【ソフトレビュー】山口ちなみ『ケルン・コンサート』、クラシックとジャズの境界を問う21世紀的事件性
黒崎政男ピアニスト・山口ちなみが生み出した新たな『ケルン・コンサート』。キース・ジャレットによる“即興”による名演を、楽譜化してクラシックピアニストが弾くという前代未聞の試みとして、ジャズとクラシックファンの双方を巻き込んだ問題作として話題となっている。その21世紀的な“事件性”はどこにあるのか、カント哲学者である黒崎政男氏が分析する。
音楽演奏史上のふたつの奇跡 -グレン・グールドとキース・ジャレット
20世紀の鍵盤楽器において、演奏/録音史上特筆すべき二人の人物が存在する。
ひとりは、クラシックの古典、バッハの「ゴールドベルク変奏曲」をノンレガート、超速でまるでロックのようなテイストで弾いたグレン・グールド(1955)。
そして、もうひとりは、無からの創造、という即興演奏において、ジャズとかクラシックとかいったジャンルを超えた奇跡的な音楽を奏でた『ケルン・コンサート』(1975)のキース・ジャレット。
この音楽演奏史上の二つの奇跡的出来事は、したがって、それを永遠に残し続けようとする力学がどうしても働いてしまうことになる。
グールドの場合は、例えば、この55年ゴールドベルクの録音を、Zenph社が、ペダルの踏み込み、鍵盤のタッチの力、各指がどのように動いたかなどすべてをデジタル解析してデジタルファイルを作成し、それによって、現実の自動演奏ピアノでグールドの演奏を永遠に再演奏可能にした。
われわれは<演奏の延長された生命>をたとえば、『グレン・グールド演奏 バッハ - ゴルトベルク変奏曲、BMV 998(Zenph再演奏)』というCDで聴くことができるし、あるいは、世界のさまざまな箇所で自動ピアノが「グールド」を演奏していることになる。
キースの『ケルン・コンサート』のほうはどうだろう。この即興演奏はクラシック的な楽譜に書き落とされた(キース本人が校正を施した楽譜である)。そしてこの楽譜化によって、この演奏は、のちのピアニストたちによって常に反復可能なクラシック音楽となったのである。
今回の山口ちなみの『ケルン・コンサート』は、ジャズの即興演奏をまねているのではなく、楽譜化されたキースを、あたかもモーツァルトを演奏するようにキースを演奏しているのである。
演奏に対するグールドとキースの距離感の違い
ジャズ界のキース・ジャレットとクラシック界のグレン・グールドは、演奏会に対してともに極めて特異な距離感を持っている。
グレン・グールドは、「演奏会という場は観客などさまざまな不純物にまとわりつかれており、そこでは完璧な演奏ができない」とし、1964年、31歳の若さでコンサート活動から完全に引退。編集可能な状況で音楽演奏の完全をめざすスタジオ録音に専念することになる。
他方、キースは、音楽を「その瞬間にしか存在しないもの」として一回性を重んじる。だから、演奏会においてキースは極めて神経質な態度をとり、咳払いや写真撮影に対しては演奏を中断する、観客を叱責する、あるいはそのままステージを降りてしまうなど、音楽界でも伝説的なほど神経質なものだった。
20世紀に録音テクノロジーが登場した状況において、この二人の演奏会に対する態度はまさに正反対のもの、両極端であり、したがって20世紀の音楽演奏史を考えるにおいては、欠くことのできない二人なのである。
ちょっと興味深いのは、両者ともその演奏中にうなり声や奇声を発する点だ。音楽の生成の時点では声という身体的な反応が不可欠なのか、興味深いがこの点はのちの課題として、本題にもどろう。山口ちなみ『ケルン・コンサート』再構築のレコードが意味するものはなにか、である。
即興芸術を再現芸術へ反転させる試み
即興演奏が楽譜化される、というのはいったいどういうことか。クラシック音楽というのは、基本的に<楽譜>をなぞる行為である。
では、クラシックには「即興演奏」というのは存在しないのだろうかというと、まったくそんなことはない。
バッハ作曲 BWV1079「音楽の捧げ物」は、即興演奏が銅板画に楽譜として固定された有名な例である。当時、フリードリヒ大王は、バッハに(半音階的でちょっと奇妙な)主題を提示した。その場で即興でバッハは三声のリチェルカーレを演奏し、のちに完成して印刷して大王に献呈したのである。「一過性の驚異(即興)」を「永遠の真理(楽譜)」へと固定化した、と表現することもできる。
つまり、キースの『ケルン・コンサート』を楽譜通りに再現する試みは、ジャズという「即興の芸術」をクラシックの「再現芸術」へと反転させる行為なのである。
楽譜となったキースを、信頼を持って演奏する
キースの「オリジナル」と山口ちなみの「再構築」を聴き比べると、とても面白い差に気づかされる。オリジナルでは、一瞬一瞬が創作であり、途轍もない緊張感に満ちている。次にどうなるかわからない、何が降りてくるのか、どんなメロディを指が紡ぎ出すのか、迷っている、動き出す、停滞する……そんな様子が克明に音に現れている。創造の苦しみと喜びが、「オリジナル」からはいやがおうにもあふれ出てくる。
他方、山口ちなみの「再構築」では、次に弾かれる音がちゃんとあらかじめ確定している。その安心感、タッチの安定感と安堵感。さきほども書いたが、モーツァルトを演奏するように、楽譜となったキースを信頼をもって演奏しているのである。それは安心して<キースの神髄>を聴く行為となってもいるのである。
いずれにしても、この山口ちなみの再構築『ケルン・コンサート』は、ジャズとかクラシックとは何か、即興と楽譜化、オリジナルとコピー&シミュレーションなどの問題群を深々と考えさせるきわめて面白い問題作である。
山口ちなみのアルバムとしては、キング関口台スタジオにて収録された『ケルン・コンサート』(CD発売中/LPは3月25日初ば)に加えて、西麻布の霞町音楽堂にてライブ収録された『ケルン・コンサート Live at Kasumicho Ongakudo』(CD・3月25日発売)も登場する。
さらに、4月3日発売の『季刊・アナログ誌』では「ケルン・コンサート特集」が組まれている。この作品についての討論会も載っているので、興味ある方はそちらもご覧いただきたい。
山口ちなみ 『ケルン・コンサート』詳細
【収録内容】
1.Köln, January 24, 1975 Part I
2.Köln, January 24, 1975 Part IIa
3.Köln, January 24, 1975 Part IIb
4.Köln, January 24, 1975 Part IIc
【録音】
2025年9月 キング関口台スタジオ
【品番】
寺島レコード
CD:TYR-1135(3,300円/発売中)
LP:TYLP1135(11,000円/3月25日発売)
山口ちなみ『ケルン・コンサート Live at Kasumicho Ongakudo』詳細
【収録内容】
1.Köln, January 24, 1975 Part I
2.Köln, January 24, 1975 Part IIa
3.Köln, January 24, 1975 Part IIb
4.Köln, January 24, 1975 Part IIc
【録音】
2025年12月11日 霞町音楽堂
【品番】
寺島レコード
CD:TYR1136(3,300円/3月25日発売)
| 黒崎政男 プロフィール | |
| 1954年、仙台市生まれ。東京大学文学部哲学科卒業。 | |