メイド・イン・ジャパンの誇り高きトーンアーム。機能美を徹底追求するグランツの工房を訪ねる
棚にズラリと並んだトーンアーム。虚飾を排したデザインは機能美という言葉が相応しい。陽の光を浴び、ステンレスのパイプがキラリと光る。それは、いかなる宝飾品より美しいと想わせた。その名はGLANZ(グランツ)。世界に名だたるトーンアームブランドだ。
「いつかはグランツ」と想う日々
その昔、不肖がアナログプレーヤーを初めて購入しようとオーディオの師匠に相談した時のこと。◯◯のターンテーブルと××のターンテーブル、どっちがよいだろうと楽しい悩みを抱いていた時、次の事を言われた。
「最初に、使う針(フォノカートリッジ)を選べ。次にトーンアーム。ターンテーブルは最後だ」と。針はわかる。だが、なぜトーンアームが2番目なのか、その時は全くピンと来なかった。
それから暫く経った2010年頃、某オーディオ雑誌の編集部に所属し、新製品コーナーを担当していた不肖の手元に、取材用としてグランツのアームが届いた。未だ新生グランツが立ち上がったばかりの頃で、そもそもグランツとは何だ? という状態だった。
箱の中にはロングアーム仕様のMH-124Sがあり、取り出そうとした際にズシリという形容がピッタリの重さに驚いたことを覚えている。「LINNのLP12のようなフローティングタイプのターンテーブルでは使えないだろう」と思うと共に、前出の師匠の言葉が頭をよぎった。なるほど、アームによって使えないターンテーブルはあるな、と。
当時聴いたグランツの音は16年経った今も耳に残っている。逞しくて鮮烈。大樹のような安定感。見通しのよい音景色。ふわりとした音像でリラックスして……とは対極にある、聴き手と対峙する音楽表現……。ただただ唖然とした。その驚きと共に今まで何を聴いていたのかという怖さも覚えた。
「針の次にトーンアームを選べ」の真の意味は、カートリッジの実力を引き出すには、良いトーンアームが必要であることだと理解した。
以来、寝ても覚めても「いつかはグランツ」と想う日々が続いた。師匠の言葉は頭から消え去り、不肖の中でアナログプレーヤーは「まずはグランツ、次にカートリッジ、最後にターンテーブル」と書き換えられた。
だが、使いたいカートリッジもターンテーブルも思い浮かばない。何よりグランツのアームは高価だ。結局グランツを手に入れることなく、気づけば16年の月日が流れた。
長らく恋焦がれたグランツの本拠地へ
今回、編集部から「グランツに行かないか?」との誘いを受けた時、当時の興奮と感動が蘇った。それは長らく恋焦がれた人に逢うのと似た気持ち。はやる気持ちを抑えながら、グランツが拠を構える沼津の地を目指して車を走らせた。
沼津ICで東名高速に別れをつげ、大通りから少し入った路地の先に「ハマダ電気」と書かれた看板が見えた。入口にはニッパーとポンパ君のスタチューが置かれ、そこは街の電気屋という形容が相応しい。この場所が世界的トーンアームブランドの本拠地であると、誰が思うだろうか。不肖も何かの間違えではないか、と目とナビを疑った。
恐る恐る店内に入ると、主宰の濱田政孝氏が出迎えてくれた。一度だけ電話で業務的な会話をしたことはあったが、お会いするのは初めて。今年喜寿を迎えられたとのことだが、肌艶はよくお元気そうだ。失礼を承知で申し上げるなら、笑顔が愛らしい方だと思った。
グランツ誕生の経緯とは?
まずは濱田氏の経歴から伺った。沼津生まれの濱田氏は、子供の頃からラジオの制作や、通信機の修理を手掛けるなど、電気への関心が高かったという。大学に入る頃には、楽器店でハモンドオルガンなど電子楽器の修理だけでなく、箱根にある羽田空港の無線中継局(リピーター)の修理・メンテナンスを行っていたとのこと。
またHonda初の本格的量産車であるN360を手に入れ、ジムカーナに興じエンジンなどもカスタマイズ。こうして機械工作の知識も得ていったそうだ。
そして昭和47年(1972年)、様々なメーカーにフォノカートリッジなどをOEM供給するミタチ音響に入社。濱田氏はビクター向けのフォノカートリッジを開発したという。玄関にニッパー君がいたのは、その名残りなのだろう。
昭和55年に退社。同年、ハマダ電気を立ち上げポンパ君(日立)をはじめ、様々な家電の修理を生業としていった。またビクターの特機事業も行うようになり、パチンコ店などのほか、なんと2002年に日本と韓国で開催されたFIFAワールドカップにも携わったというから驚いた。
電気と機械加工の知識を有し、フォノカートリッジの設計者として活躍した濱田氏。そんな彼がトーンアーム作成に至る転機は、壊れたオルトフォンSPUとの出会いにあったという。
「修理して使おうとしたけれど、全然音がよくない。原因を探ったらトーンアームに行きついたんです。そこでトーンアームを作ることにしました」
トーンアーム自体はミタチ音響時代に手掛けたことがあり、自宅には旋盤があった。だから作ることはできる。でも普通は作らないだろう。濱田氏の技術的探究心は相当なもの。生まれながらのエンジニア気質である。
こうして試作を重ねていた平成15年(2003年)、古巣であるミタチ音響が解散。同社のオリジナルブランドであったGLANZを濱田氏が引き継ぎ、平成20年に再出発。そして平成22年(2010年)にMH-124S、MH-104Sを世に送り出した。その後、ラインアップを増やして現在に至る。
「機械振動ロスの排除」を狙うトーンアーム
グランツの技術的特徴は「機械振動ロスの排除」とシンプルにして明快だ。濱田氏によると、カンチレバーで発生した機械振動がトーンアームにまで伝搬すると、音の立ち上がりが悪くなるほか、高調波歪みなどが発生するという。
これを解決するには「剛性と質量」が重要で、アームパイプを始め各所にステンレス材を採用。トーンアームの要である軸受け部は、高精度のベアリングを用いて共振やブレを防いでいる。ワンポイントやナイフエッジでは濱田氏の求める強度が得られないのだ。
機械振動低減のため、アームパイプの内部はカーボン繊維や高級ポリ繊維を用いた共振対策がなされている。その組み立てにはかなりの時間がかかるそうで、最上位のMH-12 KATANAIIに至っては1週間に1本できればよい、という塩梅だ。
さらに組み上がったからといって、すぐに出荷はしない。全てのトーンアームはエージングをするというのだ。「そうでないと、音が安定しないんですよ」という。
トーンアームの組み立ては、ほぼ濱田氏独りで行っている上に、エージングだ何だと時間がかかることから、生産数は限られてしまう。だが常に製品ストックは用意しており、それほど待たずにエンドユーザーに届けられるよう心がけているとのこと。
「そこは元メーカーにいましたからね。今は工房(ガレージメーカー)と量販メーカーのよいところが合わさった体制だと思います」と優しい笑顔で語る。
グランツのラインアップは大きく3シリーズに分けられ5製品用意するが、その全てユニバーサルアームである。
ヘッドシェル一体型の方が音質的に有利だろうが、それではSPUなどが利用できない。そして「トーンアームは未だ◯◯向けという考えが残っています。そのようなことはありません。その考えはもう古いんです」と濱田氏は真剣な眼差しで語る。
シュアー「V15シリーズ」などに代表されるローマス/ハイコンプライアンスのフォノカートリッジから、針圧5gをかけるSPUなどにまで幅広く対応すると自信をみせる。
トーンアーム5機種に共通するのが、虚飾を排したミニマリストであるという点である。その姿は徹底的に贅肉を削ぎ落した長距離ランナーのよう。
その思想はヘッドシェルの形にも表れている。ステンレス材を削り出し、天面に制振材が貼られたそれは最初「なんだこれは」と想うことだろう。だが実際に取り付け作業をすると、これが簡単かつラク。オーバーハング調整もグランツのトーンアームを使う場合は、針先をヘッドシェルの先端位置に合わせるだけだ。
「よく考えつきましたね」と感心すると、50年以上前に既にこの形を思いついていたと、当時の試作品を持ち出した。濱田氏はトーンアーム同様、本当にブレない人だ。
Bタイプは同社のエントリーにあたるモデルで9インチと10インチを2種類。Btタイプは、その名の通りBタイプのハイグレードモデルで、アームパイプ内の吸音材やウェイトが異なる。
これらのモデルはテクニクス「SL-1000R」やラックスマン「PD-191A」など、既にトーンアームが取り付けられた状態で販売しているモデルのリプレイスに向いているだろう。価格も現実的で「最初にBタイプから試して欲しい」と濱田氏はいう。
2010年に誕生したオリジナルモデルの系譜を受け継ぐのがSタイプだ。このグレードから12インチモデルが登場する。インサイドフォースキャンセラーの形状がBタイプとは異なり、セッティングには繊細な調整技術が求められる。価格はアーム長に関わらず99万円。
濱田氏によると、「Bタイプを基準とすると、Btタイプは柔らかめ、Sタイプはスッキリとした音の傾向」とのことだ。ちなみに有効長はグランツ全体で統一されているが。取り付けの穴径はB/Btが24mm、Sより上位が30mmと異なる。これはキャビネット寸法によるところがあるそうだ。
プレミアムクラスは、見た目こそSタイプに酷似しているが、造りはまるで別物になる。
「MH-12 SUS」は昨年リニューアルした新製品で、10インチと12インチの2種類を用意。タングステン棒をゴムで封入したウェイト、それを5重のダンパー材を用いて制振するなど、徹底的にコダワリぬいている。価格も税込275万円と驚きを超えて呆れるが、現物を見て話を伺うと「仕方ないのか……」と思ってしまうのは、不肖が信者だからか?
そして最上位に位置するのが「MH-12 KATANAII」である。窒化したアームパイプの中にはMH-12 SUSとは比較にならぬほどのカーボン繊維が詰められているという。このカーボン繊維を詰めるのがかなり大変で、成功率はかなり低いようだ。そもそもステンレスパイプの窒化そのものもバラツキが大きいそうだ。
当然、コダワリはこれだけに留まらない。それゆえ価格は税込440万円と、信者でも言葉を失う。名刀ゆえの仕方なさか。この名刀が創られる場所、いわゆる生産工程を拝見したかったが、それは残念ながら企業秘密ということで覗くことは敵わなかった。
今もなお湯水の如くアイデアが浮かぶそうで、モデルによってはヴァージョンアップサービスも行っている。もちろん新製品にも意欲的だ。
では、どのように開発をしているのか。答えは簡単「聴けばわかる」という。つまり試作を作り試聴。そして再び試作を造り……を繰り返す。計測をして云々ではない。技術屋でありながら、感覚を信じたモノづくりをしているのだ。
ウエストレイクのスピーカーを配した試聴環境
試聴環境は一般の方でも予約すれば体験できる。というより店舗に入ったその場所が試聴室を兼ねている。
白木のスピーカーは、自作かと思いきや、ウエストレイク・オーディオの初期モデル。38cmウーファーがダブルで奢られたそれは、某有名スタジオで過去に使われていたものだという。
「このスピーカーでないと低音はワカラナイ」と濱田氏はいう。これをマッキントッシュのパワーアンプでマルチアンプ駆動する。チャンネルデバイダーはアムクロン製だ。
プリアンプは、これまた録音スタジオのコンソール卓から抜き取ったというフェーダー。トーンアーム同様、シンプル・イズ・ベストの思想がココにも息づいている。
フォノイコライザーは、「音のよさに驚いて。奮発して買ってしまった」というパス・ラボラトリーズの「Xs-Phono」。電源部と増幅部を独立筐体とした、パスのリファレンス機である。
ターンテーブルはトランスローター。そして取り付けられているトーンアームはグランツの最上位モデルであるMH-12 KATANAII。フォノカートリッジは、その昔濱田氏が手掛けたものが取り付けられていた。
色々なレコードを聴かせて頂いた。ウエストレイクのダブルウーファー、KATANAIIという名刀、何よりグランツであることから、聴く前は「滅多斬りされるのでは」と相応な覚悟をした。だがどうだろう。音が出た瞬間、極彩色の音楽が優しく部屋を包み込むではないか。
もちろん、ソファの背もたれに体を預けて……という音ではない。音楽と向き合う傾向に変わりはないが、不思議と心地よいのだ。音を楽しむと書いて音楽と読むが、針を盤面に降ろしている間、スピーカーは歌い、心地よい空気が流れ、音楽の時間が続く。この当たり前がどれだけ大変なことかは、オーディオファイルなら誰もが識るところだ。
聴いた音の魅力がトーンアームに依るものなのかはワカラナイ。だが濱田氏の想い描く音世界であると理解できた。予約をすれば誰もが、この音を体験できる。尋ねて拝聴する価値アリだ。
「買わされると思うのか、誰も来てくれないんだよね」と濱田氏は笑う。 濱田氏との技術談義、音楽談義も愉しめる。読者諸兄には、それらも含めてグランツを体験して欲しいと願う。

