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連載:世界のオーディオブランドを知る(6)スピーカーのイメージを描きかえた「Bowers&Wilkins」の歴史を紐解く

公開日 2025/05/14 06:30 大橋伸太郎
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しかしDM7は序章だった。新時代モニターの真打が翌々年に現れる。タイムアライアメント&リニアフェーズ構造、ケブラーコーン、トゥイーターオントップといった同社のスピーカー技術の集大成で未来へのメルクマール(里程標)が1979年に登場する。「80年代で一番すぐれたモニターを作る」という技術目標から誕生した3ウェイモニターシステム「801」である。

密閉型エンクロージャーに収められた30cmコーンウーファーは、パイプオルガンの重低音を歪みなく再現できた。スコーカーは過渡特性と減衰特性に優れたケブラー製10cmを角を落とした独立筐体に収め、その上に2.6cmポリエステルフィラメント・ドーム・トゥイーター・オントップが鎮座していた。

「801」

ネットワークはコンピュータ解析で設計、オーバーロードになると入力を自動でカット、LEDが点灯して報せる保護回路APOCを内蔵していた。しかし、801の再生音質は魅力的なスペックをさらに数段上回っていた。広大な再生帯域、精密で奥深い音場定位、ハイスピードな応答性……801は欧州だけでなく、全世界の音楽業界とオーディオ業界の耳をとりこにした。

ことに、クラシック系中心のEMIロンドンスタジオ(アビーロード・スタジオ)、ドイツグラモフォン、デッカがあいついで801を導入。一説によればメジャーレーベルのスタジオの8割が採用、事実上の業界標準になった。世界中のオーディオファイルが愛と尊敬を込めて使った「ブリティッシュ・サウンド」という言葉は、801以降死語になっていく。

「英国製スピーカー=上品で優雅、そしてゆったりした音」という既成概念が音の科学者801の出現で崩されたのである。801は1987年に初めてマトリックスハニカム構造を取り入れエンクロージャーの剛性を高めたマトリックス「801 Series2」、1992年にネットワークからAPOCを外してシンプル化した「801 Series3」に発展、1980年代を通じてスピーカーのベンチマークにして先導者であり続けた。

B&Wはこれ以降も優れたモニターを次々に生み出して行くが、今も801を信頼し愛用し続けるオーディオ業界人は少なくない。「かないまる」の愛称で知られたソニーの名物エンジニア氏もそうした一人だった。801は時代にはるかに先駆けた未来のスピーカーだったのである。

 

「Nautilus」登場で世界のオーディオに新たなる衝撃

1980年代に入り、B&Wは初のアクティブ(アンプ内蔵)スピーカー「JohnBowersActive1」(1984年)、ラックスに代わり日本におけるパートナーとなっていたナカミチとのコラボモデルでタヴォリトアレイ(ヴァーティカルツインの一種)採用の「808」(1984年)発表と旺盛な活動を続ける。

1986年には新たにローレンス・ディッキーを設計者に迎え、エンクロージャー内の定在波を抑え強度を飛躍的に高めた「Matrix1」を発表した。その一方、1987年、創業者のジョン・バウワーズがすい臓がんで世を去った。享年65歳。しかし、ショーマストゴーオン、B&Wの歩は止まることがない。ロバート・トゥルンツがチェアマンに昇格、バウワースの衣鉢を継ぎ、新プロジェクトが胎動を始める。

1993年、新生B&Wの挑戦は異形のスピーカー「Nautilus(ノーチラス)」に結実する。「オウム貝」の名の通り、有機的で生命を感じさせる姿をしていたが、奇をてらったのではないことはすぐに理解できた。このプロジェクト、Nautilusのミッションは2つ、スピーカー振動板の背面から放射される音を自然に減衰し消し去ること、前面バッフルをなくしドライバーをデカップリング(固定せず宙に浮かせる)しストレスから解放すること、である。

「Nautilus」

Nautilusは4ドライバー構成だが、中高域用の3つのすべての背後に次第に細くなっていく「ツノ」が生え、背圧を徐々に減衰させ消していく設計になっている。一方低域ドライバーの場合、背圧を消すには計算上3mのバックロードが必要になり、直線ではむり。それを実現するためにらせん状の形状を採用したのである。

Nautilusに前面バッフルはない。フローティングされた4つのドライバーはテーパーで背面支持され、回折現象を発生させないように直線(かど)というものを消し去ったグラスファイバー製のハウジングの容器がそれぞれを包み込む。Nautilusの奏でる音を聴いた者は一様に衝撃を受けた。

楽音の間の静寂に、次に広く深い音場に、そして楽音の活き活きとしたリアリズムに。Nautilusが提示した背圧の問題とドライバーのストレスからの解放は、その後の全世界のスピーカー設計に大きな影響を与え21世紀の今日も続いている。この年、日本マランツ(現ディーアンドエムホールディングス)が輸入販売業務を開始する。

夢のスピーカー、Nautilusはネットワークをもたないマルチアンプ駆動前提のスピーカーだったが、次の課題はNautilusの技術成果をB&Wが強みを発揮するモニタースピーカーの分野に応用することだった。球とチューブを組み合わせた中域用エンクロージャーと高域用消音(ノーチラス)チューブを搭載して、801が「Nautilus 801」に生まれ変わる。

15インチ(38cm)ウーファーはMatrix構造のエンクロージャーに収められていた。大型機ばかりでなくブックシェルフまでラインナップを構成、本機からB&W「800」シリーズが始まる。

「Nautilus 801」

2005年にトゥイーターにダイヤモンド振動板、ウーファーにロハセルを使った「800D」シリーズ、2010年に高コストのダイヤモンド振動板の使用範囲を「804」「805」にまで広げ、磁気回路をネオジウムマグネットに換装した「800 Diamond」、2015年にDM7以来使い続けたケブラーと訣別、エアロフォイルバスコーン搭載の「800 D3」、2021年にはミッドレンジにバイオミメティックサスペンション採用の「800 D4」が登場する。

800シリーズで理想のモニターを追求する一方、豊かな成果を音楽ファン向けの製品に活かすこともわすれていない。2006年に「CompactMonitor1(CM1)」を発売、生彩感豊かな再生音で全世界のベストセラーとなりフロア型やセンタースピーカーまでラインナップを広げ、現在「700」シリーズに発展した。さらにエントリーゾーン「600」シリーズが加わり、800系を頂点に3シリーズ盤石の構成。もう後を紹介する必要はないだろう。

B&Wが台頭した1970年代後半にデジタル録音が導入され、1980年代にCDの時代を迎えた。録音技術が職人芸的世界と訣別し、1990年代にコンピュータが進出する。過去のモニタースピーカーは耐入力性やワイドレンジ、フラットな周波数特性など器の大きさがあればそれでよしだったが、最弱音まで含め原音を色付きなく再生する厳密性、客観性を持ったモニタースピーカーの必要に迫られた。

B&Wはバウワーズ時代からすでに試行と実験を繰り返し、理詰めの製品開発に没頭してきた。スピーカーを構成する素材探しへの尋常でない熱意にそれが現われている。時代の変化が求めたスピーカーだったのである。

B&Wはバウワーズ時代からすでに試行と実験を繰り返し、理詰めの製品開発に没頭してきた

音楽を聴く側の変化も大きい。音楽がクロスオーバーして多様化し、ジャンルを超えて聴くリスナーが増えた。それまで名声を誇ったスピーカーの多くがカリスマエンジニア(創業者)のアイデアやインスピレーションから誕生、設計の独創がすなわち響きの個性を生んだ。それが特定の音楽ジャンルへの適性に結びつき熱烈な支持者を生んだ。

しかし、クラシックやジャズ、ロックといったジャンルに引きこもるタイプのリスナーは今や少数派である。B&Wのニュートラルサウンドは音楽を聴くことの自由と歩調をそろえていたのである。

B&Wは製品数がこれだけ増えても音調に一貫性があり、製品にあらわれる技術の方向性が明解でブレがない。今もまっすぐな進歩の途上にある。だから、ポルシェ911ではないが、つねに「最新のB&Wが最良のB&W」なのだ。それはすなわち最良のスピーカーであることにつながる。B&Wの時代はとうぶん続きそうだ。

 

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