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次世代ワイヤレスソリューションSpecteraの今後の展望も

大規模ライブイベントにおけるワイヤレスオーディオ・ワークフローの進化。ゼンハイザーの最新事例を紹介

公開日 2026/09/29 06:30 スガサワナオヤ
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2025年に創業80周年を迎えたSENNHEISER(ゼンハイザー)が、今年の5月末にプロオーディオおよびライブエンターテインメントに従事する方々に向けて、同社の新製品・サービスを紹介する『ゼンハイザー・プロフェッショナルワイヤレス・イノベーション2026』を開催した。

写真はWMASを活用したSpectera(スペクテラ)。1Uラックサイズのベースステーションが扱える波数は最大64チャンネル

ライブエンターテインメント市場は、その拡大に伴い、ワイヤレスマイクやイヤーモニターの使用頻度が高まり、多チャンネル運用が日常化している。そのため、現場の人手不足、周波数帯域の逼迫が大きな負担になっている。

SENNHEISERは、こうした課題に対し、ワイヤレス運用全体を効率化し、エンジニア本来の仕事である音作りに集中できる環境を整えることを目指している。

さて、このイベントは大きく2部構成になっていた。第1部では、同社のデジタル・ワイヤレスシステム「EW-DX」の概要と待望の1.2GHz帯モデルについて触れ、ゲストを招きWOWOWによる導入事例が紹介された。そして、ワイヤレスオーディオのワークフローを統合したソフトウェアSoundBaseの概要と、同ソフトを使用するエンジニアによる現場運用が紹介された。

第2部は、一般社団法人特定ラジオマイク運用調整機構(特ラ機構)より特定ラジオマイクを取り巻く電波制度や周波数資源の最新動向、WMAS制度化について。そして、 SENNHEISERがWMAS(Wireless Multi-Channel Audio System)を活用した次世代ワイヤレスシステムSpectera(スペクテラ)について詳しく紹介された。

1.2GHz帯域対応のデジタル・ワイヤレスシステム

イベントは、1.2GHz帯モデルにも共通するデジタル・ワイヤレスシステムEW-DXが持つ特長の説明からスタートした。

1.2GHz帯モデルが登場したEW-DX。写真は1Uラックサイズ4チャンネル分。2チャンネル分のハーフラックサイズもラインナップ

最初にEW-DXの大きな特長として、134dBに及ぶダイナミックレンジが挙げられた。送信機にデュアルADコンバーターが搭載されており、感度設定が重要な場面でも歪みを防ぎやすくなった。ヴォーカルだけでなく、音量変化が大きく音圧の高い楽器にも有効であり、現場での安心感につながるに違いない。

次に強調されたのがレイテンシー1.9msecである。遅延は演奏者や出演者の違和感に直結する。しかも、デジタル機器でのオペレーションでは、コンソールやプラグインなどを使う事で遅延が増えていくため、なるべく短くする必要がある。その短時間内でも、EW-DXは強固なエラー補正機能が働くため、低遅延と安定性を両立している。

次に送信周波数を等間隔に配置する機能に触れた。ワイヤレス製品を同時に使用すると、送信機同士の影響によって「相互変調歪み(IMD、Intermodulation Distortion)」が発生する。

送信機が増えるほど干渉波も急激に増え、8波程度でも200超、32波では15,000にも及ぶ。

これまで専用の周波数計算ソフトやメーカー推奨のチャンネルプランを使って対応していたが、EW-DXはIMDの発生を極限まで抑える設計により、通常モードでは600kHz間隔、より多チャンネルにするLDモードでは300kHz間隔で周波数を配置できる。1.2GHz帯モデルでは、通常モードで32波、LDモードで63波を確保できる。

EW-DXのシステム構成は、4チャンネル・1Uラックモデルは、Dante、RF出力も備え、16波までカスケード接続による運用が可能。

2チャンネル・ハーフラックモデルはアンテナ入力のみ。ハンドヘルド型はスイッチ付きとスイッチなしの2種類。カプセルはコンデンサーやダイナミック、指向性違いなど多数用意されている。加えてノイマンのカプセルも使用できる。

ボディパック型はLEMOコネクターと3.5mmプラグの2種類が用意されている。電源は専用バッテリーまたは単3乾電池2本。専用バッテリーでは最大12時間、乾電池では最大8時間の駆動が可能である。

なお、電源OFFでも表示が残るインクディスプレイが好評で、従来のようにテープで機材を識別しなくても個体を判別しやすい。

EW-DXをWOWOWのスタジオに導入

ここで衛星放送WOWOWより、同社技術センター・設備プロダクトユニットの栗原里実氏がゲスト登壇。WOWOWのAスタジオにEW-DXを導入した事例を説明した。なお、導入されたのはホワイトスペース帯モデルである。

WOWOWの技術センター 設備プロダクトユニット栗原里実氏

AスタジオはWOWOW内でもっとも大きく、スポーツ番組を中心に音楽番組などにも使用される重要な制作拠点である。今回の導入は、約10年ぶりの機材更新に合わせて行われた。

音声システムでは、インカム・システムとコメンタリー・システムが主な更新対象であった。

WOWOWは、音声分野でDanteを多く使用しており、配信サブ(副調整室。主調整室に送る前に、それぞれのスタジオに置かれる部屋で音声や映像の調整作業をする)のコメンタリーボックスでも長年大きなトラブルなく運用できていたため、EW-DXがDanteに対応していることは、導入判断の重要な要素になったそうだ。

WOWOWは、3社を比較対象とし、2024年8月にデモを実施。音の印象が曖昧になるのを防ぐため、1日のうちに3社の比較を行ったという。項目はS/N、音質、持ち運びやすさ、操作性、従来のシステムとの適合性、費用対効果など入念に比較した。

そして最終的に、音質のバランスが良く、高域や低域が過度に強調されずミキシングしやすいこと、ディスプレイが見やすいこと、Dante対応を含めた構成面で導入しやすいことが評価され、採用に至ったとのこと。

ハンドヘルド型送信機のカプセル選定も丁寧に行われた。単なる会話だけでなく、社内で歌唱力のあるスタッフに実際に歌ってもらい、歌い手側の感覚を含めて評価した。その結果、NEUMANNの「KK204」とSENNHEISERの「MD435」が選ばれる。

KK204は、音の太さやバランスの良さが評価され、ミュージカル番組などでの使用を想定。一方、MD435はよりナチュラルでフラットな印象があり、アイドル番組など幅広い用途に使いやすいカプセルとして選ばれた。

複雑化するワイヤレス運用を解決するソフトウェア

次に、ワイヤレス運用が複雑化する中で、メーカー混在環境での周波数計算、機器管理、モニタリング、チーム共有を一つのプラットフォームで行えるワイヤレス管理ソフトウェアSoundBaseについての説明があった。

ここからはPAをはじめ様々な音に関わる業務を行っている合同会社dcq.代表の西脇史朗氏に同席してもらい、実際の現場でSoundBaseをどのように活用しているかが語られた。

合同会社dcq.代表の西脇史朗氏

多数のワイヤレス製品が使われるようになったため、メーカーごとに異なる管理ソフトを使い、周波数リストを作成して配る運用が従来は多かったとのこと。しかし、この方法では最新版がどれか分からなくなったり、共有漏れや更新ミスが起きたりする可能性が拭えなかったという。

SoundBaseの最大の特徴は、クラウド・ネイティブである点だ。膨大なIMDの計算はクラウド上で処理するため、使用するPCの性能に依存せず、数百波規模の周波数コーディネートも短時間で完了できる。

また、過去のスキャンデータを保存・共有できるため、事前に電波環境を想定し運用戦略を立てることができる。機器プロファイルもメーカー混在環境に対応し、機材特性をシミュレートしながら最適な周波数を導き出せる。

1人が情報を更新すればタブレットやPCの表示も即座に更新され、情報のずれによるミスを防ぎ、チーム全体の意思決定を速める効果があると、現場での豊富な経験から西脇氏は語った。

ワイヤレスマイクの運用は電波法の枠組み内で行われる

第2部は、一般社団法人特定ラジオマイク運用調整機構(特ラ機構)の甲田乃次氏が、特定ラジオマイク(ワイヤレスシステム)を取り巻く制度と、周波数環境の変化についての説明からスタートした。

電波法は、電波を公平かつ能率的に利用し、公共の福祉を増進することを目的とする基本法であり、特定ラジオマイクもこの枠組みの中で運用される。

一般社団法人特定ラジオマイク運用調整機構 甲田乃次氏

現在、特ラ機構では無線局免許の電子化、ローパワーデジタル運用、WMASの制度化、新たな周波数資源の確保が主なテーマになっているという。

中でも、WMASについては、総務省が制度化に向けた検討を進めており、電波法やARIB標準への追記作業が進行していることが説明された。2027年夏頃までに一定の方向性をまとめることを目標としている。

次世代ワイヤレスマイクシステムSpecteraの技術概要

最後に、WMAS技術を活用した次世代ワイヤレスシステムSpecteraが紹介された。従来の方式(ナローバンド方式)では、マイクやイヤーモニターごとに1つの周波数を割り当ててきた。

それに対してSpecteraは、6MHz幅のワイドバンドを使って複数の音声信号と制御信号を双方向にやり取りできるWMASを使用し、大きくシンプル化した。

WMASは「ワイドバンドの電波を使用したマルチチャンネル音声伝送システムを指す規格・技術」の総称である。したがって、他社はWMASを活用しながらも全く異なるアプローチを取っている。

青色は既にWMASを制度化した国々、日本もまもなく制度化される予定だ

Specteraは、TDMA、TDD、OFDMといった既存の無線技術を組み合わせることで、多数の音声信号を効率よく伝送している。

Specteraの無線技術TDMA、TDD、OFDMの概念図

TDMA(Time Division Multiple Access)とは、時間軸をタイムスロットという単位に分け、各スロットに異なる音声チャンネルを割り当てる方式で、スロット数を変えることで、音質やレイテンシーを調整できる。

TDD(Time Division Duplex)は、送信と受信を時間的に切り替えることで、同じ周波数での双方向通信を可能にする技術であり、これによってマイク信号の送信とイヤーモニター信号の受信、さらに制御信号のやり取りを行える。

OFDM(Orthogonal Frequency-Division Multiplexing)は、帯域中に多数のサブキャリアを配置してデータを送る方式で、反射波やマルチパスの影響を受けやすい会場でも安定した受信を実現しやすくなるとのこと。

そして、もう一つの重要な仕組みがサイレント・スロットである。

これは、TDMAによって分けたタイムスロットに、システム全体で電波を出さない時間を設け、各デバイスが周囲の電波環境をスキャンする仕組みだ。

ナローバンド方式では常時電波を出し続けているため、干渉波が入っても、その周波数や強度を明確に判定することが難しかった。Specteraでは、デバイス自体が干渉を検知できるため、個々の機器が電波環境を把握するセンサーとしても機能する。

Specteraの機器構成

Specteraの主要な構成要素は、ボディパック型送受信機、ハンドヘルド型送信機、ベースステーション、アンテナである。

2024年のInterBEEの会場でお披露目されたワイヤレスソリューション「Spectera」

ボディパックは、マイク信号の送信とイヤーモニターの受信の両方を担う。イヤホンアンプは、接続された製品のインピーダンスを測定、適切にマッチングする機能を持つ。

駆動時間は、マイクとイヤーモニターを同時使用で約5時間、イヤーモニターのみで約6時間、マイクのみで約7時間とのこと。

ハンドマイクは、他の同社のワイヤレスマイク同様、カプセルの取り外しが可能で、SENNHEISERとNEUMANNのカプセルから選択できる。

ベースステーションは、1Uサイズで最大64チャンネルの送受信を処理する中核機器である。電源はリダンダント設計となっており、プロ用途に求められる信頼性を確保している。

オーディオ入出力はDanteを標準搭載し、プライマリ、セカンダリ、リダンダント構成に対応する。アナログ入出力は搭載せず、必要に応じてMADIオプションポートを使用する。

MADIは0.1msec以下の低遅延で伝送できるため、厳密なレイテンシー管理が必要な現場に適している。先ほども述べたようにデジタルワイヤレスではシステム全体の遅延が重要になるため、DanteとMADIを用途に応じて使い分けられるのは大きな利点である。

アンテナの根元に送受信機を配置するというアイデア

個人的に素晴らしいアイデアと感じたのはアンテナだ。従来、アンテナは同軸ケーブル接続で、RFの送受信回路は本体にあった。そのため、同軸ケーブルを引き回す際、伝送ロスを計算し、適所にアンテナブースターを設置する必要があった。

しかし、Specteraは、PoEで動作する送受信回路をアンテナに内蔵したことで、LANケーブルでベースステーションに接続する。これにより約100mまで延伸でき、必要に応じて光変換を使えば1kmを超える長距離の引き回しも可能となった。

ベースステーションのアンテナ・ポートは4端子あり、それぞれにRF1キャリア、RF2キャリア、常時スキャニング用アンテナといった役割を割り当てることができる。なお、RF1とRF2を使ってシステムを構成すると、12MHz幅となりデータ量を増やすことができ、より高音質、より低遅延、またはより多くのチャンネルを扱うことが可能になる。

Specteraは最大96kHz/24bitの非圧縮伝送から、SENNHEISER独自のオーディオコーデックSeDAC、一般的なコーデックOPUSといった圧縮方法も選択肢として用意されている。トーク用途ではOPUSでも十分な音質が得られ、音楽用途ではより高音質・低遅延の設定を選べばよい。

各オーディオ・リンク・モードの設定で、音質やレイテンシーが変化する。8チャンネル使用で、PCM(96kHz/24bit)、レイテンシー1.0msecが最高となる

Specteraは専用のWeb UIにより、ブラウザベースでシステムを管理できる。ペアリングは特徴的で、ボディパックは電源を入れただけでは電波を出さず、ベースステーションからの信号を受けて初めて送信を開始、受信できなくなると自動的に解除される。

Specteraの今後の展望

Specteraは、単体のワイヤレスシステムではなく、現場全体の制御基盤の一部として活用できる可能性を持つ。SoundBase上でもSpecteraのモニタリングとコントロールが可能である。ログ機能もあり、リハーサル時に記録しておけば、後から問題が発生した箇所を追跡でき、トラブルシューティングや次回以降の運用改善に役立つ。

特ラ機構より紹介された電波制度の動向は、ローパワーデジタルの運用、WMAS制度化、新周波数帯の確保はいずれも、今後のプロオーディオ現場に大きな影響を与えるテーマである。その中でSpecteraは、6MHz幅のワイドバンドを使ったWMASにより、オペレートの負担を大きく削減する可能性を示した。

SoundBaseやWeb UI、APIを通じて統合管理できる仕組みは、従来のワイヤレス運用の考え方を大きく変えるものである。

現在、多くの国でWMASが制度化され、すでにSpecteraが多くの現場で活用されている。日本ではもう少し時間が掛かりそうだが、WMASが使用される未来、Specteraはワイヤレスマイクのゲームチェンジャーになりうる製品である事を実感したイベントであった。

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