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オーディオ銘機賞・開発特別大賞を受賞

マランツ「SA-10」のディスクリートDACはいかにして実現したのか? 開発者2万字インタビュー【前編】

2016/12/09 聞き手:山之内 正 構成:編集部 小澤貴信
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マランツのフラグシップSACDプレーヤー「SA-10」のコンセプトや開発過程について、音質検討を担当したサウンドマネージャー 尾形好宣氏、そして開発初期から本機に携わってきたマランツ・ブランドアンバサダー(前サウンドマネージャー)である澤田龍一氏にお話を伺った。合計2万字超えのロングインタビューを、前編・後編の2回にわたってお伝えしていく。

お話を伺ったマランツ・サウンドマネージャーの尾形好宣氏(左)と、マランツ・ブランドアンバサダーの澤田龍一氏(右)。写真中央が今回のテーマとなった旗艦プレーヤー「SA-10」だ

汎用DACチップの選択肢は今、極端に限られている

ーー 最初に、なぜこのタイミングで、旗艦SACDプレーヤーで「ディスクリートDAC」を実現させるに至ったのかについて伺いたいと思います。ハイレゾ再生の台頭などもあり、コンポーネントとしてのD/Aコンバーターの重要性が高まったことはもちろんですが、汎用DACの選択肢の少なさなど様々な要因があるかと思います。

尾形氏 オーディオ全盛の80年代や90年代には様々なメーカーが汎用DACチップを手がけていました。1ビットDACだけでなくマルチビットDACもあり、種類も豊富でした。しかし市場の縮小もあって、DACチップの開発自体が少なくなっていき、特に2000年以降は新たにDACチップが開発されることが稀になりました。

最近では、ESS Technologyや旭化成エレクトロニクス(AKM)のDACチップがオーディオ機器で多く採用されていますよね。この2社は新しいDACの開発にも積極的です。しかし、この2社以外では、本当に新しいDACはないという状況がしばらく続いています。

マランツの開発試聴室に設置された「SA-10」。今後は製品開発のためのリファレンスプレーヤーとしての役目も担う

ーー その通りですね。

尾形氏 マランツは長らくシーラス・ロジック製のDACを採用してきましたが、これを変えるにしてもESSとAKM以外の選択肢はない状況です。そうなると判を押したようにどのメーカーも同じようなDACを使うことになり、特徴を打ち出すことは難しくなります。

フィリップスでDAC開発を務めた人物がディスクリートDACを提案

尾形氏 DACで違いを出せないなら、どこで違いを出せばいいのか。様々な議論や検討を行う中で、D&Mヨーロッパに所属するライナー・フィンクという人物が、「ディスクリートDACの開発」を提案してきたのです。

元々、ライナー・フィンクはフィリップスの半導体やDACを設計するグループに在籍していて、有名な「DAC7」など一連のDAC設計に携わった人物でもあります。彼はマランツがフィリップス・グループから離れる前に、マランツに移籍しました。1998年に発売したCD-7で開発されたマランツ・オリジナルのデジタルフィルターも、ほぼ彼が1人で開発を行いました。

彼が「ディスクリートDAC」の提案をしてきたのは5年ほど前です。ただ5年前の時点では、ディスクリートDACがどのようなものになるのか、私たちも掴みきれていない状態でした。結果的に、このディスクリートDACの基礎開発に実際に着手することが決まったのは、今から約3年ほど前です。そこからようやくかたちになったのが、SA-10なのです。

ライナー・フィンク氏

【ライナー・フィンク氏のプロフィール】かつてフィリップスのアプリケーション・ラボに在籍し、DACチップの開発に従事。同社のDAC「SAA7320」「7321」「7322」「7323」「7350」「TDA1547(DAC7に採用)」を担当。1997年にマランツ・ヨーロッパ(当時:マランツ・インターナショナル)に移籍し、現在に至る。55歳。

ーー これまでは、例えば既製のDACチップを使う場合でも周辺回路を独自に工夫するなど、マランツは設計にこだわってきました。既存のデバイスをそのまま使ったほうが当然簡単でしょうが、それでも独自にディスクリートDACを開発するメリットを見いだしたということなのでしょうか。

尾形氏 ライナー・フィンクは、1998年に発売されたハイエンドCDプレーヤー「CD-7」において、デジタルフィルターの独自開発を初めて行いました。その際には、DSPを用いて独自アルゴリズムでデジタルフィルターを構成するという方法を採りましたが、このプロジェクトはライナー・フィンクがほぼ1人で行ったのです。CD-7以降、マランツの上位モデルには、このオリジナル・デジタルフィルターを積極的に採用してきました。

インタビューを行った山之内正氏

ーー ディスクリートDACとなると、デジタルフィルターの独自開発から、さらに大きく踏み込んだものになりますね。

尾形氏 一般的なDACに内蔵されている機能を大別すると「オーバーサンプリング」「デジタルフィルター」「ΔΣ変調」「D/A変換」の4つが挙げられます。デジタルフィルターはそのうちの1つに過ぎません。

デジタルフィルターに関しては、DACの種類によっては内蔵のデジタルフィルターを使わないで独自のものを外付けできるものあります。こういったDACと組み合わせて、マランツはオリジナルのデジタルフィルターの搭載を実現してきたわけです。

ーー しかし、独自のデジタルフィルターだけでなく、本質的にもっと踏み込んだところから、マランツの理想を追求したかったということですね。

尾形氏 先ほど申したように最近のDACチップでは、必ずΔΣ変調が行われて、1bitになるかロービットに変換した後にD/A変換が行われます。汎用チップを使う限りは必ずその部分を他人の手に委ねるかたちになります。それならば自分たちの手で、こうしたデジタル処理も含めた理想のDACを手がけてみたいと考えたのです。

また、ディスクリートDACを独自に開発するのが大変なことであるのは容易に想像できましたが、このチャンレンジによって新しい知識やノウハウが獲得でき、エンジニアを育てることにもつながると考えました。今後の製品開発の基礎にしたい、プレーヤー開発の血肉にしたいという想いもあり、ディスクリートDACの開発がスタートしたのです。

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