次世代BDにも採用でテレビメーカーが熱視線

いま注目の高画質化技術「HDR」とは何か? ドルビーの真野ディレクターに聞く

折原 一也
2015年03月17日
今年1月に開催されたInternational CES。近未来のオーディオ・ビジュアルのトレンドが集うこの会場で見えた次世代の高画質技術、それは既に各社TVラインナップも整った「4K(UHD)」だけではない。「HDR(ハイ・ダイナミック・レンジ)」も、ソニー、パナソニック、シャープ、韓国勢ら各社を始めとした会場内のTVブースの至る箇所でデモが見られ、一大トレンドを形成していた。

「HDR」が次世代高画質トレンドの最前線に躍り出た背景にあるのは、コンシューマーに最高画質の映像を届ける次世代ブルーレイ規格「ULTRA HD BLU-RAY」の存在だ。パナソニックがCES会場にて世界で最も早く試作機を展示し、年内にはプレーヤーやソフトが登場予定と、規格化作業が進んでいる。

今回は、このHDR技術の立役者でもあるドルビーに話を聞いた。ドルビージャパン(株)のディレクター・真野克己氏がHDRについて語ってくれた。

ドルビージャパン(株) 事業開発部 ディレクター 真野克己氏

今回の取材では、特に次世代BD関係のところに関して、今年1月のCESでパナソニック・小塚氏に行ったインタビュー(関連記事)から情報のアップデートがあったので、ぜひ最後まで読んで欲しい。

まず「HDR」とは何か? という表題に答えておこう。HDRは、映像の持つ色の輝度幅(ダイナミックレンジ)を拡大する技術だ。映像の色というと、扱える色の範囲を表す色域(NTSC、DCI比などの面積で表現される)が薄型テレビのスペックでよく話題に上るが、ここで問題になるのは色合いではなく、今までテーマになることが少なかった、映像の輝度レベルのレンジだ。

HDRのイメージ。左が今日の一般的なモニター表示で、右がHDR技術を採用したモニター表示。

もう一つ先に断っておくと、「HDR」は薄型テレビのような表示デバイス、あるいは次世代BDといったコンシューマー製品のみを対象にしたものではない。映像制作(現時点では劇場映画とイコールと考えて良い)の現場の根本から新しい概念を導入する、包括的な取り組みであるということを念頭に置いて読んでほしい。

「HDR」とは映像の“輝度”レンジを拡大し高画質化する取り組み

なぜ今、映像の輝度がテーマになのだろうか。物質の明るさは“Nits”という単位で表すことができる。我々の普段目にする現実世界では、例えば、室内の床の暗がりは0.08Nits、廊下の壁の明るさは77Nits、蛍光灯の光は6,000Nits、コンクリートの照り返しは10,000Nits、直射日光を反射した車のボディの輝きは300,000Nitsという具合で、世の中に存在する光の明るさのレンジは非常に広い。

現実世界に存在する光の明るさ


ちなみに人間の眼は、動画に対して0.001Nitsから20,000Nits以上の光を瞬時に識別できる性能を持っている。

人間の眼に届くイメージ

それでは、その自然界をシネマカメラで撮影した後、BDに何Nitsの幅で収録されているのかというと、BDも放送も、REC.709の規格で定めた100Nits、下は0.01Nitsの間に収めている。本来、30,000Nitsの情報量を持っていた金属の反射光も、最大100Nitsへと圧縮して収録されてしまうのだ。REC.709で制定されている100Nitsという数字は、HDTV初期のCRT時代の業務用ブラウン管(120Nits)を考慮して決められたものだが、今の劇場用シネマカメラの性能と比較して、100Nitsという輝度レンジの器は非常に小さいことがわかる。

BDに収録すると情報量が圧縮されてしまう

ハリウッドの映画制作者はこんな現状に対して「カラーパレットが足りないので思い通りの映像を作れない」という不満を持っていた。例えば、シネマカメラで撮影した時点では明るく抜けるような青空も、本来のブルーを出そうとすると全体が白く光ってしまう。それを輝度レンジの器そのものを変えることで解決しようというのが「HDR」という発想の根本だ。

映像ファンが「HDR」と聞くと、高輝度で派手派手しい映像をイメージする人もいるかもしれないが、そうではない。我々が現実で目にしている景色が眩しくないように、正しい輝度情報を配分したHDR映像をクリエイターが制作すれば、それは色のパレット、そして表現手段の拡大として寄与するのだ。

では、人間の眼、シネマカメラ、BD、劇場がどれだけの本来輝度のレンジを識別する性能を持っているのかというと、その特性はデジタルカメラのF値と同じ絞りの段数(stop)でも表すことができる。

人間の眼は24stop以上で0.001Nits〜20,000Nits以上。劇場映画は11stopで0.024Nits〜48Nits。

人間の眼の持つ性能は24stop以上で、0.001Nits〜20,000Nits以上。劇場映画製作用のカメラは、例えばソニーのシネマカメラの「F65」やフィルム撮影では14stopの性能を持っている。撮影後の映画制作現場でDCI P3フォーマットに変換した際には、劇場映画は11stopで0.024Nits〜48Nits。BDの採用しているREC.709は、劇場より1段少ない10stopのため、階調のグレーディングが再度行われ、0.117Nits〜100Nitsに収められる。薄型TVなどで映画を見た際に暗部が潰れたり輝度部分の階調が白く飛んだりするのは、BDの映画では劇場より輝度階調を1stop分減らしてグレーディングしているのが原因で、11stopの劇場マスターの時点では本来は映っているのだ。

BDは10stopで0.117Nits〜100Nits

24stop以上を識別できる人間の眼から10stopしかないBDまで、各段階の持つ輝度のstopを見ればわかる通り、シネマカメラから劇場、BDと映像の届ける先々に制約があり、画質劣化の原因となっていた。そんな現状を解決するためにドルビーが提案したのが、「ドルビービジョン」というソリューション(後で登場するBD規格とは厳密には別のもの)だ。

ドルビーが米国映画テレビ技術者協会に提案した「PQカーブ」

ドルビービジョンの提案では、まず人間の眼に近い輝度レンジを確保するために、HDRとして何stop、最大Nitsまでの幅が求められるのかという検討が行われた。

ドルビーが500人以上の被験者を対象に行ったテストによると、84%の人が自然に近く、好ましい映像と感じるのが、最大10,000Nitsまで表示できるディスプレイ。一方で下限については0.005Nitsあれば、”艶やかな黒”として受け入れられるという検証結果が出た。

この0.005Nits〜10,000Nitsのレンジを、人間の眼に合わせた量子化ステップのカーブ(パーセプチュアル・クォンタリゼーション・カーブ Perceptual Quantization Curve:PQ)を使って変換すると12bitのビット階調に収めることができる。もちろん上限を10,000Nitsより更に引き上げれば、緩やかながら画質への評価は上がるが、14bit以上の映像は放送局内でも扱えず、伝送に要する情報量も膨大になるため、技術的に全く新しいフォーマットが必要になってしまう。しかし12bitであれば、現在の技術の延長線上で実現できる。技術的な合理性をもたせながら、HDRの高画質を実現できる手段としてドルビーが辿り付いた結論がドルビービジョンであり、PQカーブなのだ。

ドルビービジョンで高画質を実現


ドルビービジョンは19stopで0.005Nits〜10,000Nits

ドルビーが開発したPQカーブは、映像制作のマスターのレベルから高画質化をなすもので、広く映像産業で用いられなければ意味がない。

そこで、ドルビーはこのPQカーブを昨年SMPTE(米国映画テレビ技術者協会)に提案し、「ST2084」として標準化されている。「ST2084」といえば、次世代ブルーレイ規格「ULTRA HD BLU-RAY」における、標準のHDR収録方式として制定されたものだ。

つまり、次世代BDのHDR技術の根幹にあるのは、元を辿ればドルビーが「ドルビービジョン」のために研究・開発して標準化を提案したPQカーブそのもので、次世代BDのHDR技術の大元はドルビーによるものなのだ。

筆者にドルビービジョンの解説をする真野氏

さて、ここまでが「ドルビービジョン」の開発前史と、次世代ブルーレイ規格「ULTRA HD BLU-RAY」におけるHDRの標準収録方式「ST2084」の正体である。それとは別に、次世代ブルーレイ規格「ULTRA HD BLU-RAY」では、ドルビービジョンとPhilipsによるHDR収録方式の採用が検討されている。

後編では、次世代BDに採用される見通しのほか、Netflixなど映像配信サービスからも賛同の声が上がっている「ドルビービジョン」、その全体像と伝送方法、実装までの一連の流れを解説していこう。

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