知的創造の場を満たす、JBLとSonus Faber。早稲田大学国際文学館 (村上春樹ライブラリー)を訪ねる
3年ぶりの長編小説『夏帆 -The Tale of KAHO-』の単行本が7月3日に発売される村上春樹さん。村上さんはジャズ好き、レコード好きとしても知られており、かつては国分寺にてピーター・キャットと言うジャズ喫茶を経営していた。
村上春樹さん寄託・寄贈による貴重な書籍や資料を集めたライブラリーが、2021年に「早稲田大学 国際文学館(村上春樹ライブラリー)」としてオープンした。そこには、JBLとSonus Faberのスピーカーをメインに据えたオーディオルームが設置されていると聞き、さっそく取材にうかがった。
建築家・隈 研吾さんが手がけた大波を連想させるダイナミックな外観が目を惹く村上春樹ライブラリー。中に入るとすぐに地下へ降りる階段があり、階段左右の棚は見上げんばかりの本で埋め尽くされる。隈 研吾さんが村上春樹さんの小説からインスパイアを受けて、「洞窟の中に入り込んでいく」イメージで作り上げたそうで、まさに”本好き”の天国である。
オーディオルームは地下には降りず、入ってすぐ右のガラス張りの扉の中に設けられている。北欧スタイルの机や椅子がゆったりと並べられた空間に、静かにジャズが流れ、学生さんを含む多くの来館者が思い思いのスタイルで音楽に、あるいは書籍に没頭している。
村上春樹さんの初版本、海外での翻訳本、また愛聴してきたレコードなどを所蔵し、国際的な文学交流の場として構想された村上春樹ライブラリー。村上さんが早稲田大学の学生時代よく通っていたという「演劇博物館」の隣に位置しており、村上さんにとっても馴染み深い場所でもあるのだろう。
「ライブラリー設立当初から『オーディオルーム』はぜひ実現したいと思っていました。書籍だけでなくレコードも寄託・寄贈いただけることになり、『しまっておくのではなく、来館者の皆さんに聴いてもらいたい』というお気持ちを伺っていました。だからこそ、その思いに応えられる空間をつくろうと考えたのです」と国際文学館事務長の平野 真さん。
オーディオ機器の選定にあたったのは、村上さんの自宅オーディオルームのメンテナンスにも関わっているオーディオ評論家の小野寺弘滋氏。かつてステレオサウンド誌で編集長も務め、村上さんの連載エッセイの担当を務めるなど、以前から親交があったという。(ステレオサウンド誌の連載は文藝春秋刊の『意味がなければスイングはない』にまとめられている)
ライブラリーというと、学習机のようなきちっとした机と椅子が並ぶ場所を想像しそうだが、ことオーディオルームに関しては、柔らかな風合いのアンティーク家具で統一されており、リラックスした雰囲気で音楽に溶け込める。
椅子に深く腰掛けて、JBL「L82 Classic」に耳を傾ける。エラ・フィッツジェラルド『Mack the Knife』の伸びやかな歌声が耳を潤す。JBLの持つ“陽”の世界、明るく華やかで、太陽のエネルギーを体いっぱいに浴びるような晴れやかさに心が踊る。
アキュフェーズのプリメインのツマミを切り替えれば、今度はより陰翳を色濃く描き出すイタリア・Sonus Faberの世界。晴れやかさだけではないエラの“陰”の部分も描き出しながらも、どこかしら背中を押してくれるような、生きる希望を心にソッと灯してくれるサウンドである。
アナログプレーヤーはラックスマンの「PD-171A」、カートリッジにはortofonの「SPU Classic GE MK II」と、定番でありながら上質で品の良い組み合わせ。プリメインアンプはアキュフェーズの「E-380」(オプションのフォノボードを挿入している)で、CDプレーヤーにはマランツの「SA-12OSE」。村上さんの愛用するブランドも交えながら選定された組み合わせとなっているそうだ。
普段はCDで音楽再生をおこなっているが、7月3日(金)から1ヶ月間、毎週金曜日の14時から16時まで、レコードを再生する特別企画も用意している。
ふたつのスピーカーの間には、12枚のレコードジャケットが飾られている。左2列にはイラストレーターのウィリアム・スタイグが手がけたジャケット、右2列にはペンギンやライオンといった動物ジャケットシリーズ。これらも村上さんの私物レコードだそうで、6月末に展示を開始したばかりだとか。もしかすると新作『夏帆 -The Tale of KAHO-』へのなんらかの謎かけになっているのでは?と想像も広がる。
オーディオルームは早稲田大学の学生さんはもちろん、一般にも開放されており、村上春樹ファンを中心に国内外を問わず多くの方が訪れるという(コロナ禍にオープンしたために当初は予約制であったが、現在は予約不要で来訪できる)。
平日では1日200人程度、土日は400人程度の方が来館されるそうで、村上さんの書籍を翻訳した海外の翻訳者の方や、ドイツのオーディオメーカーの方が来館されたこともあるそう。世界50言語以上に翻訳されているという、村上春樹さんのグローバルな影響力には改めて感嘆する。
地下には、村上春樹さんの書斎を再現した部屋も設けられている。デノンのアナログプレーヤー「DP-3000」、マランツのプリメインアンプ「PM-17SA」と、MD/CDプレーヤー「CM6001」。これも村上さんからの寄贈品だそうで、MD/CDプレーヤーには時代の匂いも感じさせる。執筆机のすぐそばにプレーヤーが置かれているのも、オーディオをすぐ手の届くところに置いておきたい、という村上さんの思いが込められているのかもしれない。
今の若い世代にとって、オーディオに触れる機会は、ヘッドホンやイヤホンが主流だろう。一昔前ならば自宅に“父親のステレオ”があったものだが、昨今はそういった家庭も少なくなり、ステレオ再生の音に触れる機会も少なくなっている。そんな中で出会う優れたオーディオの音というのは、優れた耳、優れた感受性を涵養することに、間違いなく大きな意味を持つだろう(それはもちろん若い人だけではない。いくつになっても感受性は育つ、あるいは経験を重ねたからこその新しい発見は常にある。と言っておきたい。己のために)。
私事で恐縮だが、和田 誠/村上春樹共著による『Portrait in Jazz』は私の愛読書のひとつであり、村上さんのレコードとジャズ愛、それを語る言葉の豊穣さは、物書きの端くれとしての私にとても大きな影響を与えている。
大学という自由な知的創造の場に、優れた音がもたらす新たな可能性。長編小説『夏帆 -The Tale of KAHO-』とともに、村上春樹さんの愛したオーディオの深い魅力にぜひ触れて欲しい。




























