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話題のソフトを“Wooo"で観る

2009年屈指のハイクオリティソフト、BD版「崖の上のポニョ」の実力を引き出す

公開日 2009/12/25 14:38 大橋伸太郎
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この連載「話題のソフトを“Wooo"で観る」では、AV評論家・大橋伸太郎氏が旬のソフトの見どころや内容をご紹介するとともに、“Wooo"薄型テレビで視聴した際の映像調整のコツなどについてもお伝えします。

■海は文明を脱ぎ捨ててこそ一体になれるもの

恥ずかしい話だが、私は二度海で溺れたことがある。一度は小学生の頃、鎌倉の由比ガ浜海岸で一人で時間を忘れて遊んでいた時である。ふと水の冷たさを感じると、足が付かない深いところまで来ていた。パニックになって水を飲んだが、必死で浜辺へ向かって泳いで助かった。一瞬海中に沈んだ時の光景を今でも覚えている。暗い水の底に女の子が座っているのを見たのである。このことを話すと海に行かせてもらえなくなるので、家族には黙っていた。

その経験以来、町に陸と海の境界がなくなったり、奇妙な姿の海の生き物たちが家の座敷にやって来る夢を繰り返し見るようになった。「秘密を見た子供」として由比ガ浜の海に覚えられてしまったのかもしれない。スキューバダイビングのオープンウォーターライセンスをその後取得したが、重い器材が嫌ですぐにやらなくなった。海は文明の助けを借りて入っていくものでなく、文明を脱ぎ捨ててこそ一体になれるものに思える。

私の場合、一時期を除いてずっと海辺の小都市に暮らしてきた。夜、東京から電車で帰って鎌倉駅のホームに下りると、雨の日には空気に潮の濃い匂いが混じっている。毎日の犬の散歩も、坂ノ下から由比ガ浜まで国道134号線の海岸沿いが定番コースである。毎日、海を感じる生活といっていい。

■美しい物語の背景に宮崎監督の持論が透けて見える


ブルーレイディスク版「崖の上のポニョ」 ウォルトディズニースタジオホームエンターテイメント ¥7,140
宮崎駿監督の最新作『崖の上のポニョ』は、私には宮崎監督の生理的な海中感覚、海と一致する夢をアニメーションで描いた個人的な傾向の強い作品に思える。この作品と広島県鞆の浦で監督が過ごした経験との関連がよくいわれるが、宮崎監督は東京都文京区に生まれた、海を知らない都会人である。冒頭の海中シーンに描かれる深海魚や古代魚を見ても、彼が「図鑑少年」だったことがわかる。むしろ都会や山間部に生まれて暮らした方ほど、海を求め憧れる本能が無意識に息づいているのだろう。彼の内部に幼い日から育まれてきた海底世界のビジョンが、現実の海の荒んだ環境を憂う彼のエコロジーと融合して作品の背景世界に開花したのではないか。

本作については『人魚姫』を原案にしたとも言われるが、人間の男と海の化身のような女性の交わりを描いた物語は、アンデルセンに限らず広く古今東西に見られる。近年では川上弘美の小説『海馬』がそうである。むしろ、本作はポニョとグランマンマーレ、宗介少年と理沙という二組の母子を対比させて描かれた物語である。

ポニョが父からもらった名前はブリュンヒルデで、父の戒めを破って宗介に会いに行くシーンでは、ワーグナーの「ワルキューレの騎行」をパロディ化した音楽が流れる。恋する少女の強さを表現しているわけだが、後半、人間たちの世界が水没し宗介がポニョを海底に連れて行くシーンは、モーツァルトの『魔笛』でタミーノ王子に与えられる試練を見るようである。少年少女を見守るのがどちらも母親で、娘の旅立ちを見守るグランマンマーレは包容力と自然の理と知性を備えた存在として、宗介の母・理沙は冷静で果断な女として描かれる。

興味深いのは父親たちの影が薄いことで、人間を嫌って海の住人になったフジモトは観念的で、古代の復活を夢見ている。宗介の父・耕一は海の男のはずなのに、最初から最後まで出来事の傍観者ですらない。男性の論理では息詰まった文明の打開はムリ、という相変わらずの宮崎監督の持論が美しい物語の背景に透けて見える。

■今年の全ソフトの中で屈指のクオリティを持つ「ポニョ」BD版

さて、今回『崖の上のポニョ』を取り上げたのは、内容の良い作品であり、BDとして発売されたばかりの話題作だからだが、ブルーレイディスク版『崖の上のポニョ』は、映像・サウンド共に、実に素晴らしい出来なのである。海外作品まで含めた今年の全てのソフト中、屈指の出来といっていい。私は、専門誌『AVレビュー』の「ソフト・オブ・ジ・イヤー」では第3位に選んだ。

見方を変えると、本作が映像・サウンド機器の実力が試される厳しいソフトであることを意味する。本作は3DCG 全盛の現代アニメーション製作にあって、全編手描きにこだわった作品である。しかし、冒頭の水母の(イドラ)幼生が爆発的な発生する海底のシーンは凡百のCGを上回る素晴らしい立体感である。海の青の透明感と奥行きも凄い。

しかし、その奥行き感は、ブルーレイディスクプレーヤーとディスプレイ機器(テレビ、プロジェクター)が優秀であって、初めて現れるものだ。海底の青、ポニョのピンクを初め、主要な色彩は整理され単純化されているが、逆に単純ゆえに色彩の安定と純度、透明感が問われる。テレビなら液晶方式とプラズマ方式で映像の再現性が違い、プロジェクターなら3LCD透過型と反射式液晶(D-ILA、SXRD)ではまた違う。

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