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オクタヴィアレコードの江崎友淑が録音を担当

川井郁子の新作アルバム『響 -HIBIKI-』。和楽器と西洋楽器を組み合わせた録音アプローチを探る

公開日 2023/03/29 07:00 山之内 正
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和楽器と西洋楽器を柔軟に組み合わせる「オーケストラ響」の録音アプローチ



ジャンルの垣根を超えて活躍するヴァイオリニストの川井郁子が新作『響 -HIBIKI-』をリリースした。昨年自ら創設した「オーケストラ響」のデビューを飾る重要なアルバムで、前例のない録音アプローチがもたらす新鮮なサウンドはオーディオの視点からも注目すべき点が多い。

『響 ―HIBIKI―』川井郁子 in オーケストラ響(IK Labels、KCD-00003、3,300円/税込)

録音を手がけたのはオクタヴィアレコードの江崎友淑。同レーベルのEXTONスタジオで行われた最終ミキシングの様子も交えながらアルバムの聴きどころを紹介しよう。

EXTONスタジオでミキシングを行った。左から江崎さん、川井さん、皆川誠志さん(オクタヴィアレコード)

「和洋楽器それぞれの音色から生まれる化学反応を目指す」



オーケストラ響は、川井郁子デビュー20周年を記念して2022年にオーチャードホールで行われたコンサートで活動をスタートさせた。和楽器と西洋楽器を柔軟に組み合わせることでこれまで体験したことのない響きを目指していることが新しい。

川井郁子さんのヴァイオリンはシンプルなマイク配置で収録

ミキシングに立ち会った川井さんに今回のアルバムの狙いを聞いてみた。「和洋楽器それぞれの音色から生まれる化学反応を目指しました。これまでも和楽器をエッセンスとして使うことはありましたが、ここまでガッチリと融合させるのは初めてです。昨年のライブコンサートで良い演奏ができたので、その成果を活かして録音に取り組みました」。

セッション録音で収録したオリジナル曲を中心に全10曲を収めているが、ボーナストラックとして昨年のコンサートで演奏された2曲も入っているので、両者を聴き比べる楽しみがある。オクタヴィアレコードの江崎さんによると、もみじホール城山とキラリ☆ふじみで収録したセッション録音では、マイクの総使用本数は150本にも及んだという。

EXTONレーベルの場合、大編成のオーケストラ録音で50本程度というから、その3倍に相当する。マイクが増えたのは、オーケストラだけでなく複数の和楽器それぞれに独立してメインマイクとスポットマイクを使用したためで、編集プロセスではコンピューターが過負荷で止まらないか、ハラハラしながら作業を進めたとのこと。そこまでトラック数が多いと暗騒音が重なって定在波が発生するなど課題が増えるが、低周波のカットを最小限に抑えるなど、信号処理に工夫を凝らし、臨場感の確保を目指したという。

収録風景。尺八の小湊昭尚さんと収録チーム

左から川井郁子さん、小湊昭尚さん(尺八)、江崎友淑さん。背後に大太鼓(左)と和太鼓(右)が見える

ミキシングの最終段階を見学。調和と緊張が拮抗し新鮮な響きが生まれる



筆者が見学したときには、特定の和楽器と他の楽器とのバランスの微調整など、ミキシングの最終段階を迎えていた。バランスを追い込むことで、箏、鼓、尺八、琵琶、太鼓などさまざまな和楽器の独奏とヴァイオリンが絶妙に溶け合い、精妙な空気が漂う。これまで聴いたことのない新鮮なサウンドがスタジオ空間を満たし、幽玄な響きに身を浸すことができた。

EXTONスタジオでのミキシング風景

川井さんによると、以前は和楽器の音程や音色を西洋楽器と調和させるのは難しいと感じることが多かったそうだが、いまは五線譜に書かれた楽譜を正確なピッチで演奏する和楽器奏者が増え、ヴァイオリンなど西洋楽器と違和感なく調和する響きを引き出せるようになったという。とはいえ音色や音の立ち上がりなどに根本的な違いがあるので、調和と緊張が拮抗して新鮮な響きが生まれるのだろう。

複数の独奏楽器とオーケストラを独立して収録しているにも関わらず、サウンドステージには一体感があり、余韻は前後左右だけでなく上下にも広がって文字通り3次元に展開する。メインマイクとスポットマイクの距離を正確に測り、タイムアラインメントを厳密に合わせることによって、ホールのステージを彷彿とさせる立体的な音場を再現しているのだ。この立体的な空間表現も本アルバムの重要な聴きどころの一つだと思う。

和太鼓にはDSD11.2MHzでなければ録れない深い超低音も含まれている



和太鼓の力強く深々とした超低音、そして能管(のうかん)や篳篥(ひちりき)の浸透力の強い高音は、オーディオファンに注目してほしい重要な聴きどころだ。江崎さんは録音と再生の難しさについて次のように語る。「和太鼓はDSD11.2MHzでなければ録れない深い超低音を含んでいるので、正確に再現できるようにぜひチャレンジしてください。能管は篠笛よりも高い音域で強烈な音圧を出す楽器です。音圧が大きすぎて、普通のレベルで録ったら全部オーバーになってしまうので、マイナス20dBのPadを入れてレベルオーバーを抑えました」。

藤舎推峰さんが演奏する篠笛をどのスポットマイクで録音するか、検討中の様子。手前に置いているのが能管

ちなみに能管の音圧の大きさは西洋楽器ではほとんど例がなく、大太鼓の強打に匹敵するほどだという。その鋭く力強い高音もオーディオシステムにとって難しい課題の一つになりそうだ。

アルバム最大の聴きどころは、演奏の集中度の高さと高度なアンサンブルである。どの曲からも伝わる密度の高いサウンドの秘密はどこにあるのか。「全員が川井さんに寄り添って演奏しているからだと思います。川井さんの頭のなかのイメージが全部伝わっている感じですね。そして、川井さんの拍の感覚が素晴らしい!次の小節の一拍目に飛び込まず、拍のギリギリまで音を保つ。これ、誰でもできることじゃないんです」と江崎さんが解説してくれた。

川井さんからは「贅沢な方法で録音していただき、こちらこそ感謝しています。これまでと全然違う新鮮な響きをぜひお楽しみください」というメッセージをいただいた。

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