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マスターは「まるでバンドの時が止まったまま」

ビートルズ『ホワイト・アルバム』50周年盤、プロデューサーが語る音づくり。 “記憶を再現しながらモダン”に

公開日 2018/11/08 15:34 オーディオ編集部・樫出
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ジャイルズ氏:例えばマーティン・スコセッシ監督の『リヴィング・イン・ザ・マテリアルワールド』の音楽を手掛けていた時も、「元の素材を使いたいから、リミックスはしないでくれ」とスコセッシから言われました。そこで「オール・シングス・マスト・パス」のオリジナル版を聴かせたら、「これは俺の記憶とは違う」と言ってきたので、再度私がリミックスしたものを聴かせたら、「俺の記憶の中の音はこれだ」と言ったんです。

人間は長い時間の中で、聴き方が変わってきているわけです。録音でも再生でも、最先端の技術がどんどん進化していかないと、オーディオ誌は売れませんよね? それと同じです。もちろんアルバムを作ったメンバーより私が優れているとは思わないですが、年月と共に、みなさんに提示できるサウンドも変わってきているのです。今はレコードを掛けて針がとポンと折れることなんて気にしなくて済みますしね(笑)。

――『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』の50周年盤と今回の『ホワイト・アルバム』のリミックスの方向性は同じなのでしょうか? また、どちらが難しかったのでしょうか?

ジャイルズ氏:どの作品でもまったく違う方向性を目指さなければならないのですが、作業を始めないと、どういう方向性にするのかは分からないのです。『サージェント』に関しては誰からも愛されている作品なので、音的にも難しいだろうな、と思っていました。しかし作業を始めた初期の頃に、方向性を見つけることができたのです。通常は作業を始めて、自分自身が満足するところまでいかないと、「本格的にできるぞ」という決断ができないのです。「よし、できる!」となってから、企画が始まる感じです。

逆に『ホワイト・アルバム』は、音自体がすごくロックンロールで、トラディショナルな感じがするので、簡単だろうと思ったんです。でも、実はこのサウンドはコンプレッションとリミッティングがメインなんです。一度やってみて『ホワイト・アルバム』のエッセンスを失わないまま、サウンドを広げるやり方を見つけなければならない、と思いました。試聴会では気に入っていただけたでしょうか? 聴いたらビンタを張られたような感じになっていてほしいのです。

『ザ・ビートルズ(ホワイト・アルバム)』のジャケット© Apple Corps Ltd.

――解像度が高く各楽器の表現が非常に良く出ていて、ひと回りスケール感が大きくなったようなイメージに感じました。

ジャイルズ氏:そう言っていただいて嬉しいです。せっかく最先端の機材もあるのでサウンドを広げたいというのもあって、なるべく元の音に近づけるようにしながら掘り下げていきました。各楽器の表現が良く聴こえたというのも嬉しいです。それが『ホワイト・アルバム』の特徴です。ギターの音やドラムの音の個性を感じられるのがこのアルバムの特徴だと思います。

『サージェント』の場合は、タンボラやチューブラーベル、インドの楽器など、色々な楽器が使われています。一方で『ホワイト・アルバム』は、ビートルズが1つの部屋でノイズを作っている。もちろん良いノイズなのですが、ノイズであることに変わりはありません。すべての音のテクスチャー感を表現することが大切だと思いました。

――聴いたどの曲も素晴らしい音でしたが、試聴会でデモされた音源のレートを教えてください。

ジャイルズ氏:Pro Toolsのセッションで、96kHz/24bitです。APOGEEのコンバーターを使用しました。ボブ・クリアマーティンという、友人でもあり、有名なリミックスエンジニアがいるのですが、その奥さんがAPOGEEの代表を務めています。だから、いつもバッグの中に小さなスタジオを持ち歩いている感じです。こういう仕事柄、多くのスタジオに足を運ぶわけですが、知らないスタジオでどんなスピーカーなのか分からない場合は、セッション前にまず、セッション用イコライザーを部屋に合わせることをします。「オーディオアクセサリー」誌を見ていると、本当に音にこだわる方が多いんだな、と思いましたが、どれだけお金を使って良いスピーカーを持っていても、正しい場所に設置したり、カーペットを外したりしないと、音に影響があるということを皆さんご存じなのでしょうか?

「オーディオアクセサリー」誌を見てその濃い内容に関心を示していた

――オーディオはハイエンドになればなるほど、置くだけでは良い音が出ません。能力を引き出す使いこなしや、ケーブルなどのアクセサリーまで追求するのが、私たちの雑誌の役割です。

ジャイルズ氏:それは素晴らしいです(笑)。あと、どうしようもない点が部屋そのものです。

――そのためにはルームチューニングパネルなども紹介しています。

ジャイルズ氏:完璧ですね(笑)。例えばLAのキャピトル・スタジオは、有名なスタジオではあるのですが、PMCのスピーカーを使っていて、イコライザーで3kHz減らして25Hzを足さなければならなかった。今回の試聴会では220Hzを減らして8kHzを足さなければなりませんでした。僕って間抜け面をしているかもしれませんが、意外と肝心なことには頭を使っているのですよ(笑)。

――そんなことはありませんよ(笑)。試聴会のセッティングは本当に素晴らしかったと思います。

ジャイルズ氏:ちゃんと仕事ができていたということですね。試聴会の前に10人くらい部屋にいて、僕がイコライザーのセッティングを変えていたんです。少し変えては座ってまた戻って、ということをやっていたのですが、そうやって作業していると「自分の作業は正しいのかな?」「自分の耳は正しいのかな?」となることもあります。だから、そう言っていただいて良かったです。

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