けてきたようである。Rock/Popsにジャンルを移して、1980年代リリースまで代表的な盤を聴いてみると、ちょうどColumbiaがハーフスピードマスターカッティングを導入した1980年あたりからRIAAカーブに変わったようだ。1980年以降にリリースされた『TOTO / TOTO IV 〜聖なる剣』や『サンタナ/天の守護神』(ハーフスピードマスターカッティング盤)をColumbiaカーブで聴くと重心が下がり過ぎ、スネアの音が重く響くほかハイハットなどの金物もくすんで聴こえてしまう。つまり、RIAAカーブが正しいと言える。

Columbiaにしてみれば、RIAAカーブ策定以前までトップシェアを獲得していたにも関わらず、ライバル会社であるRCAが開発したカーブを使うことが受け入れられなかったのかもしれない。ましてや、策定当時からしばらく流通していた機器のLPポジションはColumbiaカーブであったし、1970年代まではアンプにトーンコントロールがついているのが当たり前だった。こうした事情から鑑みても、Columbiaカーブを使い続けたと考えても不思議ではない。他社のハーフスピードマスターカッティングをはじめとした高音質盤のリリースや当時見えはじめていたデジタルメディアの到来を受けて、RIAAカーブに移行したというのが落としどころではないだろうか。

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