パナソニックハリウッド研究所 訪問記<前編> − 画質の専門集団はこうして生まれた

2007年01月17日

パナソニックハリウッド研究所
次世代ディスク・Blu-ray Discの普及を牽引するパナソニック。薄型大画面テレビやBDレコーダーの発売など、国内のAVファンにとっては馴染みの深い同社だが、その高画質研究の拠点が米国・ハリウッドに存在するのをご存じだろうか。今回は「パナソニックハリウッド研究所」(PHL)を中心とした北米拠点への取材を元にして、3回に渡って同社の高画質への取り組みを紹介していく。

第一回となる今回はパナソニックハリウッド研究所訪問の前置きとして、15年以上にもなるパナソニックのハリウッドにおける長い活動の歴史と、パナソニックハリウッド研究所が果たしてきた役割を紹介していこう。

●パナソニックハリウッド研究所の成り立ち

パナソニックとハリウッドとの本格的な交流は、MCA社(現ユニバーサル・スタジオ)を子会社としていた当時から始まっている。1993年には、ユニバーサル・スタジオ構内に、当時ハリウッドで初めてとなるHDテレシネセンターを設立。その後、1996年にはDVCC(デジタル・ビデオ・コンプレッションセンター)の開設へと繋がっていく。

1996年に開設されたDVCCは、DVDオーサリング技術を研究するために設立された機関で、DVDの規格化からMPEG-2エンコーダーの開発、実際のDVDタイトルのオーサリングを手がけている。後ほど登場するDVD、BDの規格とオーサリング開発を手がけた小塚雅之氏、エンコーダーの開発を手がけた柏木吉一郎氏、取材協力をしていただいた末次圭介氏も、この当時からハリウッド映画会社と規格や画質面での交渉を行っていた。

取材にご協力頂いた、松下電器産業(株)高画質高音質開発センター 画質担当参事の末次圭介氏

PHLの高画質化への取り組み

そして2001年には、BDの高画質化と規格化戦略の中核になる新しい研究開発拠点「パナソニックハリウッド研究所」の設立に繋がっていくのである。

●ハリウッドから学んだ忠実再現の高画質

パナソニックがDVD、BD作品のオーサリングやディスプレイの制作で一貫して最重要視しているのは「映画再生における忠実再現高画質の追求」である。

ここで言う「原画に忠実な映像の追求」とは、画質追求の方針として当然のことと簡単に聞き流されてしまう言葉に聞こえるかもしれない。しかし、映画制作の本拠地であるハリウッドに研究所を構え、映画会社とのディスカッションを重ねながら画質の向上を目指してきたパナソニックの目指すものは、より本格的だ。

「映画では物語(Story Telling)のために入念な画作りを行っています。制作者の意図(Director's Intention)は画作りを通して作品に埋め込まれ、特徴ある映像はEmotional Impactとして観る者の感情に訴えかけるんです」(末次氏)。

このEmotional Impactとは、ハリウッドのトップカラリスト、デビッド・バーンスタイン氏による言葉だという。

例として挙がったのが『フォン・ブース』による青みがかった映像はサスペンス感、『ターミネーター2』の無機質な映像、これをそのまま再現するというのが忠実再現の在り方である。色味だけでなく、銀塩フィルム特有のザラザラしたとしたノイズ=フィルムグレインの再現も同様だ。戦争映画にあるような気味の悪い鉛色の空は、銀残しと呼ばれる方法によって意図的に作られている。『エリン・ブロコビッチ』の全体に黄色がかった色調とフィルムグレインを強調した画は、カリフォルニア近くの砂漠の雰囲気を表している。

映画制作の現場では業務用のスタジオモニターが用いられ画作りが行われている。監督が意図を持って作った映像を再現するということが、同社が追い求める画質の軸になっている。松下電器がハリウッドに拠点を構える最大の理由は、ダイレクトに映画会社と連絡し合い、映像についてのディスカッションを行える環境にあるのである。

それでは、この研究開発はどのような形で活用されているのだろうか。

●BD-ROM高画質化のカギ「MPEG-4 AVC High Profile」は松下が提案した

一つ目が、映画作品を提供するオーサリング面への取り組みである。これは、DVCCで行われてきたMPEG-2エンコーダー開発などDVDの高画質化と、パナソニックハリウッド研究所におけるBDの高画質化へと続く流れであるが、今回は特に僚誌である月刊「AVレビュー」1月号で取り上げたMPEG-4 AVCの取材を元に、松下電器の果たしてきた役割を簡単に紹介しておこう。

「AVレビュー」取材時にお話しをうかがった、松下電器産業(株)AVコア技術開発センター 知覚AVグループグループマネージャーの高橋俊也氏

『南極物語』『リーグ・オブ・レジェンド 時空を越えた戦い』など実際のBD-ROM作品の収録に使用されている映像コーデック、MPEG-4-AVC。その採用タイトルの画質の高さは所有者ならばご存じのことだろうが、その高画質化の要とも言える「MPEG-4 AVC High Profile」の規格化そのものの提案はパナソニック、パナソニックハリウッド研究所によって行われたものだ。

『南極物語』

『リーグ・オブ・レジェンド 時空を越えた戦い』

2003年7月当初の時点で標準化されたMPEG-4 AVC Main Profileは、当初ハリウッド関係者との間で行われた画質検証でフィルムグレインが消えてしまい、高ビットレートのMPEG-2の方が原画に忠実な画質であるという評価が下されていた。しかし、技術的に10年も世代が新しく、遙かに複雑な圧縮処理を行うMPEG-4 AVCの画質がMPEG-2に劣るはずがないという信念のもと、画質向上の取り組みが行われた。

この取り組みでは、まずフィルムグレインが消えてしまう原因となっていた「圧縮前に行われるノイズを落とす処理」を見直した。更にはエンコーダーの圧縮パラメーターのうち「圧縮ブロックのDCTを従来の4×4から8×8に拡大」「視覚特性による重み付け技術の採用」などの工夫を行うことによって、本来のポテンシャルを引き出せることを発見。それが劇的な画質改善をもたらすことになり、MPEG-4 AVCの12MbpsでMPEG-2 24Mbpsの映像と同等、16Mbpsではフィルムグレインの載った映像でも原画とほぼ同等と言われるまでの画質をもたらした。そして2005年8月に「MPEG-4 AVC High Profile」として正式に承認されるに至ったのである。

これがパナソニックハリウッド研究所の果たしてきた、エンコード技術面での取り組みである。次世代ディスクにおける高画質のキーテクノロジーとも言えるコーデック自体を同社が提案したことを考えれば、同社が画質向上にどれだけ重要な役割を果たしてきたかが分かるだろう。

●TH-AE1000を始めとするプロジェクタの画質を監修

パナソニックハリウッド研究所の役割として、MPEG-4 AVCへの取り組み、そしてBlu-rayのオーサリングを手がけていることはAVレビュー本誌でも取り上げているので、ご存じの方も多いだろう。その一方で意外なほど知られていないのが、同研究所のプロジェクター、テレビの画作りに対する協力だ。

TH-AE1000を始めとするパナソニックが発売するフロントプロジェクターの“ハリウッド画質”が、ハリウッドのトップカラーリストであるデビッド・バーンスタイン氏監修のもとで行われているということは有名だ。この共同作業の拠点となったのがパナソニックハリウッド研究所で、TH-AE500、TH-AE700、TH-AE900、TH-AX100、TH-AE1000と歴代モデルを持ち込み、デビッド・バーンスタイン氏を始めとするハリウッドの映画関係者からの画質チェックを受けている。「実際に映画の絵作りを行った撮影監督本人が自分の意図する絵を再現できているかどうかのチェックするため、本当に原画に忠実な画質が求められる」(末次氏)という。

ハリウッドのトップカラーリスト、デビッド・バーンスタイン氏

TH-AE1000の画質チェックもPHLで行われている

この取り組みは最新モデルのTH-AE1000でも続けられており、映画制作の現場で撮影したあとに内容を確認するデイリーという工程で、パナソニックのTH-AE1000を導入するという話も進んでいるとのことだ。

●マスターモニターを目指したプラズマVIERAのシアターモード

プロジェクターについては、日本でも大々的にプロモーションが行われていたいので、“ハリウッド監修の画質”として知っていた方も多いだろう。しかし、実は同じようにハリウッドの監修を受けている製品がもう一つある。同社のプラズマ“VIERA”PZ600シリーズの「シアター」モードの画質だ。


今年のCESのパナソニックブースには、マスターモニターと同社プラズマテレビの比較展示も行われた
1月8日〜11日にかけて開催されたCES2007のパナソニックブースにて、同社のプラズマテレビと映画制作の現場で使われるマスターモニターの比較展示が行われていたのは既報の通りだ。

この展示ではテレシネ用の32型スタジオモニターと同社のプラズマPZ600シリーズ58型モデルを並べて、スタジオモニターはハリウッドを代表するポストプロダクションのテレシネ室と同じように調整。PZ600は通常の市販品を持ち込んで「シアター」モードをベースにして市販品と同じ機能を使って画質を揃えたもので、スタジオモニターとピッタリとあった色、階調表現は筆者も確認している。

パナソニックによると、実際に展示を見た来場者から次のような声が上がったという。

「PDPも遂にスタジオモニターに匹敵するほどの高画質になったのか。映画はやっぱりPDPで見るべきだ。」(映画会社技術幹部)

「Blu-ray製作の画像圧縮、QCで使用するモニターが無く、頭を痛めている。このプラズマ画質のおかげでようやくその問題が解決されることになる。」(映画会社 Blu-ray Disc 製作担当)

「色再現の正しさはもとより、階調、質感の再現が格段に良くなっている。こんなプラズマは見たことが無い。初めてきれいと思えるプラズマに出会った。」(映画会社 SVP Technology)

いずれも好意的なコメントであり、ここでもパナソニックハリウッド研究所における取り組みが実を結んだことになる。

このようにマスターモニターを目指した画質を追求した背景には「映画制作では、一ヶ月以上もの時間と、コストもかけて絵作りを行っている。しかし、実際の家庭にテレビでは勝手に色を変えてしまっていて、手間をかけて作り込んだ映像を正しい画質で楽しんでいる人は世界に一人もいない。これは問題だ」という撮影監督からの意見や、「『スター・ウォーズ』では善玉は生気のある肌色、悪玉は青白い肌と意図して作っているのに、テレビが勝手に肌の色を変えてしまう」というジョージ・ルーカスの発言もきっかけになっているという。

同社がマスターモニターの画質を目指すのは、こういった制作者の意図(Director's Intention)を尊重する姿勢があるからなのだ。

●次回はBD-ROMオーサリングの現場を取材

説明が長くなったが、“忠実画質の再現”というゴールを目指す原点となっているのが、パナソニックハリウッド研究所における一連の取り組みなのである。パナソニックの画質への取り組みがハリウッドの映画会社とのダイレクトなやり取りを元に成り立ち、同社が一貫して画質の“忠実再現”を目指してきたということが伝わっただろうか。

次回はBD-ROMの高画質オーサリングにスポットを当て、パナソニックハリウッド研究所がどのような環境やフローで高画質BDソフトのオーサリングを行っているかを解説していこう。

(折原一也)

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