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Presented by Qobuz

『続・太鼓判ハイレゾ音源はこれだ!』#1 - 角松敏生『Forgotten Shores』徹底研究【前編】

公開日 2025/07/18 12:00 西野正和
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『続・太鼓判ハイレゾ音源はこれだ!』第1回 その1

角松敏生 『Forgotten Shores』 徹底研究【前編】
〜安直な模倣品と熱い創造物とでは、心を動かすエネルギーの “棚” が違う!

角松敏生 『Forgotten Shores』 48kHz/24bit

 

あのハイレゾ音源レビューが復活!

帰ってきた太鼓判ハイレゾ音源!

2013年から2024年まで、音楽配信サービス「e-onkyo music」にて10年間続いたレビュー記事『厳選 太鼓判ハイレゾ音源はこれだ!』 。取り上げた太鼓判ハイレゾ音源たちがチャート上位を賑わしたという伝説の人気連載でしたが、e-onkyo musicから「Qobuz(コバズ)」へのサービス移行に合わせて終了しました。

このたび応援いただく皆さまの声を受け、Qobuzご協力のもとファイルウェブの特別企画として、こうして帰ってまいりました。本当にありがとうございます。

続編となる本連載のスタートは、とってもスペシャルな内容。アーティスト角松敏生氏ご本人による長文回答を、完全掲載でお届けします。最新の音楽制作状況の解説や音楽との向き合い方、そしてアーティスト自身の心情など、これらの重要な情報たちは、確実に有償オーディオ・セミナー級です!

ハイレゾ音源レビューという枠を軽く超えた学びの多い大特集ですので、どうぞお楽しみください。

角松敏生氏からの回答は、テキスト量がなんと約7000文字!

シティーポップ流行に乗って量産される新譜の数々。情熱や魂の感じられない模倣品からは、あの頃の震えるほどの衝撃が得られません。安直な模倣品と、アーティストの生き様や歴史、熱量までも記憶した創造物とでは、リスナーの心を動かすエネルギーの “棚” が違うのです。

私が1983年から愛聴し続けるアーティスト、角松敏生氏。その新譜 『Forgotten Shores』 からは、ほとばしるアーティストの情熱と魂が一聴して感じられました。あの頃のまま? いや、違う。流れるスピリットだけが共通で、音楽として全てが新しく構築されている素晴らしさ!

そこで私が感じた想いや疑問を、オーディオ好きの皆さまを代表して角松氏にぶつけてみることに。

嬉しいことに、角松氏ご本人より詳細な回答が。しかも約7000文字という膨大なテキスト量(笑)! これはもう、全文掲載しかありえないでしょう。

以下のような3部作で、角松氏のコメントを元に 『Forgotten Shores』 を徹底研究していきます。大ボリュームですがオーディオ的に超重要情報を含みますので、どうぞ最後まで読破してみてください。

『続・太鼓判ハイレゾ音源はこれだ!』第1回
【前編】 オーディオ界の知らない最新音楽制作の真実(今回)
【中編】 音圧問題を斬る
【後編】 ハイレゾで聴く意義がここにある

 

【前編】オーディオ界の知らない最新音楽制作の真実

他のインタビュー記事とはカブらない “ハイレゾ目線” での 『Forgotten Shores』 徹底研究。その質問と回答の全記録です。

【前編】では、ミックスとマスタリングの観点から、従来の音楽制作現場とはガラリと変わってしまった音楽誕生までの最新過程を学びます。

角松氏は、その長いキャリアから得た膨大な経験値を武器に、今もなお走り続ける超現役アーティスト。音楽活動の歴史に裏付けされた、他では知ることのできない貴重な情報の数々。

録音物の商品価値が激変し、音楽制作における予算や納期の考え方が、この10年だけ考えても一変してしまいました。アーティストが生き残って新たな音楽創造を継続するためには、従来の手法を破壊して、新たな変革と改良で変化し続けることが必要です。

角松氏がミックスダウンの羅針盤とした “直感” とは? その先に見えたサウンドとは、いったい!?

第一線の現場に居る角松氏の解説から分かるのは、私を含めたリスナー側が音楽制作の現状について浦島太郎状態であったということ。かなり刺激的な内容ですので、覚悟のうえ読み進めてください。

 

角松敏生氏ご自身が、ミックスとマスタリングを手掛ける理由とは?

── 1985年のアルバム『GOLD DIGGER』では、エンジニアにマイケル・ブラウアー氏の起用というファンにとって夢のようなサウンド体験でした。

2016年の『SEA BREEZE 2016』では、1981年デビュー作のアナログマスターを用いた現代化、しかもエンジニアは当時と同じ内沼映二氏というのに心底シビれました。角松作品でエンジニアの重要性を学んできたリスナーも多いことと思います。

本作『Forgotten Shores』では、角松さんご本人がミックスに加えマスタリングまで手掛けたことに非常に興味を持ちました。ご自身のエンジニアとしての自己評価や、サウンドの特徴、アーティスト自身がエンジニアリングする強みなどお教えいただきたいです。

角松氏昨年から3作連続でリリースしたコンテンポラリー・アーバン・ミュージックシリーズでは私自身がミキシング及びマスタリングに携わっております。最大の理由は簡潔です。時間の節約です。

今の世の中はどうなのかわかりませんが、自分のような制作方法で録音商品を制作する際、ミキシング及びマスタリングは最も重要な工程であると考えています。そしてそれは通常専門家にお願いするのが基本です。

作業は入念でそれなりに時間を要します。ミキシングエンジニアやマスタリングエンジニアと何度もキャッチボールをすることで練り上げられていくわけですが、そのような過程でかなり迷宮に嵌ることもしばしばあるわけでしてね。そのやり取りでかなり時間を食ってしまうことも多々あります。

昨年からの連作は、リリースとライブツアーを上手いタイミングで連動させるという目標があったので時間的制約がかなりあったのです。ですから、いつものようにエンジニアの皆さんとやりとりしながら作業するとなると、かなり時間的にも体力的にもキツくなる。

そこを乗り切る手段として、自分自身がミックス、マスタリングを手掛けることにしました。結果的に時間は乗り切れましたが体力、精神的な疲弊は相当でしたが(苦笑)、何より、ほぼ計画通りのリリースができたことが1番の収穫でした。

自分で創ったものを最後まで自己の責任において完結させるということですね。バンドと違って僕のように一人で作詞作曲編曲プログラミングをする人は、結局その到達点の絵をその個人だけが「解っている」わけですから、できるならそういう形でやることは後悔のない方法かもしれません。しかし間に「人」を介することで偏ってしまうことを防止して客観性を得ることも大事なことであることを忘れてはいけないのも事実です。

ただ、幸い私は長い年月ミキシングやマスタリングを国内、海外の名手と一緒に作業する機会に恵まれてきましたので、間近でそのノウハウを記憶、吸収してまいりました。ですから、ミックスやマスタリングに関して一定の知識や技術を持つこともできました。その技術は制作過程での仮ミックスや仮マスタリングの時などに活用して完成系への道標にするなど非常に役立ちました。

しかし完成原盤の制作となると、やはりミックスやマスタリングは専門エンジニアの聖域であるという思いがありましたので、最終的な納品原盤に関してのそれらの工程は自分的にはアンタッチャブルでした。そういった考えはある意味正しいとも言えるし、今の時代においては柔軟さを欠いた強硬な考え方であるということもあるかもしれません。

実際、プログラミングが中心のデスクトップミュージックが主戦場である現代の音楽制作シーンでは、最終的な納品原盤を創るクリエイター達が立ち上げからミックス、マスタリングまで手掛けるということは国内外でも珍しいことではありません。

昔ながらのサウンドエンジニアがコントロールする巨大なアナログコンソールが必要とされない時代です。私なんかは、そういうスタジオで昔のように思う存分時間をかけてエンジニアと練り上げたいという思いはありますが、ご存知のように記録音源商品の市場形態や市場価値が昔とは全く違う。私はそんな予算や時間があるような屋台ではないのでね(笑)。ある意味中小企業ですから、自分が生き残ってやり続けるためには常に、努力や改変が必要です。ただし、40年以上もやってきた経験や知見は宝なので、それらを可能な限り活かして今のメソッドと両立させることの大切さも忘れないでいたいと思います。

現在はデスクトップによる音楽制作環境においても秀逸なプラグインが多く、かなり進化を感じます。ただそれらの多くが基本的に大昔のコンプやリバーブのシミュレーションであることが笑えます。音楽制作における、音の方向や「感じ」というのかな、そういうものは、もう、70年代、80年代に完成してしまっていて、それらが現代にも円環構造的に繋がれていると感じてしまいます。

アナログミックスにおいて使用していたアウトボードの機材がプラグインソフトとしてコンピューターのディスプレイに映し出されると思わず「懐かしいーこの実機を俺ら使ってたんだよなぁ」なんてね、50代から上のレコーディングエンジニアやアレンジャー諸氏は誰もが感じていることでしょう(笑)

まぁでも、そんな最新機器と首っ引きで向かい合って制作に没頭するのはある意味、刺激的で楽しくもあります。背中や腰、そして目には最悪ですが(苦笑)

出来上がった作品は概ね満足はしています。しかしアナログコンソール時代はミックスもある意味ライブな一期一会感がありましたが、今は何度でもセーブしてリトライができるのでね。キリがない。結局どうすりゃいいんだということになります。

そんな時僕が思い出すのは、昔からお世話になってきた日本を代表する名エンジニア内沼映二さんのことです。彼とは何枚ものレコード、CDを一緒に創ってきました。そこで学ばせていただいたことは本当に宝物です。

内沼さんはミックスが手早いことで有名です。通常ミックスに入るとエンジニアによって違いますが、長い人は1曲10時間以上かけます。しかし内沼さんは4時間くらい、早いと3時間くらいで仕上げてファーストミックスを聴かせてくれます。それも素敵なクオリティーなわけです。早いというのは、何につけ有り難いものです。

内沼さんは何故こんなに仕事が早いのだろうと、いつも思ってきたのですが、様々な理由はあると思いますが、やはり直感的だからだと思うのですよ。

ああでもない、こうでもないと試行錯誤するのではなく、一聴して、この楽曲はどうあるべきか、クライアントがどうしたがっているかをご自身の直感で判断して無駄なく進めるのではないか? そのセンスが秀逸なのだ、そう思ってきました。

だから、今回は自分の作品を自分でミックスするのだから僕も直感でやろうと思いました。もうやりたいことは見えていますからね、その直感に従ってやればいいだけです。

もちろん本人が感じる直感なので到達点の形がよりリアルですから、逆に音作りが難しくなることもありますが、あれこれ迷わずに「これでいいや」と思うことが大事なのです。

音を聴く、勝手に手が動く、そんな感じで仕上げていきました。何しろ自分の作品なのでね。失敗したら自業自得、テメェの尻はテメェで拭け!という精神で臨みましたよ。原盤も自分で金出しているわけですから、誰にも文句は言わせない(笑)。残る結果で良し悪しを被るのは僕一人だけ。そういう覚悟でミックスしましたよ(笑)

(中編につづく)


筆者プロフィール

西野正和(にしの まさかず)
オーディオ・メーカー株式会社レクスト代表。YouTubeの “レクスト/REQST” チャンネルでは、オーディオセミナーやライブ比較試聴イベントを配信中。3冊のオーディオ関連書籍 『ミュージシャンも納得!リスニングオーディオ攻略本』、『音の名匠が愛する とっておきの名盤たち』、『すぐできる!新・最高音質セッティング術』 (リットーミュージック刊) の著者。アンソニー・ジャクソン氏や櫻井哲夫氏など、世界トップ・ベーシストのケーブルを手掛けるなど、オーディオだけでなく音楽制作現場にも深く関わり、制作側と再生側の両面より最高の音楽再現を追及する。

 

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