HOME > レビュー > 【レビュー】SHURE「SE846」を聴く ー イヤホンリスニングに革新をもたらすサウンド

待望のフラグシップを徹底レビュー

【レビュー】SHURE「SE846」を聴く ー イヤホンリスニングに革新をもたらすサウンド

公開日 2013/05/21 10:30 渡辺憲二
  • Twitter
  • FaceBook
  • LINE

■SE846のサウンドを聴く

今回SE846のサウンドを試聴するにあたって、ハイレゾ音源はiBasso Audioのポータブルオーディオプレーヤー「HDP-R10」を使用。ノラ・ジョーンズのアルバム「Come Away with Me」(192kHz/24bit)からは『The Nearness of You』、ビル・エヴァンス・トリオのアルバム「Waltz for Debby」(192kHz/24bit)からは『Milestone』をそれぞれ聴いた。ノズルインサートの交換については、ビル・エヴァンスの楽曲をリファレンスとして、3種類の違いを確認した。

一般的な使用環境を想定して、iPod touchによるリスニングも行った。リファレンスの楽曲はいずれもALAC形式で用意。マイケル・ジャクソンのアルバム「This Is It」から『Wanna Be Startin' Somethin'』と、「ラフマニノフ 2台のピアノのための作品集」(マルタ・アルゲリッチ/アレクサンドル・ラビノヴィチ)から『組曲第2番 作品17 第4楽章/タランテッラ』を聴いた。

なお参考としてSE535のサウンドも確認しながらリスニングを行っている。

ハイレゾ対応ポータブルプレーヤーiBasso Audio「HDP-R10」を使用した

SE535のサウンドを参考までに比較した


はじめにノラ・ジョーンズから、ボーカルとピアノの2ピースによる楽曲『The Nearness of You』を試聴した。ボーカルのブレスやタンギング、声の繊細なビブラートまで細やかな表情を逃さず再現。SE535で聴くサウンドの解像感の高さも相当なものなのだが、SE846では声の輝かしさが一段とアップする。まるでノラ・ジョーンズが微笑みを浮かべながら目の前で歌ってくれているかのような、リアリティと親密さを帯びた官能的なサウンドだ。

ピアノの演奏もダイナミックレンジがとても広く、S/N感は非常に良い。指使いの細かなタッチまで、情景がクリアに目の前に広がる。低域のサウンドは音像がしっかりと明快で芯が太く、かといって固くなりすぎることもなく、飽くまで濃厚かつ力強い。

続いてビル・エヴァンス・トリオの『Milestone』を聴く。最初に「バランス」のノズルインサートから試した。ピアノの演奏が静かに始まり、ウッドベースのどっしりとした彫りの深い低域がオーバーラップしてくる。そこに絹糸のように繊細なハイハットの音色がパウダー状に降り積もっていくような、演奏序盤のクールな情景がリアルに再現される。演奏は徐々に熱気を帯びはじめる。ビル・エヴァンスの硬質なタッチのピアノは、他のイヤホンで聴くよりも、SE846で聴くと不思議にいつもよりも体温が高く感じられた。楽器間のセパレーションが絶妙な間合いを保ちながら演奏はクライマックスへと進行していく。“ソロ回し”では各プレーヤーのテクニックが細部まで緻密に再現されるだけでなく、オーディエンスを演奏へと引き込もうとするグルーブ感までが伝わってくる。ライブレコーディングならではの魅力を存分に味わうことができた。

改めてイヤホンをSE535に付け替えて聴いてみると、中低域の音がややあっさりとしたものに聴こえ、ハイハットの細かな粒子に少しモヤがかかったようにすら感じられる。SE846と比べてしまうと、ピアノの高域の伸びも、もっと行けるはずだ、と欲が出てしまう。ベースは輪郭の明瞭度は拮抗しているが、体全体で演奏するようなスコット・ラファロの気迫溢れる演奏が十分に引き出されていないように感じられてしまう。

ノズルインサートを「ブライト」に変更して聴いてみる。ピアノやドラムスなど、高域の煌びやかさや伸びやかさがアップした印象。硬質でクールなピアノのタッチがさらにクリスタル感を増して、演奏全体がゴージャスに華やぐ。ベースの音はややクールに味わいを変えたが、あっさりとしすぎることはない。元々備えている解像感やクリアネスの素性が際立ち、BAドライバーのイヤホンらしさが最も引き立つノズルインサートだと感じた。筆者の好みとしては、長時間のリスニングを楽しむ際にはバランスを選びたいと感じた。

変わって「ウォーム」のノズルインサートを使用。今度は中域の感度やスピード感を保ったまま、ベースの量感が一段と増すような印象。演奏全体の重心が下がり、安定感がさらに高まる。試しにウォームを装着したままでニルヴァーナのアルバム「Nevermind(Remastered)」(96kHz/24bit)から『Breed』も試聴してみた。パワー溢れるサウンドが体の芯から満ちてくるような不思議な充実感がたまらない。ソースにもよるだろうが、ロックを聴く際の相性が良さそうだ。

ノズルインサートを「バランス」に戻し、プレーヤーをiPod touchに変えて「ラフマニノフ」を試聴。2台のピアノによるワイドレンジな演奏を、低域から高域まで一音も妥協することなく捕まえるダイナミックレンジの広さは圧巻。明瞭感が非常に高く、ボリュームを下げていっても音の輪郭が失われることがない。各帯域の音のつながりも抜群。ひとつの歌声のように滑らかで情熱的なピアノの演奏を楽しめた。

最後にマイケル・ジャクソンの『Wanna Be Startin' Somethin'』を聴く。数多くの楽器が鳴り、演奏パターンがめまぐるしく変化する楽曲だが、冒頭のシンセの和音が耳に飛び込んできた瞬間から、その鮮やかな彩りに心を奪われ、演奏の世界に引き込まれる。ブラスの音色はまぶしく輝き、バックコーラスが重なり合うレイヤーの表現も透明感が豊かで味わい深い。ベースの音色には生き生きとした弾力があり鮮度が非常に高い。メインボーカルも有り余るエネルギーを敢えて抑えながら、序盤のスコアを楽しんでいるかのようだ。

演奏の中盤から終盤にかけて、メインボーカルとバックコーラスの掛け合いにドキドキさせられる。ギターソロのスピーディーな旋律も加わり、エンターテインメントが最高潮に到達する。アーティストたちによる生命感、躍動感に溢れる演奏をありのまま体験したような充実感を得ることができた。


今回はサンプル機による短期間での試聴となったが、SE846の実力が抜きん出ていることは明らかだ。例えるなら、これまでのヘッドホン・イヤホンのサウンドが写真や絵画に描かれている動物であるとしたら、SE846のサウンドは本物の動物が目の前に飛び出してきたような、別次元のリアリティを感じる。もちろん、そのサウンドパフォーマンスはエージングを重ねていくことで一層華開くはず。オーナーをとことん満足させてくれることは間違いない。

12万円という売価から、カスタムIEMを買った方が良いという意見も多いようだが、ローパスフィルターなど本機にしかない魅力があることも事実だ。興味を持った方は、ぜひその音を試してみて欲しい。

前へ 1 2 3

この記事をシェアする

  • Twitter
  • FaceBook
  • LINE