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連載:世界のオーディオブランドを知る(5)音響科学と品質を追求し続ける「KEF」の歴史を紐解く

公開日 2025/04/16 06:30 大橋伸太郎
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新素材との出会いが究極の同軸ユニット「Uni-Q」を生む

1988年、KEFは画期的なイノベーション、ポイントソース・ドライバー・アレイ「Uni-Q」を完成する。Uni-Qはドライバー間の一貫性という難問についてのKEFのアプローチである。

ステレオが登場して以来、ほとんどの再生システムがスウィートスポットの存在に悩まされてきた。最適なパフォーマンスを得るためのリスニングポジションは一つだけを意味する。

KEFの代名詞といえる「Uni-Qドライバー」

KEFは聴こえ方に一貫性があり、どの環境にも親和性が高く、音の広がりによって複数の聴き手を同時に楽しませるスピーカーを開発したいと考えていた。Uni-Qポイントソース・ドライバー・アレイは音響の明瞭さと軸外分散をテーマに開発され、1988年の「C35」「C55」「C75」「C95」に初搭載された。

ほとんどのスピーカーはミッドレンジと高域用ドライバーが上部に別々に取付けられている。つまり楽音は2つの異なる地点から発生する。Uni-Qはミッドレンジと高音ユニットを正確に同じ個所に配置している。同軸ユニット自体は新しいものではない。低域ユニットの音響センターの前あるいは後ろにトゥイーターを取付けたさまざまな同軸が過去存在するが、いずれも重大な欠点があった。

Uni-Qの成功の鍵は、ミッドレンジユニットのボイスコイルの直径に収まるほど超小型高感度の高域ユニットを開発したことにある。これには、フェライト磁石の10倍の磁力を持つネオジウム(正確にはネオジウム鉄ホウ素素材)を得たことが大きい。高感度高域ユニットの完成で中低域と高域の音響出力をあらゆる方向へ時間調整することができるようになり、1つの軸上だけでなくすべての方向でユニット間の統合を実現することができた。

Uni-Qのもうひとつの利点は、低域用ユニットと高域用ユニットが分離されている時に発生する垂直干渉パターンがないことである。通常の2ウェイ、3ウェイシステムではユニット間につねに間隔があり、置き方が垂直にせよ水平にせよ、残響エネルギーが引き起こす歪みという点で聴き手は一定の妥協を強いられていた。

Uni-Qは “Cシリーズ” から搭載が始まり、第2世代がモニターグレードの「105/3」に採用され、声価を決定づける。以来、KEFに欠かせない技術アイコンとなり、2025年の現在は第12世代のヴァージョン違いがKEFの対象機種に搭載されている。

シンボリックな「MUON」を開発。21世紀のベストセラー「LS50」も登場

2007年11月、英国大使館公邸で華やかなレセプションが催された。駐日英国大使グレアム・フライ氏の臨席のほか、KEFの開発のリーダー、アンドリュー・ワトソン博士、そしてイギリスの工業デザイナー、ロス・ラブグローブが来日し登壇した。

会場の中央には高さ2メートルの輝く物体がそそり立っていた。約6年を費やして完成したKEFのシンボリックなスピーカー「MUON」が公開されたのである。MUONの名はミュー素粒子に由来する。世界100ペアの限定生産。筆者は当時KEF JAPANの計らいで、東京六本木のホテルでラブグローブに取材する機会を得た。

「MUON」

MUONの第1の特徴は、スーパーフォームド・アルミニウムで造型したエンクロージャーにある。熱したアルミニウムをモールドの鋳型に落とし込み、真空成形させることで複雑な曲面を持つ立体が出現する。全面が鏡面仕上げ、置かれた部屋の情景を全身に映し出すことで、環境に溶け込み姿を消してしまうインビジブルスピーカーである。

堂々たる偉容に「マッチョな男性」を連想した筆者だが、ラブグローブによるとインスピレーションの源泉は「女性のカラダ」なのだという。MUONは2007年の発表時、当時の邦貨にして価格2000万円(ペア)した。

ラブグローブはアストンマーティンの数千万円するスーパーカーが最初の数年で大きく値落ちする事実を例に挙げ、MUONの財貨性の高さを私たちに熱心に語っていた。MUONは彼にとってアート作品なのである。いずれにせよ、モニタースピーカーを地道に開発し続けたKEFは、MUONでスーパーハイエンドの領域に足を踏み入れたのである。

イメージシンボルMUONから遅れること4年、フラグシップの真打ちが2011年に登場する、そう「BLADE」である(コンセプトモデル発表は2009年)。実はBLADEのプロジェクトはMUONと同時期にスタートした。MUONは採算度外視のシンボリックな製品だが、いっぽうのBLADEはリファレンスシリーズとMUONの広大なギャップの真ん中に位置しフラグシップの大役を担う。

BLADEは、KEFの理念である点音源を突き詰めたスピーカーである。前面は中高域を担当するUni-Qドライバー1発だけ。指向性の強い中高域ユニットを前面に、指向性の少ないバスドライバーをエンクロージャー左右に配置して全方向、部屋中に360°音が拡散する狙いだ。

「BLADE」

 その後のKEFの定石となるシングルアピアレントソース・テクノロジーの嚆矢である。当初はオースティン用のUni-Qを流用する予定だったが、BLADEの開発チームは狭幅バッフルの中央に埋め込む小型で高効率のUni-Qが必要と気付き、25mmチタンドームトゥイーター+液晶ポリマー製の進化形Uni-Qユニットを完成させた。

 

もうひとつがフォースキャンセリング。バスドライバーを対向配置してお互いの余分な振動を相殺させる。フォースキャンセリングの最大の利点は、振動を殺してしまうので内部の補強を最小限に抑えることができ、シンプルでクリーンな構造のエンクロージャーになることだ。

フォースキャンセリングはBLADEで初めて使われたが、のちにコンパクトサブウーファー「KC62」に応用される。MUONのエンクロージャーはフォームド・アルミだったが、BLADEではレーシングカーのモノコックを製作するプロドライブ社の協力で音響製品用カーボンファイバーを開発、回析現象を回避するユニークな狭幅のエンクロージャーを完成することができた。

そしてこの時期、KEFにとってターニングポイントとなる重要な製品が登場する。コンパクトブックシェルフスピーカー「LS50」である。KEF創業50周年を記念し、LS3/5Aのコンセプトを現代流に表現したスピーカーだが、Uni-Q 1発をコンパクトなエンクロージャーに収めた明快なコンセプトが全世界で受け入れられ、ベストセラーとなった。

「LS50」

2011年に発売されたLS50は、1年間に日本だけで大ヒットといえる売り上げを記録した。モバイルとヘッドホン全盛の時代に驚くべきことである。

リスニング環境の変化に対応し、Wi-Fiレシーバーを搭載したアクティブ型スピーカー「LS50 Wireless」を2016年に追加、2020年には音響迷路の一種メタマテリアル・アブソープション・テクノロジーを搭載した第2世代の「LS50 Meta」に発展した。

LSは「Loud Speaker」の略で、かつては玄人好みの印象のあったKEFだが、LS以後、ワイヤレス機能を搭載したリビングオーディオ「LS50 Wireless」「LS60 Wireless」でポピュラリティを獲得、KEFはもはやオーディオ通だけのものではない。

現在のKEFはIT用途やカスタムインスタレーション、モービルまで幅広いが、ハイファイスピーカーはスーパーハイエンドの「MUON」を頂上に、「Blade」「The Reference」そして “R/Q/Tシリーズ” で構成される。平行して “LSシリーズ” がボリュームゾーンを支え盤石の体制である。

 

「The Reference 5 Meta」

創業以来のKEFのミッションは音響科学と品質の追求にある。Uni-Qユニットはじめ、内製率の高さにそれが端的に現れているが、KEFは物理特性を盲信する合理一辺倒のスピーカーではない。音楽という生き物をいかに大切に聴き手に届けるかが創業者レイモンド・クック以来の変わらない使命なのである。

KEFはこれからも、音楽への素朴な愛をテクノロジーで表現し続けることだろう。

 

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