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[連載]高橋敦のオーディオ絶対領域

【第27回】ソニーの定番モニター「MDR-CD900ST」の音はイマも通用するか?

2012/12/12 高橋敦
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■「MDR-CD900ST」の“音”をイマの本音で検証

まずはざっくりまとめていこう。音像は明確すぎるほどに明確。「耳に優しく聴きやすいように」なんて甘っちょろい手加減は全くなしだ。しかしそれでいて意外と、高音は刺さる感触でもなく、厚みと滑らかさもある。とはいえ長時間聴き続けていると聴き疲れはする。再生する音源に対してもそれを聴くユーザーに対しても容赦ない感じだ。

素晴らしいのは低音の描写だ。いわゆる量感や重量感といった要素は(ご存知の方が多いだろうが)薄味だ。しかしその代わりに本機の低音のアタックの速さや音程感の確かさは、現代のハイエンドでもこれに匹敵するものは珍しい。何がどうして四半世紀前、いきなりこのレベルに達してしまったのか。

というところなどを、具体例を挙げながら説明していこう。

上原ひろみさん「MOVE」からはアルバム冒頭の表題曲を試聴。ジャズのピアノ・トリオの作品であるが、プログレッシブHR的とさえ言えるアグレッシブな演奏だ。

まずはリズムの正確さが素晴らしい。ベースとドラムス(特にバスドラム)のアタックが速くて揃っているので、複雑なリズムも乱れることがない。アタックの良さは迫力にも貢献している。

またこの曲のベースは多弦のエレクトリックベース(奏者本人が言うにはコントラバス・ギター)で、通常のベースよりも低い音域までをカバーする。本機はその低いポジションを使ってうねるフレーズでも音像と音程感が明確。音色で言うと肉感は薄いのだが、骨太さはなかなかにある。

意外だったのはシンバルとピアノ。改めて聴く前はこのヘッドホンの高音はもう少し鋭い印象だったのだが、改めて聴くと鋭さはあるものの同時に厚みもあって、それほど刺さる感じはしない。それでいて抜けは良いので、かなり好ましい感触だ。このあたりは十年選手なのでエイジング(いやもうむしろへたり?)が進んでいることが理由かもしれない。

意外と言えばもうひとつ、音場感も悪くない。この曲の場合は特にドラムスの奥行き感が良好だ。音場表現に優れるとまでは言わないが、音場表現が弱点ということもない。

相対整理論「シンクロニシティーン」とLUNA SEA「EDEN」は共にニューウェイブ感覚を持ったロックのサウンドだ。ここでは両者のギターに注目してみよう。

前者収録『ミス・パラレルワールド』で使われているギターはストラトキャスターという型のもので、それに搭載されたシングルコイルピックアップ(弦の振動を電気信号に変換するパーツ)の特徴を生かしたクリーントーンで弾かれている。本機で聴くとその特徴である、ペラッとしていながらも立体感もある豊かな音色を存分に味わえるのが嬉しい。硬質な艶やかさもいい感じだ。

後者収録『JESUS』では二人のギタリストが様々な型のギターを使っていると思われるが、総じて歪ませたサウンドの美味しさを良く引き出してくれる。歪みの成分がエッジィでありながらも尖りすぎず、倍音感がジューシー。ジリジリとかザクザクとかいう感触の音色と演奏の魅力を高めてくれている。

続いて、ボーカルは宇多田ヒカル「HEART STATION」からの『Flavor Of Life -Ballad Version-』でチェック。

硬質なクリアさなのだが声の角を絶妙にほんの少しだけ落として、刺さる成分はやはり強くはない。そして前述の歪んだギターの再現性と共通するところが発揮されているのだと思うが、声のさらりとざらりの中間のような質感や、語尾を掠れさせていく表現、息継ぎの生々しさも深く満足できる具合だ。

声の肉厚さは不足と感じる方もいるかもしれないが、個人的にはこの引き締まった声も悪くないと感じる。緩い膨らみがないので声の感触がダイレクトに伝わってきて、彼女が特に低い音域で歌う時の凄みも強く感じられる。

さて実はこの企画(いまあえてMDR-CD900STを取り上げる)を考えた時点では、「いまの目で見ても良いところもあるけど、やっぱり時代遅れな面は否めないよね」的な結論が出ることも覚悟していた。時にはバッドエンドなレビューも面白いんじゃないかとか。

ところが、ここまで読んでいただけたのならお分かりのように、改めて聴き直してみたら思いのほかの好印象。バッドエンドの目論みは脆くも崩れ去った。

とはいえ僕がこれを購入した十年前とは異なり、最初に述べたように現在は選択肢が豊富で、「モニター系ならこれ一択!」という状況では全くない。しかし比較対象が増えたからこそ本機の持ち味も際立ち、「あえてこれを選ぶ!」という選択肢は消えていないとも思う。この記事を見て新たに興味を持ってくれた方がいたら嬉しいことだ。


高橋敦 TAKAHASHI,Atsushi
埼玉県浦和市(現さいたま市)出身。東洋大学哲学科中退。大学中退後、パーソナルコンピュータ系の記事を中心にライターとしての活動を開始。現在はデジタルオーディオ及びビジュアル機器、Mac、それらの周辺状況などに関する記事執筆を中心に活動する。また、ロック・ポップスを中心に、年代や国境を問わず様々な音楽を愛聴。 その興味は演奏や録音の技術などにまで及び、オーディオ評に独自の視点を与えている。


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