<IFA>サムスンが示すAI体験の魅力。CESに続き選んだ「プライベートショー」の是非を問う
ドイツの首都ベルリンで、9月4日から欧州最大規模のエレクトロニクスショー「IFA 2026」が開幕を迎える。プレイベント期間の9月2日と3日には、メディアデイとして参加企業によるプレスカンファレンスやプレイベントが数多く開催される。
2日に実施されたサムスン電子のプライベートショーと、IFAを主催するIFA Managementのリーフ・リントナーCEOによるカンファレンスを取材した。
IFAのテーマは「AIに触れられるイベント」
IFAの本会場となるメッセ・ベルリンでは、午後にリントナー氏が登壇するオープニングカンファレンスが開かれた。
リントナー氏はAIがもたらす技術進化がいま、産業革命の数十倍に及ぶほど加速度的な規模で起きている現状について触れて、「社会に広がる期待と不安の双方に目を向けるべきだ」と語った。
そのうえでAIはデバイスの画面の中にとどまらず、実世界の物理空間にも移行し始めており、昨今では「フィジカルAI」や「ロボティクス」などのカテゴリが脚光を浴びていることについてもリントナー氏は言及した。
「技術がもたらす価値を最大化するためには、人々に直接体験してもらい、理解と信頼を構築する場が欠かせない」と述べたリントナー氏は、2026年のIFAの焦点が「AI体験の社会的な共有」にあることを明らかに提示した。
日常生活の中で、一般のコンシューマーが直感的に触れられるAI体験を多面的な家電の製品群を通じて、幅広く具現化している企業の代表格がサムスン電子だ。
今年のサムスンはメッセ・ベルリンの本会場から離れ、ベルリン市内のカンファレンス会場を貸し切る形で独自のプライベートイベントを展開している。現地時間の9月2日は、世界各国のメディア関係者を集めて展示を公開した。
筆者も2日にサムスンのイベント会場を訪ねた。大勢の来場者で賑わう空間には、スマートテレビやモバイル、そしてインターネットだけでなくAIにもつながり、新たな体験価値を生み出している先進の白物家電が一堂に集まった。
それぞれ欧州でサムスンが展開する最新の製品がカテゴリごとにゾーニングされ、生活空間を模したセットの中でハンズオンとデモンストレーションによる「体験型展示」が繰り広げられていた。
サムスンが踏み込んだ3つの「AI体験」
展示の中で、同社が掲げる「AI体験」の深化を筆者が最も強く感じた3つの展示があった。
ひとつはスマートテレビだ。今年の5月に、サムスンは競争が激化する中国本土市場でテレビや一部の生活家電の販売を終了し、現地事業を再編する方針を明らかにした。
ドイツを含む欧州地域では、引き続きプレミアムからエントリーまで幅広いカテゴリーの製品を変わらず展開する。
筆者は今年のCESでサムスンが展示した、独自のテレビ向けAIアシスタント「Vision AI Companion(VAC)」を搭載するスマートテレビを本誌にレポートした。

<CES>サムスン、「AI体験をより身近かつ信頼あるものに」。130型マイクロRGB LED液晶テレビ実機展示も
2026/01/06 19:26
欧州でもプレミアムモデルを中心にVACの搭載が2025年秋以降から進んでいる。VACはサムスン独自のTizen OSの上に形成され、オンデバイスではBixby AIが動き、テレビの設定などを音声操作により手軽に変更できる。
テレビ番組や動画配信の最新情報については、グーグルが提供するGemini APIを組み込むことにより、クラウドと連携してユーザーに提供する。
Bixby+GeminiがVACの基本形になるが、その上にTizen OSのテレビ向けアプリストアに最適化されていれば「Perplexity」や「Microsoft Copilot」を、ユーザーが独自にインストールしてチャットを楽しんだり、ほかのアプリを入れればテレビ向け壁紙の自動生成などにもAI体験が広がる。
ふたつめの柱は、成熟と進化を同時に感じさせるGalaxyシリーズのスマートフォン群だ。
日本市場でも8月に発売されたばかりのフォルダブルスマートフォンが、ベルリンでも脚光を浴びていた。Galaxy Z Fold8のほか、Z Fold8 Ultra、Z Flip8のハンズオンに多くの来場者が足を止めていた。
また、会場にはグローバル展開される、フラグシップのS26シリーズの “いいところ” を惜しみなく投入したハイコスパモデル「Galaxy S26 FE」の実機も出展されていた。
約6.7インチのディスプレイ、ハイスペックなトリプルレンズカメラ、そしてフラグシップ級のAI体験を魅力に掲げる注目機だ。現時点での本製品の日本発売は未定とされている。
そして3つめのハイライトが、スマート機能が充実する白物家電の製品群だ。
ドアの前面にタッチディスプレイを搭載する「Family Hub」シリーズの最新モデルには、冷蔵庫内カメラで食材のストックを認識し、グーグルのGeminiを活用して最適な献立やレシピを自動生成する機能が搭載されている。
ただ美味しそうなレシピを提案するだけでなく、いまストックされている食材で賢く “やりくり” してくれたり、足りない食材を買い物リスト化して、モバイルアプリと情報を同期する機能も完成度が高い。
筆者もデモンストレーションを体験しながら、この機能が日本で体験できないことがとても残念で仕方がなかった。
日常のちょっとした不便を解消するエッジAIと、冷蔵庫らしいある種の生活に密着した “フィジカルな体験” の連携は、家電の利便性を着実に一段階引き上げてくれるものだと思う。
なお、サムスンが展開するスマートホームの独自プラットフォームであるSmartThingsに対応するIoTプロダクトも、ドイツやフランス、イギリスを中心とする欧州各国に深く浸透しつつあるようだ。
イノベーションをより広く伝えるべきだ
会場で披露されたデモンストレーションはいずれも成熟度が高く、AIが道具として生活の背後に溶け込む未来のスマートホーム像を明確に描いていた。
しかし、充実した展示の内容を目の当たりにしながら、筆者の頭の中にはある拭いきれない「違和感」も交錯していた。
去年までのIFAにおいて、サムスンはCity Cube Berlinなどの広大なホールを占有し、一般来場者をも巻き込む巨大なパビリオンを構えていた。
だが今年のIFAで、同社はメッセ・ベルリン本会場での大規模出展を見送っている。筆者が2003年にIFAの現地取材を始めてから、おそらく初めての出来事だと思う。
2026年1月に米ラスベガスで開催されたCES 2026でも、サムスンはメインホールにおける広大なオープンブースの展開を取りやめ、招待制のプライベートショーを中心とする構成へとシフトしていた。
欧米の大規模なエレクトロニクスショーにおいて、同社は明確にクローズドなアプローチを選択し続けていることになる。
確かに、展示会出展にかかる莫大なコストとリソースを考慮すれば、限られたパートナー企業や主要リテール、有力メディアに絞って密度の高い商談や説明を行うプライベートショーの形式は、極めて高い投資対効果を生む。
不特定多数の来場者をさばくことよりも、重要顧客へダイレクトにアプローチする効率性を優先する判断は、激しい市場競争に晒されるグローバル企業が採るべきスタンスとして理解できる。
しかし、その効率性と引き換えに、同社が培ってきた独自のGalaxy AIや、多彩な外部モデルを融合させたスマートテレビ、生活家電による豊かな「AI体験」に、一般のコンシューマーや幅広い開発者がオープンに触れられる機会は確実に狭まってしまっている。この点はテクノロジーの普及という観点からも残念でならない。
冒頭で触れたリントナー氏のスピーチが示したように、現在急速に進展するAI技術に対しては、産業界全体でその恩恵を広く伝え、同時に生じる生活や社会構造の変化への不安を、対話によって解消していく姿勢が求められている。
AIのような先端技術はブラックボックスのままでは定着せず、一般の人々が実際に触れて試し、納得するプロセスを経て初めて社会的な信頼を獲得できるものだ。
スマート家電からモバイル、ディスプレイにいたるまで、生活のあらゆる接点において強固なハードウェアエコシステムを持つサムスン電子だからこそ、果たせる役割は極めて大きいはずだ。
自社の利害や効率の追求にとどまらず、巨大なオープンフロアで誰しもが未来の生活像を体感できる場を提示し、業界全体のイノベーションを社会につないでいく。
急速な変革期にある今だからこそ、同社には市場を牽引するフロントランナーとしての誇りと、オープンな姿勢に基づく強いリーダーシップを期待したい。

