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『続・太鼓判ハイレゾ音源はこれだ!』#1 - 角松敏生『Forgotten Shores』徹底研究【中編】

公開日 2025/07/25 12:00 西野正和
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『続・太鼓判ハイレゾ音源はこれだ!』第1回 その2

角松敏生 『Forgotten Shores』 徹底研究【中編】
〜音圧問題に終止符か?! 世に出た作品こそが音楽だ!

角松敏生 『Forgotten Shores』 48kHz/24bit

 

これは角松敏生氏によるオーディオ・セミナーなのか!

“好きな音楽を、もっと良い音で聴きたい!” がオーディオ道の出発点であるならば、作品のより深いところへアクセスできる鍵はアーティストの真意を知ることなのかもしれません。

オーディオ的に様々な学びがある角松敏生氏からのメッセージたち。音楽を聴き楽しむという原点を再認識できる重要な情報の数々は、素晴らしいサウンドとの出会いとオーディオ道探求の刺激になること間違いなし。

以下のような3部作で、角松氏のコメントを元に 『Forgotten Shores』 を徹底研究していきます。公開済みの前編と合わせて、どうぞ最後までお楽しみください。

『続・太鼓判ハイレゾ音源はこれだ!』第1回
【前編】 オーディオ界の知らない最新音楽制作の真実
【中編】 音圧問題を斬る(今回)
【後編】 ハイレゾで聴く意義がここにある

 

アーティスト側とオーディオリスナー側とで、根本的に異なる音圧への考え方。今回の【中編】では、アーティストの真意を知ることで、音圧問題を考察していきます。

 

【中編】音圧を斬る! アーティストの想いと、リスナーの想い

オーディオ好きは音の余白を楽しむ傾向があります。歌声の実在感はもちろん、各楽器の隙間から奥行きや空間を感じ、シンバルやコーラスの余韻に酔いしれる。そういう意味では、音圧 = レベルは突っ込まないでほしいと常に願うのです。

ではなぜ、昨今の音楽作品はギリギリまで音圧を高め、レベルを突っ込んだ仕上がりの作品が多いのか? 繊細な音の表現を追求して開発されたスピーカーやイヤホンで聴くと、音が割れたように感じたり、痛い音に思えたりしてしまうケースもあります。

角松氏のコメントから、アーティストの音圧への考え方を詳しく知ることができました。これにはぐうの音も出ず、音圧を下げてほしいというオーディオマニアの願いは絶対に叶わないと痛感した次第です。今後はリスナー側の方で、音圧に対する考え方を変えていくべきなのでしょう。

世に出た音圧が、きっとその音楽という創造物が誕生する際に望んだ音量感なのです。音圧を上げる or 下げるといった、どちらが正解か論争ではなく、“その音圧含めて音楽なのだ” と理解して楽しむという方向へ考えを切り替えるというのはどうでしょう?

音楽がその音圧で生まれたのなら、いかにその音圧を良い音で聴けるかという腕磨きに注力しようではありませんか!ピュアでHi-Fiなオーディオが真の意味での上位互換を目指すなら、どんな音圧の音源であろうと素晴らしいサウンドで鳴らしてこそ本物だと言えるのです。

とはいえ、角松氏の言う “ミックスダウンしたばかりの音を、軽くEQしただけでトータルコンプを一切かけていないナチュラルマスタリングテイク” というのを、ヨダレが出るほど聴いてみたいですよね、皆さん!

 

角松氏にとって「音圧」とはどうあるべきか?

── 『Forgotten Shores』 は、オーディオマニアが聴くには音圧が高めだと感じました。オーディオマニアが好むスピーカーやイヤホンは繊細な表現を得意とする機種が多く、音圧が高めの作品だと音再現が破綻する傾向があるためです。

とはいえ、角松作品を聴く多くのファンの皆さまの試聴システムを考えると、音圧高めは良い音と感じる近道であるというのも理解しております。

高めの音圧によって得られるもの、失うもの。角松さんの現状での音圧についてのお考えを、お聞かせいただければ幸いです。

角松氏良い質問です。

音圧、つまりレベルに関してはアナログ時代からずっと悩み続けてきた課題でもあります。

オーディオマニア向けのこの誌面には相応しくないですが、私はマニアのことは考えていません。特にこの時代だからです。

オーディオマニアは今や少数派です。そこに特化した作品を提供する時間も予算も現在持ち合わせていません。もちろん、僕自身のこうあるべきという理想はありますが、キリがありません。また、良い音とは何か? という命題も今や無意味です。

なぜなら大衆は音楽を様々なアウトプットで自分の好みに合わせて消費します。何にリファレンスを置くかということが不透明、不確実な時代です。

そんな中、最もこだわるべきなのは音量だけです。

どんなに精密精緻に制作したとしても、その価値を100%読み解いてくださるお客様はそうはいません。とにかく、今は配信などを同時に行わなければ、まずもってして情報が行き渡らない。知名度の高い方々はそんなことを気にしない方もいるかもしれませんが、僕のように何かしらずっと細々と頑張らないといけない者にとっては、そういう一つ一つが大切です。

配信などの場においては、有象無象全ての音楽が並列に並びます。音楽の質に対しての好みは相対的なものなのでさておき、やはり基本的にその時の「聴こえ方」が非常に重要です。やはり、音が大きい作品に比して小さかったら「負け」なのです。

クラシックなどの分野は別として、最近の若い人たちは「歪み」に対して寛容だと思います。我々世代にとっては、歪みはあってはならないものでしたが「歪み」に対して一定の価値が付加される現代の大衆音楽シーンにおいては、ある一定の「音のデカさ」は必要不可欠であると考えています。

しかし、私のようにバックトラックの音数が多かったり生のドラムの繊細さを表現したい作品において、音量を稼ぐのは至難の技です。

音圧が高すぎるとおっしゃいますが、これでも足りないくらいです。あと2dBは上げないと、若い人たちの常軌を逸した音圧には敵いません。それでも音圧においてギリギリの存在感を維持しながらハイファイ感を残すことに腐心しています。

あなたのようなオーディオマニアは、ガッツリ作品に向かって聴いてくださる希少な存在なわけですが、そういう方じゃないと逆に音圧が高すぎるなどとは言ってくれません(笑)

 

正直を言えば、僕がスタジオでミックスダウンしたばかりの音を、軽くEQしただけでトータルコンプを一切かけていないナチュラルマスタリングテイクを聴いていただきたいものです。非常に細かいところまで良く聴こえますよ。「良い音」 です。

しかし、それを通常の市場にアウトプットした時、しょぼくて聴けませんよ(苦笑)。でも実はいい手があるんです。そう、聴き手がボリューム上げてくれればいいんです(笑)

しかし、皆さん、そんなことはしませんよね? 結果、ボリューム上げてくれたとしても、最初に聴いた時の 「ちっちゃ」 という印象は消えません。そういう人間の心理に立ち向かう時、どれだけ音量を突っ込めるかが肝なのです。

例えばボリュームノッチが同じ10という値で他の作品と比して音量がどう聴こえるか、それが勝負です。実は昔のアナログ時代から腐心し続けてきたことです。

今や、配信、YouTubeなど、音や音量の基準がめちゃくちゃですからね。「でかい音が良い音」つまり「目立つ」ということになってしまう傾向は仕方のないことだと思います。

しかし、配信やCDでブッこめる音量には限界がありますのでね。僕みたいな音楽がどうやってそこに切り込んで行けるのかをいつも考えています。ちなみに歌とギターだけみたいな作品だったらバカでかくできますがね(笑)

また生のドラムはピークがあるのでプログラミングドラムにはどうしても負けます。それを歪まないように、あそこ(直近の私の作品)まで持っていくのはなかなか至難です。

ご理解いただけましたでしょうか? おっしゃることはもっともなのです。

しかし、そういった様々な理由で音圧をあげる所作を施した作品を「音の破綻」と呼ぶのは、失礼を承知で申し上げるならば、少々独善的すぎるかとも思います。こんな世の中で 「音楽で飯を食っていかなければならない者」 としての矜恃は様々なのであります。

ただ、最終リファレンスは、高価なスピーカー、高価なイヤホン、廉価のスピーカー、廉価のイヤホン、果てはコンピューター付属のスピーカーなど様々な機器でチェックはしております。なので、そういう腐心をご理解していただいた上で、高価なオーディオに向かいあっていただけるなら オーディオマニアの方々にも一応、聴ける作品にはなっているかと思います。

しかし、聴き手が爆音のリスニングルームである程度しかるべきオーディオ機器で聴いてくださるならば、こんなに有り難いことはないのですがね。聴く人、全員が!ですよ?(笑)

そうすれば作品創りも不自然な音圧に拘らずにより自然で楽しいものになるのですがねぇ……

(後編につづく)

 


筆者プロフィール

西野正和(にしの まさかず)
オーディオ・メーカー株式会社レクスト代表。YouTubeの “レクスト/REQST” チャンネルでは、オーディオセミナーやライブ比較試聴イベントを配信中。3冊のオーディオ関連書籍 『ミュージシャンも納得!リスニングオーディオ攻略本』、『音の名匠が愛する とっておきの名盤たち』、『すぐできる!新・最高音質セッティング術』 (リットーミュージック刊) の著者。アンソニー・ジャクソン氏や櫻井哲夫氏など、世界トップ・ベーシストのケーブルを手掛けるなど、オーディオだけでなく音楽制作現場にも深く関わり、制作側と再生側の両面より最高の音楽再現を追及する。

 

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