冨田勲、幻の4チャンネルオープンリールテープが蘇る。NHK Eテレ『クラシックTV』にて5/21放送
5月21日 22時よりNHK Eテレで放送される『クラシックTV』では、冨田勲氏のアトリエから発見された貴重な4チャンネル録音されたオープンリールテープ「月の光」を、松武秀樹さんが体験。その収録現場の模様をレポートする。
冨田さんのアトリエからオープンリールテープ発見
世界的シンセサイザーアーティストの冨田勲さんの没後10年を迎えて、冨田勲研究会の代表でありご長女の妹尾理恵さんが冨田さんのアトリエを整理していたところ、オープンリールテープが見つかり、後年の冨田さんの作品リリースを手がけていた日本コロムビアに、再生と保存する方法を相談した。

ちょうど同じ時期、NHKでは冨田さん没後10年という節目を受け、Eテレ『クラシックTV』で冨田さんの音楽と功績をあらためて紹介する企画が動き出していた。番組では冨田さんの「一番弟子」とも称される松武秀樹さんをゲストに迎え、「トミタサウンド」を形づくったシンセサイザーの技術とその精神をひもといていく。
制作を進めるなかで、番組チーフ・プロデューサーの宮崎将一郎さんとディレクターの日置梨紗子さんは、日本コロムビアにおける冨田勲さん担当として長く関わってきた服部玲治さんと意見を交わしていた。そのなかで浮かび上がったのが、妹尾さんから託されていたオープンリールテープの存在である。
冨田さんの創作の結晶であり、そして、冨田さんが長年追及していた「サラウンド音響」の創作の最初期のドキュメントといえるこのマスターテープを、スタジオで実際に4チャンネルサラウンドで再生するという試みは、番組終盤に改めて「トミタサウンド」を体感する大切な瞬間として位置づけられた。
宮崎さんと服部さんは、2012年に宮崎さんが『ETV特集』で冨田さんの《イーハトーヴ交響曲》を取材した以来の関係で、冨田さんのお陰で結ばれた縁を互いに大切にしてつないできた。こうした積み重ねのなかで育まれてきた信頼関係が、今回の貴重な音源の紹介へと結実したとも言える。
本企画を通じて浮かび上がるのは、冨田勲という存在を中心に、その音楽に人生を重ねてきた人々が、今もなお静かにつながり続けている姿である。番組は記録や証言、そして音そのものを通して、冨田さんの創作が現在へと響き続けていることを描き出す。
今回私は『クラシックTV』スタジオ収録の一部始終を見学できる幸運に恵まれた。収録日は意図したのか偶然かはわからないが、冨田さんの誕生日である4月22日であった。
テープは4チャンネル録音と判明
今回持ち込まれたテープは1/2インチ幅で、いくつかの曲が録音されていることがメモされ、そのなかに冨田さんの米RCAレコードでのデビュー作『月の光』各曲が含まれていた。しかし実際にテープに何が録音されているのかは、テープデッキにかけて再生するしか確かめる方法はない。
日本コロムビアには適切なテープデッキはなく、関係者をあたったところ、フィールドエイムの菅 正博さんにたどり着いた。菅さんはレコーディングエンジニア、モータージャーナリスト、編集者、ベーシストと多才で、整備された1/2インチテープ対応の16トラックテープデッキを所有している。
スタッフがテープを菅さんのスタジオに持ち込みテスト再生したところ、4チャンネルステレオ(サラウンド:立体音響)音源であることが判明したのだ。冨田さんは宇宙に強い興味があり、のちに『惑星』を手がけることになるのだが、空間表現を目指して4チャンネルにしたものと想像できる。
1974年4月に米RCAレコードからLP『Snowflakes Are Dancing』として発売されるが、4チャンネルではなく2チャンネルステレオ盤であった。当時からサラウンド再生を視野に入れた制作をされており、LPでもCD-4 のQuadra phonicでリリースを続けていたが、本格的なサラウンド作品としてリリースされたのは、2012 年のSACDであった。
番組では出演者の皆さんに4チャンネル再生でこのテープを聴いていただく企画が最重要ポイントとなったのだ。
レアなテープ再生機材を用意
菅さんがスタジオに搬入したのは、タスカムの16トラックテープデッキMSR-16Sで、4トラックテープでは16トラックヘッドが一度に4トラック×4チャンネル信号を拾う。しかもこのテープにはノイズリダクションとしてドルビーではなくdbxが使用されており、日本コロムビアが所有するドルビー361フレームを4台用意し、これまたレアなdbxモジュールを挿して使用された。
スタジオでは照明のノイズがテープデッキに混入し、収録が中断するハプニングに見舞われたが、別系統の電源を用意することで解消できた。
スタジオには3人がけのソファを中心に、前後左右に4本のメイヤーサウンドのパワードスピーカーUPA-1Pを配置して、リハーサル中に宮崎さんが副調整室での放送用2チャンネルミックス音声と実際の4チャンネル音場感のイメージが揃うように確認。妹尾理恵さんは4チャンネル再生を純粋に楽しんだ。妹尾さんは「こんなにキレイな音で聴くのは初めて」といたく感動されたご様子。
宮崎さんは2012年、冨田さんの軽井沢の別荘での取材の際、冨田さんが食事の際もインタビューの際も、自身の録音データを収めたSCSIハードディスクを大事に手に持っていらした姿を思い出したという。宮崎さんたちはハードディスクを落としたりしないかと心配していたのだが、「これだけは命より大事だから絶対に手放さないんだ」と肌身離さず持っておられたとのエピソードを紹介してくださった。
5分51秒間の「月の光」を4チャンネル再生
本番では松武さんを中央に、司会の清塚信也さんと鈴木愛理さんが左右に座り、4チャンネルテープの2曲目、5分51秒間の「月の光」を聴き、感想を述べた。
スタジオの幻想的な照明とともに再生された「月の光」は、スピーカーの外側で聴いても、音のない世界の月から、音楽が降ってくるような神秘性が感じられた。できることなら内側で聴きたかったが、叶わぬ夢であった。番組は残念ながらステレオ放送であり、空間再現はスタジオでの4チャンネル再生とは異なるが、5月21日の放送で雰囲気だけでも味わっていただきたい。
宮崎さんは「冨田先生にとって録音データは命より大事なもの。『月の光』オリジナルテープはまさに先生の命そのものだったのではないでしょうか。そこに、テープ再生という形を通して改めて生命を蘇らせた、奇しくも冨田先生のお誕生日にその場に立ち会わせていただくことができ、きっと先生も喜んでくださったと思います」と後日ご連絡をくださった。
今後この4チャンネルテープがなんらかのかたちで活用され、音楽ファンの耳に届くことを期待したい。



























