元アップルの最高デザイン責任者がアナログプレーヤーに関わったワケ。老舗オーディオブランド・LINNのCEOが語るコラボ誕生秘話
2023/12/21
2025年を振り返ると、LINN(リン)はベルトドライブ・ターンテーブル「Sondek LP12」(以下、LP12)に対して計3点の重要なコンポーネントを立て続けにリリースした。これは50年を超えるLINNの歴史(=LP12の歴史)を振り返っても前例のないことだ。
そこで同社CEOであるギラード・ティーフェンブルン氏にアップデートの目的と効果を尋ねると共に、レコードとDSの違い、そしてLP12 の未来について話を聞いた。
2025年1月、従来の2倍以上の密度を有する高圧縮積層ビーチ材を用いた木枠(プリンス)の「Bedrok」を投入。10月にコンピューター解析を用いて剛性/共振特性/重量配分を最適化したサブシャーシ「KEEL SE」と、最新世代の電源ユニット「UTOPIK」を搭載した外部パワーユニットの最上位モデル「KLIMAX RADIKAL」を同時に発表した。
このように矢継ぎ早に大型アップデートを行ったのは何故か? インタビューの冒頭、この素朴な疑問をギラード氏に尋ねてみた。ギラード氏は「たまたまタイミングが重なっただけですよ」と笑顔で簡潔に答えた。
「Bedrokの開発には長い期間をかけまして、2023年に登場した50周年モデルLP12-50で採用しました。ですが、実際に製作するととても時間がかかり、サプライチェーンを構築するのも大変でした。今でもそれは課題であり、生産が安定してスムーズに顧客に届けられるよう努力をしています。2025年1月の発売となったのは、販売数は限られますが安定して提供できるタイミングになったからです」と、生産体制によるものだったことを明かした。
「KEEL SEとKLIMAX RADIKALは、それぞれ別のR&Dチームがプロジェクトを進めていました。ちなみにKEEL SEはアコースティックの技術者、KLIMAX RADIKALは電気系の技術者が担当していたのですが、偶然、同じタイミングで開発が終了したんですよ」
結果、この重要な2つのコンポーネントが2025年10月にローンチする運びとなった。
KEELが登場したのは2006年のこと。それまでの金属と木材によるサブシャーシをアルミを切削加工した一体構造として強度を高めたKEELは、多くの人に驚きをもって受け入れられた。
登場から約20年。確かにモデルチェンジしてもおかしくはない時間が過ぎていた。いっぽうで既に完成されたコンポーネントゆえ、アップデートの必要を感じないようにも思える。
ギラード氏はKEEL SEの開発経緯についてこう語る。「KEELそのものに不満があったわけではありません。ですが、私たちの理念は「コンティニュアス・アップグレード」(継続的なアップグレード)であり、常にすべての製品を良くしていきたいと思っています。新たに性能向上を図る部分を捜した時、サブシャーシに手を入れようと決断したのです」
「KEEL SEの開発をスタートするきっかけは、近年の爆発的なコンピューターシミュレーション技術の発展と、5年ほど前に導入した5軸のCNC切削加工機でした。それまで解析するには高額で専門業者に委託するほかなかったのですが、インハウスでのシミュレーションと最新の切削機械により、社内で早くプロトタイプが作れるようになりました」。つまり、設備投資がKEEL SE開発の後押しになったという。
では従来のKEELに比べてKEEL SEの違いはどこにあるのか?「リジッドとアコースティック・アイソレーションをテーマに開発を進めました。強度の面では従来に比べて300%アップしています」
確かに手にとるとズシリと重く、サブシャーシを叩いた時の音も、KEELがカンカンと鳴くのに対し、KEEL SEのそれはコツコツと素早く音が鳴きやむ。当然この音(=サブシャーシの共振音)がトーンアームに伝わるわけで、再生音に大きく影響を与えることは想像に難しくない。
リジッドは理解できたがアコースティック・アイソレーションとは何か? ギラード氏は話を続ける。「私たちは軸受けからトーンアームの根元までのノイズ(バイブレーション)低減に注力してきました。またトーンアームの取り付け部の強度も重要であると考えていました」
彼のいうアコースティック・アイソレーションとは、サブシャーシで発生する振動を、いかにしてトーンアームに伝えないか、ということのようだ。この部分をコンピューターで解析し、そして試作を重ねて試聴、そして改善というPDCAサイクルを、社内で短期間で何度でも行えるようになった。それでも開発には1年半くらいの時間を要したという。
「コンピューター解析は、ここ2年で大きく進化しました。2年前の技術ではKEEL SEはできなかったと思います」と、R&Dへの投資結果がKEEL SEに誕生に結び付いたと胸を張る。
「新しい技術で音質向上を目指すことを常に考えています。新しいアイデアは数多くありますけれど、KEEL SEは適切なテクノロジーを使って素晴らしい製品にできた好例だと思っています」。ギラード氏は出来栄えに自信を覗かせた。
話題をDCモーターと電源部の組み合わせであるKLIMAX RADIKALに移そう。RADIKALが登場したのは約16年前のこと。スタンダードなLP12の速度偏差が0.1%であったのに対し、20倍の値となる0.005%を達成するDCモーターとデジタル回転制御がRADIKALの全容だ。
ただのモーターと給電部の交換と思いきや、その効果は驚くべきもので、静粛さとピッチ変動の少なさに、これも多くのLP12愛好家が驚いた。
改善点は大きく2つ。「まず電源回路の進化があります。最新世代の電源部にチェンジしたことと、ふたつのレールを持つ新しいUTOPIK電源を搭載し、モーターコントローラーとフォノイコライザーに独立して電源供給しています」。その理由はなぜか?
「従来型のRADIKALを使われている方の中に、電源部を2つ用意して独立給電されている方が結構いらっしゃったんですよ」とギラード氏は驚いた表情と共に、ユーザーの利用事例から電源部のセパレート化を決断したと明かした。
もうひとつが電源/コントロール部の内部構造。「新しいKLIMAXシャーシとしたことで、内部空間にゆとりができました。そこで、従来モデルから基板そのものだけでなく製品内のレイアウトも見直しました。また電源部を厚壁の独立チェンバーに収めることによって、強力なノイズアイソレーションを実現したのです」
その効果はいかなるものか。ギラード氏は「より回転制度が高まり、さらに正確なピッチの再現が可能となりました。ちょっとしたスピードの変化は、音楽の表現に大きく影響してきます。今回はそれが凄く正確に出てくるようになりました」と、安定した回転の重要性を説く。
「この変化はとても分かりやすく、そしてオーディオシステム全体の音質が向上することを体験頂けると思います」と笑顔を見せる。この音質の違いについては、12月27日発売の『analog 90号』の山之内 正氏のレポートも参照してほしい。
こうして新境地を拓いたLP12。だが、なぜLINNはここまでのアップグレードをLP12に行うのだろう。
「1990年代頃にレコードから離れた方が、2010年頃から徐々にレコードの良さを再認識されているように感じます。実際、私がLINNに入社した2003年頃の、LP12の売上比率は全体の5%でした。ですが今は25%にまで上がっています」と、レコード再生の需要が増えていることを実感しているという。
その上で「レコード再生がCDに移っていった1980年代後半、、父(アイバー・ティーフェンブルン/LINN創業者)が、『レコードを捨てないでください。まだそこに記録されたものを、すべては聴けていないのですから』(Stop throwing away your vinyl records : you haven’t heard what’s on them yet!)と当時から言っていたんです」
「そして今、ここまでレコードから音を引き出せるようになりました。父も思っていなかったと思います」。つまり “聴こえなかった音” の発掘がLP12アップグレードの原動力というわけだ。聴こえなかった音が聴こえることは、オーディオにおける正常進化であることに疑いの余地はない。
だが、その結果LP12は、LINNのもう一つのビジネスであるデジタルファイルプレーヤー(DS)に音が近づいているようにも感じる。デジタルファイルプレーヤーの第一人者であるギラード氏は、レコード再生とデジタルファイル再生をどのように捉えているのだろうか?
両方必要であるという当たり前の話を踏まえ、個人的な考えであると前置きした上で話し始めた。「デジタルファイル(ストリーミング)は、誰もが毎日、便利に使えるものだと思っています。例えば家族や友達と楽しみながら聴くのはストリーミングが便利です。いっぽうレコードは聴くにあたり準備が必要ですから、ひとりで、あるいはパートナーと2人でウイスキーを飲みながら聴くというような、スペシャルな時間の時に適しているように思います」
音質の面で差別化をしているのだろうか。「レコードとデジタルファイルで音質の優劣はないと思っています。言い方を変えるとリンゴとオレンジの違いでしょうか。そもそもレコードは製造する過程において様々なプロセスが必要であるのに対し、デジタルファイルはスタジオマスターそのものをサーバーにアップロードするだけです。当然、再生手法も違いますよね」
「1960年代のレコードの方が、デジタルファイルよりも良い音がするかもしれませんし、2025年に録音されたデジタルファイルの方が、レコードより良い音がするかもしれません。その逆の場合もあります」
つまり、ギラード氏の考えは、レコードとデジタルファイルは別物であり両輪でもある。そしてシチュエーションや気分により使い分けるもので優劣はない、というわけだ。
「今回のアップグレードで、今まで聴いていたレコードから新しい発見があると思います。それを愉しんで頂きたいと思います」と語るギラード氏。だが、このアップグレードはこれからも続くLP12物語の、現時点におけるひとつの到達点にすぎないだろう。
最後に未だアップグレードをしていない箇所であり、特徴のひとつであるインナープラッターとアウタープラッターの2か所に手を入れる予定はあるか尋ねた。「今のところ、そこを変える必要はないと思っています」
ここまでのアップグレードを行うなら、新しいレコードプレーヤーを作った方が早いだろう。だがLINNはそれをしない。LP12は誕生した時に完成されたプレーヤーなのだ。そして50年以上の時間をかけて未踏の地を切り拓いてきた、他に類を見ないプレーヤーであることを改めて感じた。