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【対談】オーディオは本当に進歩したのか<第2回> 哲学者・黒崎政男氏と宗教学者・島田裕巳氏が語る

2017/12/14 季刊analog編集部
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発達していくものと失われるもの

島田 さっきのSPでいくと、ソロが短いじゃないですか。そうするとソリストは、最初から目立った演奏の仕方をするようになった。「掴み」がうまくないとだめだったからですね。それがいまの時代になっちゃうと、そういう制約がないから掴みで引き付けるという演奏の仕方が少ない気がしますね。


島田裕巳氏(左)と黒崎政男氏(右)
黒崎 乗ってくるまでにふらふらやって、乗ってきましたみたいな。

島田 『ビッチェス・ブルー』なんかもそうだけど、はじめの部分なんてなんだかよく分からないじゃないですか。それがしばらく進行していくと、だんだん盛り上がっていって。1950年代中頃から、もう少しあとくらいまでは、そういう音楽ではまったくなくて、とにかく最初から飛ばしていくというそういう感じの演奏が主流だった。

黒崎 メディア依存性というか……芸術であるにも関わらずメディアに3分入るときと5分まで入るとき、20分まで入るようになったときはおのずと芸術というか質自体が変容していくわけですよね。だからそれはオーディオの制約に、芸術というか録音される音楽の制約も一緒にかぶっているという。

島田 メディアが変わるという話ではお経も似たことが言えます。黒崎さんは骨董趣味の方で、ここに来た時もお経を額装してもらって喜んでましたけれども……。

黒崎 お経がヤフオクで出てて、それを落札して平安時代の一行のお経ですけど、それは裸じゃおかしいので、ITOYAにいって額装を頼んで、額装できたー、といってここに来たら島田さんがいて。見せたら、おおこれはなんとかだと読んでくれて。

島田 昔はお経というのは印刷できないから、写経するしかなかったんです。その行為自体が非常に尊い。

そういう価値があって、一番有名なのは平家のお経で、厳島神社に平家一門が法華経全部をひとりずつ写経して奉納したものがいまでも残っています。そういうことが行われていたわけじゃないですか。でも、いまは写経と言っても、はせいぜい般若心経とかそういうのを自分のために写経するだけであって、そうするとお経の価値みたいなものも昔に比べるとあんまり大したことにはならない。そういうようにメディアが発達することによって、失われていくものもある。

黒崎 たしかにお経で言えば、印刷技術がないから手で書くしかなかった。それが便利さを求めて、印刷となり、今日ではデジタルファイルとなった。

島田 それではありがたくないから、逆に普及しないんですよ。

黒崎 そうですよね。音楽のメディアもいまではただ同然で何万曲も聴ける。でもSPやLPは場合によっては1枚に何万円も払ったりする。情報のメディアの入れ物なんだけど、そのありがたさは、それが我々にありがたく意味をもつこととリンクしているからね。

島田 レコードからCDの時代になって、一時レコードが滅びた状態になってきたけど、いまになって結局また復興してるじゃないですか。CDだとかのデジタル音源なんかは、その物質的な価値がちょっと音楽というものと根本的に馴染まないのかもしれない。

黒崎 音楽配信サービスは、通りすがりに聴かせてもらう感覚。所有感はない。自分の体験として、肉体的、身体性なものに価値を見出すので、非物質性となったメディアだとその感じが薄い。

島田 音楽が「私のもの」にならないんですよ。だからそれは音楽というものがどういう形態で保存されているかということに依存しているということですよね。

黒崎 ここまでデジタル化が進んで、モノではなくなって触れなくなったときLPに回帰している。LPでは、モノ自体、かける行為、聴く時間、その全ての行為が自分にとって意味のあることになる。SPをやっていると特にそうですから。3分しかかからない。それで削った、傷付いたとか、ああー、すり減っていくと思いながら聴くことでしか、本質的に身体性を持っている私にとって真剣に向き合えない。

島田 前回、黒崎さんがレコードを全て処分して、また買い直したという話があったけれど、そういうことをした人って結構いるわけですよ。僕がNHKでジャズ評をやっていたときに、クラシック評をやっていた石井宏さん、新潮社の雑誌などにも寄稿していた人だけど、その人も全部LPを売っちゃって、全部CDにしたって言っていましたけど。その後どうだったか分からないけど。でもどうしてもアナログにまた戻ってしまう、そういう力みたいなものはあると思います。

黒崎 また微妙なのが、CDはデジタルだけど、物質でしょ。だからCDは所有している、してないということはあるけど、ファイルになったデジタルはモノじゃないので、そこにも断絶があるかもしれないね。だけど結局はそのSP、LP、CD、ファイルという変遷のなかで、音楽の持つ意味……というか自分にとっての意味というのは大きく変わってきているし、便利さと引き替えに豊かさとか意味深さ、ありがたさを失っていっているというのは確かですよね。

島田 パラゴンに関して言えば、もう木が手に入らないんですよね。

黒崎 そうですね。あとあれを製作できる技術者も。

島田 だからこのユニークな存在というのは、本当にこれしかない。これが発達していくことはない。

黒崎 というわけで、今日はおしまいですね。次は3回目ですけど、いよいよオーディオファイルとアナログの対決です。

SOUNDCREATEスタッフ 先生方、本日もありがとうございました。先日オーディオ評論家の先生から、「すごい企画をやっているね」と言われました。「オーディオが進歩したのかどうかなんて、この業界にいたら口が裂けてもいえないよ」と。またオーディオの販売店でも、現代のものか、ヴィンテージのどちらかに絞っていらっしゃるお店が多く、弊店のように両方扱っている店は少ないと思います。

だからこそ、「オーディオは進歩したのか」ということにメスを入れることができるのかもしれないですし、それが答えの出ないことだとしても、それを考えてみるということはすごく楽しいことだと思います。ぜひ第3回も、答えが出るか出ないかわからないこの企画にご参加いただければと思います。今日は皆様、本当にどうもありがとうございました。

第二回 完


SOUND CREATE LOUNGE
LEGATO店斜向いのビルの5階
問い合わせはLEGATO店まで 〒104-0061東京都中央区銀座2-4-17 TEL .03-5524-5828



黒崎政男Profile
1954年仙台生まれ。哲学者。東京女子大学教授。
東京大学大学院人文科学研究課博士課程修了。
専門はカント哲学。人工知能、電子メディア、カオス、生命倫理などの現代的諸問題を哲学の観点から解明している。
「サイエンスZERO」「熱中時間〜忙中趣味あり」「午後のまりやーじゅ」などNHKのTV、ラジオにレギュラー出演するなど、テレビ、新聞、雑誌など幅広いメディアで活躍。
蓄音器とSPレコードコレクターとしても知られ、2013年から蓄音器とSPレコードを生放送で紹介する「教授の休日」(NHKラジオ第一、不定期)も今年で10回を数えた。
オーディオ歴50年。
著書に『哲学者クロサキの哲学する骨董』『哲学者クロサキの哲学超入門』『カント「純粋理性批判」入門』など多数。



島田裕巳Profile
1953年東京生まれ。宗教学者、作家。
東京大学大学院人文科学研究課博士課程修了。
専門は宗教学、宗教史。新宗教を中心に、宗教と社会・文化との関係について論じる書物を数多く刊行してきた。

かつてはNHKの「ナイトジャーナル」という番組で隔週「ジャズ評」をしていた。戯曲も書いており、『五人の帰れない男たち』と『水の味』は堺雅人主演で上映された。映画を通過儀礼の観点から分析した『映画は父を殺すためにある』といった著作もある。

『葬儀は、要らない』(幻冬舎新書)は30万部のベストセラーとなった。他に『宗教消滅』『反知性主義と新宗教』『なぜ八幡神社が日本でいちばん多いのか』『スマホが神になる』『戦後日本の宗教史』『日本人の死生観と葬儀』『日本宗教美術史』『自然葬のススメ』など多数。

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