公開日 2025/09/22 09:52

アップル幹部、EUのデジタル市場法は「不公平な競争環境」。欧州委員会との対立に見解

ワールドワイドマーケティング担当上級副社長が会見
9月にApple Parkで開催されたイベントでジョズウィアック氏への取材機会が設けられた

2024年3月に欧州連合で施行されたデジタル市場法(DMA)は、大手IT企業による市場支配を抑制し、公正な競争を促すことを目的としている。しかし、現在この法律への対応をめぐりアップルと欧州委員会との間で溝が深まっている。

米Appleのワールドワイドマーケティング担当上級副社長であるグレッグ・ジョズウィアック氏が、9月に米国の本社で開催したイベント「Awe Dropping.」の現場に集まった日本の記者団に向けて、DMAに対する同社の見解を語った。

アップル グレッグ・ジョズウィアック氏

DMAのルールは「不公平な競争環境だ」

DMAはアップルやグーグル、Metaなどの大手IT企業を「ゲートキーパー」と定め、厳しい規制を課している。特にアップルにはApp Storeの開放、外部決済の許可、ブラウザや検索エンジンの自由な選択などが求められている。

アップルは2024年春のiOS 17.4で対応を進めた。代替アプリストアや外部決済の導入、ブラウザエンジンの解放などを実施し、ユーザー体験の安全性を確保しつつ法に準拠する姿勢を示した。

しかし欧州委員会は2025年4月、App Store内で外部決済や自社サイトの案内を制限していたことが「アンチステアリング」にあたると判断し、5億ユーロの制裁金を科した。以降、両者の対立は決定的となった。

経緯の詳細はAppleのホームページに関連する資料とともにまとめられている。

アップルのジョズウィアック氏は、DMAは「ソフトウェア開発の理解を欠いた官僚的な判断であり、長年築き上げてきたユーザー体験を損なおうとするものだ」と批判する。

アップルはこれまで数千ものAPIを外部のデベロッパに向けて開放し、数百万のアプリやデバイスが相互運用できるエコシステムを構築してきた。しかもその過程で常にユーザーの安全を最優先し、リスクを精査しながら段階的に拡大してきた。画一的な相互運用性の強制は、その安全性を根底から揺るがすという立場からだ。

DMAの影響はEU各国のアップルデバイスのユーザーに及んでいる。2024年のWWDCで発表された「iPhoneミラーリング」や、今年発表されたAirPods Pro 3に搭載される「ライブ翻訳」はEU圏で提供ができない状況だ。

ジョズウィアック氏は「ユーザーから先進機能を奪うことが目的ではなく、DMAを遵守するために苦渋の決断が必要だった」と説明する。規制に準拠するためには高度で複雑なエンジニアリングが不可欠であり、その結果、ユーザー体験を犠牲にせざるを得ない場合があるという。

DMAが求める基準に対応することが現状困難であることから、AirPods Pro 3とiPhoneの「翻訳」アプリによる新機能「ライブ翻訳」がEUの27カ国では提供の見込みが立っていない

さらにジョズウィアック氏が懸念するのは、イノベーションと知的財産への影響である。例として挙げたのが、AirPodsによる「ワンタッチペアリング」だ。

アップルによるハードとソフトへの長年の投資から生まれた「魔法のような体験」も、DMAのルールの下では他社にも無償で開放しなければならないとされている。

アップルはその成果に正当な対価を求められず、結果として新たな挑戦へのインセンティブが損なわれると警鐘を鳴らす。「このルールはアップル以外のエコシステムには適用されていない。不公平な競争環境だ」とも、ジョズウィアック氏は指摘した。

最大の懸念はプライバシーとセキュリティへのリスク

そして、アップルにとって最も深刻な課題はユーザーのプライバシーとセキュリティである。

ジョズウィアック氏によれば、欧州議会はWi-Fi接続履歴や通知内容といった極めて機密性の高いユーザー情報の開示をアップルに対して求めてきたという。

現在はこれらの情報に対してアップルもアクセスできない設計となっている。仮にWi-Fi接続履歴へのアクセスを許した場合、ユーザーが裁判所にいたこと、ホテルにいたこと、あるいは通院していることなど、Wi-Fiネットワークに接続した際の行動履歴を顕わにするリスクが伴う。

「ユーザーのスマートフォンには、家全体にあるよりも多くの機密情報がある。アップルは常にその情報を常に敬意と責任をもって扱ってきた。欧州議会の要望に従わざるを得ないということなれば、ユーザーのプライバシーが攻撃にさらされる危険性がある。欧州は人々のプライバシーに最もコミットしてきたはずなのに、彼らの主張はその大きな脅威になり得る」

アップルは2024年春、iOS/iPadOSのアップデートによりEUのDMAに準拠する形で様々な対応を進めた

ジョズウィアック氏の発言は単なる利益相反ではなく、テクノロジー企業がユーザーにどのような責任を負うべきか、規制とイノベーションをどう両立させるかという根源的な問いを突きつけている。

「我々は世界中のユーザーに等しく素晴らしい体験を提供したいと考えている。しかしこのルールがそれを妨げている」とジョズウィアック氏は語る。

アップルの訴えは、利便性を高めることや、公平な競争の名の下に、ユーザーが長年信頼してきた安全性やプライバシーという価値が犠牲にされるべきではないという根本的な主張に基づいている。イノベーションと規制の均衡をめぐる攻防は続いているが、これからもその動向を注視する必要がある。

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