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黒崎政男氏と島田裕巳氏が語る

オーディオ哲学宗教談義 Season3の第3回、テーマは「私たちは何を聴いてきたか」『音楽における宗教性』

公開日 2020/10/12 16:18 季刊analog編集部
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犠牲―ローマ教皇ではなくエリザベートが救う

島田 贖罪ということでは、ローマ教皇だったら救うことができるはずなんだけど、そのローマ教皇ですら救えないものをエリザベートが救う。音楽的にも最初の方で動機として出てきたものが、曲の終わりの方の「巡礼」でも出てきて、なるほど本当に良くできていると思いました。


宗教学者・島田裕己氏
黒崎 宗教学者が語る「タンホイザー」です!


哲学者・黒崎政男氏
島田 これこそがキリスト教史なんですよ。「タンホイザー」ひとつあれば、キリスト教の歴史は語れる。

〜ショルティ(指揮)/ワグナー:「タンホイザー」巡礼の部分〜KLIMAX LP12SE(URIKAU)+KLIMAX EXAKT 350にて再生

ショルティ(指揮)/ワグナー:「タンホイザー」をもう一度聴く


KLIMAX LP12(右)
黒崎 「我々は罪から救われた」と言ってローマに行って帰ってきた巡礼団。その中にタンホイザーはいない。エリザベートは「彼は戻ってこなかった」と嘆く。

それでこの後に、タンホイザーがひとりとぼとぼ「『枝に緑が芽吹かない限り、お前は救済されない』と言われ、ローマで破門された。教皇に許されなかった」と。教皇に許されなかったものが、エリザベートの自己犠牲によって救われる。

島田 ここだけ見ても、キリスト教史がどのように展開してきたかが分かるし、中世から近代への転換でもある。「個人というものが実は重要だ」という近代的な発想を、音楽というものによって巧みに表現している。

いま世界的に宗教消滅の時代ですけど、音楽の世界の中に信仰というものが保存されていて、オーディオの装置の発展によって真の意味が聴き取れる。オーディオというものがある限り……。

黒崎 宗教は消滅しない?

島田 消滅しないってわけではないけど、音楽がタイムカプセルみたいな役割を果たしていて、昔の宗教性とか、宗教のあり方を保存して残しているのかもしれない。そこにどういう意味を見出すかとか、どう考えるかということは後世の人に託されているので。

やはり宗教というのは個人の信仰心の問題だけでなく、常に何かによって表現されていないとどんどん消えていって、ますます分からなくなってしまう。

黒崎 確かにオーディオというのは、完全に一対一の世界ですから、自分が音楽と一個人として対面するという意味で、ちょうどルターが、個人と聖書が対面することによって神に直接繋がるというプロテスタント的考えと重なるわけです。それまでは教会が神と人を媒介するという構造だったわけですから。

オーディオというのはまさにプロテスタント的で、個人がオーディオ装置を通して世界と対面して魂を浄化する体験である。だけど1970年代前半の人々のメンタリティと50年後の今の我々のメンタリティってもうずいぶん変化した。これによって演奏表現自体も変わるし……。

島田 これは現代ではちょっと……。

黒崎 できない演奏ですよね。冷凍保存されていつでも解凍できる。という意味で、オーディオ装置の進展は、素晴らしいものがある。

島田 ルターはあくまで聖書に基くと言った。個々の人間が聖書を読むことによってそこから信仰を引き出してくる。それがプロテスタントの考え方であって、教会が救いを与えるとするカトリックとは違う立場なわけです。ところが、個人が聖書読んでも、なにしろ昔の神話だから、それをどう解釈すればいいかが分かりにくい。では、聖職者、プロテスタントだったら牧師が聖書を解釈して説教したからといって、それが伝わるのか?

むしろ「タンホイザー」の方が、説教を聞くよりもはるかに信仰の在り方を伝えるものとして役立つ。

黒崎 確かに個人が対面するという意味ではプロテスタント的ではあるけれど、このタンホイザーで展開されているのはカトリック的な世界だからね。教会だったり、昔のカテドラルだったり、そういう意味ではここで聴けているものは非常に宗教的な雰囲気がありますよね。

島田 もうひとつ。次はマーラー。

黒崎 ええーっ、島田さんがマーラー???

島田氏がマーラーをかける

島田 この前ここで聴いたのでちょっとかけようかなと。

黒崎 マーラー……ダメなんじゃなかった? 大丈夫?

島田 3番の真価はまだよく分からなくて。これは、スピーカーを換えてオートグラフで聴きましょう。3番はマーラーが神の心境みたいな感じで作ったんでしょ?

黒崎 普通1番聴いて4番聴いて、5、6番。3番は一番長い。ちょっと聴きにくい感じがある。

島田 演奏時間は100分くらいあります。マーラーの意図としては、自分が創造主、つまり神になって、この世が作られていく過程を表現しているみたい。

黒崎 でもこれ名盤なんですよね。私はブーレーズ盤(2001年 ウィーン・フィル)で聴いていましたけれど。

島田 マーラー、実際よく分からないんだよね。

黒崎 いや、しかし島田さんがついにクラシックに目覚めた(笑)。しかもマーラーをも聴くというとんでもない事態です。嬉しい限りです。大丈夫だよ、島田さん。老後まだまだ長いからね! では3番を。

島田 壮大に大きな音で!

〜メータ(指揮)、ロスアンジェルス交響楽団/マーラー:交響曲第3番
〜リンLP12SE+オクターブV80SE+タンノイ オートグラフで聴く

メータ(指揮)、ロスアンジェルス交響楽団/マーラー:交響曲第3番


オクターブのプリメインアンプV70SE

黒埼氏の右の後方のスピーカーがタンノイのオートグラフ
黒崎 すごいねぇ。

島田 古事記……。黒崎さんが非常に興味を持たれているという古事記の冒頭。

黒崎 ああ、確かにそういう感じね。イザナギとイザナミが矛でクラゲのように漂っていた混沌をかき混ぜて島を作る。国作りのところの感じ。確かに非常に……あの、はい。

一同 (笑)

島田 マーラーは何を考えていたのかなと思いますね。まだまだ、奥にあるんじゃないか。オーディオ的にも、まだ真価を発揮していないんじゃないかという気がしますね。

黒崎 私は、オーディオ的にはここまで来たらとんでもないところまでやってきたと思ったなあ。この録音、72、3年だと思いますが、当時の人たちが50年後に他の国で、こんなすごい音で再生されると思うかなあ。

島田 日常とは違う世界をオーディオで体験できる。もちろんマーラーがこういう曲を作っているからだけど。

黒崎 やっぱりすごい体験だよね。世界を旅行したり、あるいは例えばディズニーランドなんかいい例で、そこへ行けば非日常があるというわけだけれど。オーディオは個人宅でできて、しかもこのレベル。気が向いたら人類の古事記を聴こうって感じで体験できるものね。

島田 聴く側の知識によって、この音楽の真価が発揮される。


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