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巻頭言

転機

和田光征
WADA KOHSEI

前号に続き、私の若い頃の物語。不動産会社で、お客様を別荘物件の現地にご案内するところに遡ります。

そのご家族は黒田さんの一家で、小学生の男の子と女の子がいて、ご主人は海外担当の部長さんだった。このお宅には何度かお伺いしたが、私はご夫婦の好きな物、子供さん達が喜びそうな物を紹介者の富沢さんにお聞きして、お土産にして大変喜ばれた。そして当日、ご夫妻から提案された待ち合わせ場所である上野駅で合流して列車に乗った。飲み物と弁当、お菓子を持参してグリーン車のご家族に渡すと、そこは一家団欒の場となった。

私が二等車の席に戻ると、カイゼル髭の鹿沼部長がいて、「和田君、君は不思議な男だね。行きも帰りもお客様をグリーン席にして、飲み物や弁当を届ける。殆どの連中は商談が決まった帰りもお客様を二等車にして、残金を皆自分のものにする。君のような男は初めてだよ」と言う。当然のことだと思っていた私は、返す言葉が見つからず、ただ微笑んでいただけだった。

上野駅から列車に乗り、現地に着いて商談は即決した。お客様にはすでに謄本もお届けしてあったので、現地事務所で購入手続きをするだけだった。私はタクシーをチャーターして、帰りの列車までの時間を使いご家族を観光地へ案内して楽しんでいただいた。帰路、子供さん達は遊び疲れてすっかり眠ってしまっていた。

後日、黒田さんに御礼に伺った。すると次のお客様である間瀬さんを紹介して頂いた。「すでに相手にも話してあるから、伺いなさい」とご主人、奥様は横で微笑んでいる。私は恐縮するばかりで、謝意を申し上げて間瀬さんをお訪ねした。指定された時間は昼食時だった。

「まあ上がりなさい」と初老のご主人に通されると、山のようなご馳走がテーブルの上に用意されていた。私は只々恐縮していた。「さあ、食べましょう」と奥様。「和田さんのお話は、黒田さんから伺っていますよ。従って、現地には行かなくてもいいですから和田さんの推薦されるところを買いましょう」と言われる。「いえ、現地を見られた方が…」と私が言うと、「いや、和田さんのお薦めでいいですよ」とおっしゃる。

私は昼ご飯をご馳走になり、夢のような時間を過ごさせていただいた。そして改めてご訪問して物件を推薦し、そこで成約し手続きもさせていただいた。「現金で払うから用意しておきます」と言われたので、「集金に伺います。会社の決まりとして課長が一緒に行くと言いますので、二人で参ります」と申し上げたら、間瀬さんは「和田さんが一人で来なさい」と言って譲らない。私の方で課長を説得することになり、近くで待っていてもらうことにした。

一人でお伺いすると、例によって大変なご馳走が用意されていて、三人で楽しい時間を過ごした。その場で受け取った現金を課長に渡すと「会社の仕組で歩合の30 %を俺がもらえるのだ」と言う。23歳の私は全く納得がいかなかった。間瀬さん夫妻にも申し訳ないと思い、何も手助けをしなかった45歳の課長と大げんかになった。(以下次号)

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