話題のソフトを“Wooo”で観る − 第3回『ダ・ヴィンチ・コード』

2006年11月27日

DVD『ダ・ヴィンチ・コード デラックス・コレクターズ・エディション』
この連載「話題のソフトを“Wooo”で観る」では、AV評論家・大橋伸太郎氏が旬のソフトの見どころや内容をご紹介するとともに、“Wooo”薄型テレビで視聴した際の映像調整のコツなどについてもお伝えします。DVDソフトに限らず、放送や次世代光ディスクなど、様々なコンテンツをご紹介していく予定です。第3回はDVDソフト『ダ・ヴィンチ・コード』をお届けします。

以前通っていた鎌倉駅前のスポーツクラブの会員に上品なフランス人熟年女性がいて、ある日、この人がエアロバイクを漕ぎながら真剣な面持ちでハードカバーの本に読み耽っていた。その表紙には“Da Vinci code”とあった。本の分厚さからレオナルド・ダ・ヴィンチの研究書かなと思ったが、覗いてみるとどうやら小説本らしい。それが欧米で大ベストセラーとなっている長編ミステリーであることを程なくして知った。数週間が経ち、ある夕帰宅すると「お帰りなさい。お夕飯、しばらく待っていて頂戴」。家内がソファに寝転びモナ・リザの表紙の邦訳本を読んでいた…。

かくも短期間に全世界を席巻したという点で『ダ・ヴィンチ・コード』は空前絶後の小説ではないだろうか。成功の背景についてはさまざまな考え方ができる。第二次大戦後間もなく発見された死海文書に代表される新発見史料の分析が進み、初期キリスト教の成立についての新しい論議がいま活発化している。冷戦終結後の新しいパラダイムとして文明対立の構図が生まれ、欧米社会の文化の骨組みをなすキリスト教文明とは何かが、今あらためて問い直されている。

そうした時代状況はあるにしろ、小説『ダ・ヴィンチ・コード』を、日本の津々浦々にまで押し込んだ直接の理由はもっとシンプルだろう。それは、血なまぐさかったり過度に技巧的であったりする最近のミステリーから打って変わって、力強く行動的なアクションノベルであり、ルーヴルを始めとして私たちが親しんでいる名所が別の顔を現してくる意外性、神秘性であり、キリスト教の裏面史や図像学が衒学的でなく、雑学(失礼)としてストーリーに縫いこまれた小説としての知的なルックである。濃厚な濡れ場はなく、マジメ一徹な大学教授と楚々とした日陰のプリンセスが心を淡く触れ合わせるだけというのがまたニクイではないか。大衆小説に望まれるものがすべてここにあって、時代がそれに加勢したのである。

映画化された『ダ・ヴィンチ・コード』

これだけの成功作を映画化しようとすると当然困難は避けられない。結論からいうと、映画版『ダ・ヴィンチ・コード』は立派な出来栄えだと思う。『ビューティフル・マインド』でアカデミー賞を獲ったべテラン監督ロン・ハワードの手腕があったればこそスタイリッシュで淀みのない映画が出来たのである。原作を夢中になって読んだ人たちは口を揃えていう。無難に原作の筋をなぞっただけ、キャストに魅力がないと…。『ダ・ヴィンチ・コード』を映画にする上で最大の難点は、小説の面白さが失われた歴史と名画の謎の複合にある一方、プロット(筋立て)が現代に限定されていることである。

パリとロンドンの名所から名所へ、スーパーヒーローでない男女が二日間謎解きの逃避行を続ける展開はどうというものではない。つまり、言葉を映像に移し変えるにあたって凄いビジュアルを出してくる余地が初めから無い(十字軍のエルサレム制圧やテンプル騎士団のローマ凱旋シーンなどは映像で挿入されているが)。ストーリーの動線の部分が2時間強の映画になるのだから、原作に熱狂した読者から「内容が薄い」と不満が出るのは致し方がない。もし、筆者が原作を自由に映像製作できる立場にあったら、148分の劇場公開用映画へとコンサイス化するのでなく、事件の運びはもっとスローペースにして、原作中の失われた歴史や隠された事実、謎をきめ細かくクローズアップする教養志向の全七夜連続のテレフューチャーにする。本作で製作総指揮を務めた原作者ダン・ブラウン氏はなかなかのビジネスマンのようだから、今頃そんな企画がスタートしているかもしれない。

トム・ハンクスとオドレイ・トトゥーのキャスティングにもブーイングは多かった。確かにDVD特典映像のオドレイはとても素敵なのに、ソフィーに扮した本編の彼女はそれほどでない。オドレイという人の魅力は、パリの空のように移ろいやすいはっとさせられる意外性に満ちた表情の魅力であり、はにかんだ笑顔の女性的なふくらみである。威風辺りを払うノーブル美人ではない。『ダ・ヴィンチ・コード』のソフィー役は表情に終始緊張を強いられアクションも多い。オドレイの繊細な持ち味が出せなかった感は確かにある。

さて、期待が大きすぎた原作読者も、ここは一度冷静になってDVD版『ダ・ヴィンチ・コード』を改めてじっくりと見てほしい。いかに優れた映像化であるかが随所から伝わってくるはずだ。ソフィーが守護者たちに迎えられるシーンは感動的で映像ならではのマジックがある。一方、原作を読んでいない方には失望がないどころか、見ごたえ豊かな久しぶりのサスペンスの大作だ。ただし、急テンポの展開に戸惑うことがあるかもしれない。また、随所で映像に現れる謎の文字や記号をゆめゆめ見逃さないこと。そのためには、コントラストや解像力に優れた大画面テレビで見ることが必要だ。監督のロン・ハワードは「映画の中に幾重にもコード(記号)を詰め込んだ」と語っている。DVDでレオナルドが、殺害されたソニエール館長が遺した手がかりへ迫るなら、あなたのよき助手とはよきディスプレイ、たとえば日立のプラズマテレビW42P-HR9000(製品データベース)である。

Woooで見たときの画質調整のポイント、画質調整したあとの変化


「W42P-HR9000」
DVD版『ダ・ヴィンチ・コード』は特典映像をディスク2に収録した2枚組みエディションが発売されていて、映画化にあたってさりげなく織り込まれた謎解きの手がかりに感心した(でも、筆者は一つしか気付かなかった)。買える(借りる)ならこちらをお勧めする。だから、『ダ・ヴィンチ・コード』を見る楽しさはディスプレイの画面の大きさと鮮明さ、階調表現力にそのまま比例するといっていい。W42P-HR9000ならそれが倍加するというものだ。

『ダ・ヴィンチ・コード』はルーヴル美術館が閉館した後に館長が殺害される事件が発生し、事件が解決、ラングドン教授が再びルーヴルを訪れるまでの1日半の物語である。前半は夜の暗いシーンが続く。今回はW42P-HR9000と日立のHDD/DVDレコーダーDV-DH1000Dのコンビであえて昼間に視聴した。場所は筆者宅の遮光ができない2階仕事場でディスプレイ周辺を照度計で計測すると100ルクス、一般家庭のリビングの値である。W42P-HR9000なら、日光が直接ディスプレイに入射しなければ快適そのものの視聴を楽しむことができた。その時の映像設定は以下の通りである。

【「ダ・ヴィンチ・コード」での映像設定】
映像モード シネマティック
明るさ -15
黒レベル +2
色の濃さ -8
色合い +2
画質 -12
色温度 低
ディテール 入
コントラスト リニア
黒補正、LTI、CTI 切
YNR、CNR 弱
色温度調整 しない


『最後の晩餐』の中にマグダラのマリアを発見するシーン
DVD再生上の最大のポイントは映像内の記号や図像が埋もれず鮮明に認識できることだ。謎解きの前半のハイライトはサー・リーヴィング邸でモニターに映し出された『最後の晩餐』の中にマグダラのマリアを発見するシーンである。ここでは、コントラスト設定をリアルからダイナミックガンマに変えると図像が鮮明に浮かび上がってくる。見つめる人物の表情もサスペンスフルになる。

W42P-HR9000を日常使って感心するのは、映画のダークシーンの黒表現に深い艶と品格があり、一方で輝度と映像ダイナミックレンジの余裕を活かし、ハイライトが輝きに満ちていること。それが『ダ・ヴィンチ・コード』の場合最大限に発揮されるのである。消灯し眠りに付いたルーヴルの荘厳な迷宮性、遠い時代に描かれた絵画の厳かな眼差し、伝説と歴史の闇に埋もれた中世の教会、半分が溶暗して暗示される登場人物の二面性…。現場のロケーションに撮影の重点を置いたこの大作は液晶よりよくできた大画面プラズマで見たい映画の代表である。現代の映画の収入配分はビデオソフト販売による収入が50%を超えている。『ダ・ヴィンチ・コード』も例外ではないだろうし、W42P-HR9000のような優れた大画面テレビが生まれている時代だからこそ実現した企画と言えるのではないだろうか。

(大橋伸太郎)

大橋伸太郎 プロフィール

1956 年神奈川県鎌倉市生まれ。早稲田大学第一文学部卒。フジサンケイグループにて、美術書、児童書を企画編集後、(株)音元出版に入社、1990年『AV REVIEW』編集長、1998年には日本初にして現在も唯一の定期刊行ホームシアター専門誌『ホームシアターファイル』を刊行した。ホームシアターのオーソリティとして講演多数2006年に評論家に転身。趣味はウィーン、ミラノなど海外都市訪問をふくむコンサート鑑賞、アスレチックジム、ボルドーワイン。

バックナンバー
第1回『ナルニア国物語/第1章:ライオンと魔女』
第2回『アンダーワールド2 エボリューション』

関連記事