エソテリックのZシリーズがニューモデルを発表した折りも折り、マニアの話題をさらっている新型スピーカーの一群があった。ご存じ英国はタンノイの新シリーズ「ディフィニション」である。どちらも直線と曲面を大胆に組み合わせた面構成に特徴を持ち、現代的なハイファイと伝統的な芸術的オーディオ再生との高度な両立を目指すという点で、図らずしも共通点の多いこの両者である。

ここでは「ディフィニション」で最も手頃なブックシェルフ型のDC8とSZ-1s/AZ-1sを組み合わせ、聴いてみることとした。まずはDC8の概略から紹介しよう。

「DC8」と組み合わせて試聴を実施
「DC8」と組み合わせて試聴を実施

タンノイ伝統のユニットといえばすぐ思い浮かぶのが「デュアルコンセントリック」同軸2ウェイだが、本機は8インチ(20cm)ウーファーの中心奥に1インチ(2.5cm)のドーム型トゥイーターを配し、同心円状の美しいテクノ・ウェーブガイドを介して理想的な球面波を発するという形式とされている。

ウーファーのコーンは同社が長く採用してきた独クルトミューラー社のものではなく独自開発のもので、パルプを基材として多種のファイバーをブレンド、より軽く丈夫なハードコーンを開発したという。

キャビネットは高価だが音の良さで知られるバーチ(樺)の積層合板を使用、ユニットのフレームまで思い切ってフラッシュサーフェスとしたバッフル面と、後端にかけて緩やかなカーブを描く側面のコンビネーションが美しい。また、その形状を採用したおかげで内部の定在波もほぼパーフェクトに抑えられているという。

表面仕上げはいずれもピアノフィニッシュで、ダークウォルナット、チェリー、ブラックから選ぶことができる。ユニットのフレーム部はグロス仕上げとされ、渋い輝きを放つピアノフィニッシュにくっきりとアクセントを刻む。

さて、新しいZシリーズと組み合わせて音を聴くとしよう。まずはSACDから聴き始める。クラシックはオケの音像が少し遠めに定位し、全体の音色は輝かしさを十分に保ちながら、少し渋みが加わったような気がする。まさに現代的な解像度、ワイドレンジと、タンノイの持つ伝統的な味わいをともに体現した、新世代タンノイにしか表現することのかなわない境地である。

先に試聴したレファレンススピーカーも英国製だったのに、DC8に替えると英国風が深まったような気がするから不思議なものである。これが伝統の重みというものであろうか。

ジャズはギターに若干木の響きが増したように聴こえる。軽やかで甘い、何とも好ましい表現だ。ピアノはベーゼンドルファーらしい深みを伴って艶やかに鳴り、ベースは少し丸みが加わってふっくらとした響きだ。トータルとしての演奏のまとまりが良く、しっとりと落ち着いて長時間楽しめる質感となっている。

ポップスは声の艶やかさが少し増し、ストリングスが何とも朗々と鳴るのが印象的だ。ボーカリストをそれはそれは大切に録音しているこの盤の勘所がやはりよく伝わってくる。

トータルでは、タンノイとしてはややあっさり傾向の表現となるが、これはエソテリックのけれん味のなさと響きあった結果でもあるだろう。これも現代タンノイにふさわしい、高品位の表現であるといえそうだ。

続いてCDも聴いてみる。クラシックはホールトーンをたっぷりと表現、やはりオケが少しだけ奥に定位する傾向だ。ホールトーンの空気感に余分な重みがない、濃厚だが軽やかという表現は、やはりエソテリックと新世代タンノイとのコラボレーションが生み出した、オーディオ再生の新境地といえるだろう。

アコースティックな編成のビッグバンドを聴いてみると、DC8の持つ輝かしさをZシリーズが上手くすくい上げ、音楽を楽しく躍動的に聴かせてくれる。分析的になる一歩手前の「現代ハイファイの精粋」というべき解像力を持ちながら、かくも音楽を楽しく聴かせる。この両者は素晴らしい相性だと思う。

ポップスはベースに少しだけ緩さが加わり、それが再現に絶妙のくつろぎを与えてくれている。声は少し前へ出た感じで、リスナーの眼前で歌う感じは第一級だが、そこへほんの僅か、頬に紅みが差したような温かさを加えるのがタンノイならではの表現といえるだろう。いったん聴き始めるとディスクを止めることができなくなる、そんな表現である。

デュアルコンセントリック・ユニットの定位の良さには定評のあるところだが、この組み合わせも特に歌ものを聴くとその素性の良さ、音楽再現性の高さがまざまざと知れる。歌い手の姿がスピーカーの間に現出するような、立体的で生命感にあふれた歌唱が何とも耳に心地よい。これはクラシック、ジャズ、ポップスに変わりない。ZシリーズとDC8を組み合わせた際の美質が最も発揮できる部分といってよいだろう。

とはいえ、インストルメンタルが苦手というわけではない。弦は艶やかで実体感に溢れ、管楽器の輝き、打楽器の広がり感も、素晴らしく高度な表現を聴かせてくれる。ジャズの柔らかなタッチ、ギターのウッディな質感にも耳を奪われ、時間を忘れて聴き耽ってしまった。

ある種の万能型再生システムといっても決して過言ではないが、声が再生された時に感動の深さがとりわけ深かった、といった感想である。まったく魅力的な組み合わせだ。

■DC8との組み合わせ試聴で印象に残ったソフト
 
 
ココロの食卓〜おかえり愛しき詩たち/藤田恵美
ポニーキャニオン
(SACDハイブリッド)
  Reframe/LaidbacK
Gumbo Records
(CD)
  SIDE by SIDE/八城一夫
オクタヴィア・レコード
(SACDハイブリッド)

 

続いて、ディフィニション・シリーズのトールボーイ型DC8 TをSZ-1sとAZ-1sの組み合わせで聴く。まず、DC8Tの概要を解説するところから始めよう。
トールボーイの「DC8 T」とも組み合わせ試聴を行った
トールボーイの「DC8 T」とも組み合わせ試聴を行った

簡単にいってしまえば、DC8のキャビネットを縦に伸ばしてフロア型とし、8インチ口径のウーファーを加えた恰好のDC8 Tだが、250Hz以下を専任のウーファーでサブウーファー的に補うということには、ただユニットを増やすという以上の意味がある。

大編成ワイドレンジ音源の再生時に大部分の帯域を再生するデュアルコンセントリック・ユニットのポイントソース(点音源)による定位の良さを最大限活かしつつ、低域限界を伸ばすことにより、音に厚みと立体感を加えることができる。

特にディフィニション・シリーズに採用された新世代デュアルコンセントリック・ユニットのトゥイーターは35kHzまでのワイドレンジ再生を誇り、帯域バランスという意味からも、低域は伸びている方が好ましいといえる。

また、これらはDC8とも共通だが、独WBT社の入力端子を採用していることに象徴される構成パーツの高品位ぶりも特筆すべきレベルで、マイナス190度まで冷やし、時間を管理しながら常温へ戻す「ディープ・クライオジェニック」処理がネットワーク・アッセンブリーに施されていることも見逃せない。

キャビネット素材はDC8と同じバーチ積層板だが、最新の解析技術を活用して巧妙に共振を抑えるDMT(素材差動技術)というテクノロジーが盛り込まれているのもポイントだ。

さて、この組み合わせはどうだろう。まずSACDから聴く。クラシックはオケがやや奥側に定位するDC8の音場表現をそのままに、低域の余裕が劇的に増し、オケのスケール感、ホール全体の空気が震える様がリアルに伝わってくる。

高域方向もよりすっきり伸び切ったように聴こえるが、これは低域が伸びたことに伴う聴感のバランスにもよるのだろう。弦の涼やかな艶、管の軽やかさは新世代タンノイならではの旨味といった部分であろう。

一方、グランカッサのスピード感や全体を貫く色付けの少なさは、Zシリーズの美点をDC8Tが表現し尽くしているのだと考えられる。これこそが現代の芸術的ハイファイだ、と自信を持って読者の皆さんへ紹介できる表現である。

ジャズはDC8より軽やかさが増したように聴こえるが、そうでありながら音像の存在感はむしろ密度を増し、ギターが胴全体を鳴らしてメロウな音を紡ぎ出していることが伝わってくる。ピアノは打鍵のアタックが軽やかで、そこに深い艶が加わって、グランドピアノの大きさと音色を余すことなく伝えてくる。ベースは余裕たっぷりで、弦を弾いてから胴が鳴るまでの音波・振動の伝わり方が見えるような鳴りっぷりだ。

ポップスは歌が「官能的」という表現を用いたくなるくらいの表現力を獲得した。ボーカリストが歌を大切に歌い、録音エンジニアがその歌唱を慈しむようにすくい上げた、奇跡のようなこの盤の内容を、ここまで忠実に、そして楽しく表現するシステムはただ者ではない。

続いてCDを聴くと、クラシックはやはりオケのスケール感がDC8と比べて大幅アップし、スペック的にはほんの半オクターブほども帯域が伸びているか、といった程度なのだが、器が大きくなったことによる余裕の違いが大きいのであろう。音場は深く広く、確かな遠近感を伴った定位がピシリと決まる。デュアルコンセントリックの妙味が余すところなく発揮された好再現である。

ビッグバンドは楽器の実体感がさらに増し、少し暖色系の輝きが付け加わったような気がする。声にも少し温かみが宿り、それでいて緩んだり膨らんだりしないのが素晴らしい。クラシックに準ずる録音手法がはっきりと聴き取れ、決して広くない録音現場の響きも鮮明に伝えてくれる。温かみと輝きはタンノイの美質が表現され、全体を膨らませずきっちりと締めるのがエソテリックの表現力、という風にいって差し支えなかろう。

ポップスは冒頭のエレキベースが滑らかさを増した。声はやはり「鏡のような」ハイファイに僅かな温かみが宿り、このままずっと聴いていたいと思わせる。ピアノも軽々と、しかし堂々としたグランドピアノの大きさを響かせるのだから大したものである。現代ハイファイとはかくも楽しい音なのかと感激させてくれる組み合わせである。

デュアルコンセントリックならではの定位の良さ、声の魅力を持つことはDC8と共通だが、DC8Tは大幅に低域の余裕を増し、オーケストラやビッグバンドの演奏が劇的な大スケールとなった。それでいて中域が引っ込むことも高域が曇ることもなく、全域で超高解像度のハイファイと、音楽を積極的に楽しませてくれる控えめな艶やかさ、輝きを備えているのが素晴らしい。

それでいて、小編成や弱奏部でボケたり滲んだりすることが一切ないのもよい。ウーファーに低域を分担してもらったことにより、デュアルコンセントリックがさにその持ち味を上手く表現するようになっているのだろう、ということがはっきりと伝わってくる。

現代オーディオの精粋ともいうべき反応の速さ、スピード感と、オールド・タンノイをもどこかに彷彿とさせる典雅な表現力を両立したこの組み合わせは、オールドファンから若い人まで、できるだけ多くの人に体験してもらいたい。

 
■DC8 Tとの組み合わせ試聴で印象に残ったソフト
 
 
マーラー:交響曲第5番/ジンマン指揮チューリッヒ・トーンハレ室内管弦楽団
ソニーBMG
(SACDハイブリッド)
 

The Jazz Album - A Tribute to the Jazz Age/サイモン・ラトル指揮ロンドン・シンフォニエッタ
EMI
(CD)

 

ココロの食卓〜おかえり愛しき詩たち〜/藤田恵美
ポニーキャニオン
(SACDハイブリッド)