最高の“録り音”を得るための試行錯誤 − F.I.X. RECORDS「Pure2」制作現場レポート(4)

岩井 喬
2011年06月07日
『Pure2』録音現場レポートもこれで最後となる。今回はSuaraさんをはじめとした『Pure2』立役者の方々への「インタビュー編」レポートに加え、本頁にてオーバーダビングからミックスダウンまでの流れについてを追って行きたい。

前回のレポートで、一発録りについてをお伝えしたが、オーバーダビングとしてはSuaraさんのボーカル、ホーンセクション、フルート、ヴィブラフォンといった楽器の個別録音が行われていた。メンバーのスケジュールやスタジオのブース状況などを鑑みて、ベーシック録音とは別日とされることが多いが、広いスペースを単独の楽器、もしくはアンサンブルなどで占有することで、より大きな音場の広がり感も同時に得られるのである。

「旅立つ人へ」録音に向けてのリハーサルでの一枚。冒頭のミュートされたピアノの音を出すため、ドラフティングテープを弦に貼りながら指で押さえるShuntaroさん

「旅立つ人へ」でのピアノマイキング。立てられているのはメジャーなコンデンサーマイク「AKG C414EB」。ミュートプレイのため譜面台が使えないので、楽譜は響板へ貼り付けている


「旅立つ人へ」冒頭、パーカッションを叩くような音が入っているが、実はウッドベースを叩く音なのである。録音へ向け、竹下欣伸さんが練習しているショットだ

 「旅立つ人へ」録音中のショット。コントロールルームからShuntaroさんを狙っているが、冒頭でのミュートプレイの最中である
日本におけるボーカル録音については、ほとんどの場合、オーバーダビングの方式が採用されている。一番フィーチャーされることが多いパートでもあるので、より厳密にテイクを重ね、完成度の高い部分を繋げて最終形を作り上げることが主流となっている。加えてボーカリストがより集中しやすいよう、別日にしておくという理由も存在する。

この『Pure2』においてはそうした定型のスタイルとは違い、現場の状況次第でアレンジさえ変わってしまうほど柔軟性に満ちたセッションであり、各ミュージシャンの技量の高さを窺えるものであったが、オーバーダビングでは数の少ないヴィンテージ・マイクを積極的に活用できるというメリットもある。そのため、ボーカル録音の際は楽曲のアレンジや楽器構成にマッチしたサウンドが得られるマイクの候補をその都度あげて、実際に歌入れをしながら使うマイクを決定したという経緯もある(最終的に「キミガタメ」では「RCA 44BX」、「Tears to Tiara − 凱歌 −」では「RCA 77DX」、「夢であるように」では「ノイマンU47 Tube」、「旅立つ人へ」では「ノイマンU87Ai」がボーカルマイクとして用いられた)。

ボーカルダビング中のSuaraさん

「星想夜曲」のボーカルダビング中のコントロールルーム内の様子。静かにSuaraさんの歌声をチェックしている


「キミガタメ」のボーカルで使用された「RCA 44BX」。ガムテープで留められているのはハムノイズを止めるためのアース線だ

ボーカル録音中はいくつかのマイクを準備し、楽曲へフィットするものを選んでいた。画像は「星想夜曲」中のもので、採用されたのは手前に映る「ベイヤーダイナミックM500」である
昨今のレコーディングの現場ではProToolsのプラグイン・ソフトの手軽さも相まって、録音されたあとの音に対し、あれこれと調整して目的とするサウンドへまとめ上げる場合が多々見受けられる。しかし、今回のレコーディングエンジニアである橋本さんも含め、アナログ全盛期の時代を経験しているレコーディングエンジニアの皆さんの多くは“録り音”が良くなかったら、あとで何をしても駄目だということを強く仰られる。

橋本さんもご自身が立ち上げから関られて、隅々まで熟知されているはずの「スタジオ・サウンド・ダリ」であっても、録音する日の天候や気温、湿度。楽曲に合わせた音を得るために各楽器をどこに配置しなくてはいかないか、そしてその音を収録するマイクはどれが最適なのか。その条件は常に変わってしまう。橋本さんは「レコーディングエンジニアも飛行機のパイロットと同じで、どれだけ現場の経験があるかだね」ということをセッション中、話されていた。録り音にイコライザーやコンプレッサーをかける前に、可能ならば楽曲にマッチした楽器そのものを交換してもらうか、マイクのセッティングをし直す、もしくは別のマイクへ変更する。そうした積み重ねの上に、最高の音質を持つ素材ができ上がるのである。

ブックレットには「スタジオ・サウンド・ダリ」におけるベーシック録音時のマイクセッティングが一曲ごと詳細に記載されている。どんな楽器をどういうマイクアレンジで録音したかを読み解く鍵となろう。なおマイクの型名は略称となっているので、正式な型名については「ダリ」のホームページをご確認いただきたい

オーバーダビングが終わり、必要な“素材”が揃った段階でマルチトラック・レコーダーを使った録音作業が終了する。この後は複数のトラックへ収められたギターやベース、ボーカル、ドラム(キックドラム、スネア、シンバル系を含めたトップは各々個別に収録)をステレオの環境で聴く場合に最適な音量、音質バランスに整え、でき上がったものをステレオ・マスター・レコーダーに落としこむ作業を“ミックスダウン”と呼んでいる。

ミックスダウン中のコントロールルームの様子。ディレクターデスク上には一般的なオーディオシステムでどのように聴こえるのかを確認するため、「パイオニアPDX−Z10」、「同S-71-B-LR」も用意されていた

もちろん録音の段階ですべての楽器を音量バランスよく個別のトラックへ録音しておけば、そうした工程が必要なくなるのであるが、レコーダーの持つ性能、マイクアンプの性能なども含め、ある程度大きめの音量で録音しておく方が、音質の点でもSNを稼げるため、マルチトラック・レコーダーを使う場合は各トラックごとに音質面で最適となる音量で録音されている。

編成が少なく、マルチトラック・レコーダーを使う必要がないなどの場合はレコーディングとミックスダウンの作業を一緒にして、直接完成形の録音をステレオ・マスター・レコーダーへ残すという手法もある。

この場合のデメリットは後々細かい修正ができないことと、アーティストの技量や全ての信号ラインのコンディションが最良でないと音質的に見ても優良な録音ができないという、大きなハードルが存在する。

マルチトラック・レコーダーを使う場合のメリットを加えると、ミックスダウン作業で個別のトラック一つ一つまで細かく見ていく時間があるので、リバーブやディレイ、イコライザーなどを再生している音に対して加えるということができる。そのためこうしたエフェクターのかかり具合も詳細に調整できるうえ、最新のミキサーコンソールはレコーダーとシンクロしており、例えばサビのポイントでフェーダーの上げ下げの情報を記録したら、次の再生ではその情報を反映して自動的にフェーダー音量も調整されるというオートメーションが導入されている。エンジニアはミックスダウンの際、こうしたエフェクターやミキサーのオートメーションも一緒に調整して楽曲のサウンドを組み立てているのである。

今回の『Pure2』ではマルチトラック・レコーダーによるセッションだったので、リバーブ(「EMT 140」、「レキシコン480L」など)も後から再生音に加えられ、ステレオ最終段には突発的なレベル上昇を抑える目的で加えられたトータルコンプレッサー(リミッター)の「クレーンソングSTC-8」やトータルイコライザー「オーラムソニックスHD-DEF35」などが使用されていた。

ミックスダウンの際、メインコンソールの脇へセッティングされたエフェクター群。このときは一番下のトータルコンプレッサー「クレーンソングSTC− 8」と、上から2段目のイコライザー「オーラムソニックスHD− DEF35」が活用されていた

アナログ・マルチトラック・レコーダーであってもタイムコードを記録し、シンクロナイザーというハードウェアを介してミキサーのオートメーションシステムとリンクさせることもできるのだが、今回のセッション(インスト楽曲)ではそうしたシステムも廃し、手動ですべてのフェーダーを一曲分橋本さんが操作するという、極めてアナログな手法でバランスが組まれている(もちろん少しでも失敗すればもう一度始めからやり直しとなるため、橋本さんも必死に取り組んでおられた)。

最終的なマスター・レコーダーは往年の名機「スチューダーA80 MKW」(ハーフインチ・38cm/sec+ドルビーA NR)を用いたアナログオープンテープによる収録となった。この段階でもほとんどのバランス作りの作業はラージモニターである「KRK 15A-5」で行われており、小さな音でのバランスを見るため(一般的な家庭での再生時のバランス感を見る)に「ヤマハNS-10M STUDIO」やケンウッドのラジカセ「MDX-M3」でも最終的に確認を行っていた。

ステレオ・マスター・レコーダーの「スチューダーA80MKW」(中央)。右奥に見えるのはミックスダウン時の再生用アナログ・マルチトラック・レコーダー「スチューダーA820」だ

手前左にはDSDレコーダー「タスカムDV− RA1000」、同左にはProTools(操作画面)、奥には「スチューダーA80MKW」、「同A820」と、新旧レコーダーの揃い踏みである

この「スチュダーA80 MKW」の出力をProToolsに入力し、ステレオ・192kHz/24bitでマスターテープの音を記録していたほか、DSD対応のA/Dコンバーターを内蔵した「ニーヴ1073DPD」を経由してDSDレコーダー「タスカムDV-RA1000」へDSDデジタル入力した“DSDミックスダウン”素材も同時に作成されたが、マスタリングスタジオへ持ち込まれたのはハーフインチのアナログテープである。この後に控えるマスタリングの最終段階でDSD化され、製品版のSACDが完成するのである。

DSD方式はデジタルフォーマットでありながら、アナログらしい密度感と滑らかさを兼ね備えたサウンドを持っているので、今回のアナログレコーディング − アナログミックスダウン − デジタルマスタリング(インスト楽曲の場合・かつてのCDパッケージへ記載されていたマーキングだとAAD)はデジタルでありながらアナログらしいサウンドを味わえる最良の手段となっている。マスタリングでは大きく手を加えることなく、管球式イコライザーの「ソンテック」や「マンレイ」のコンプレッサーなどを用いながら程良く化粧が施され、DSD化(ハイブリッド盤であるので同時にPCM化)している。

岩井喬が語る「Pure2」オーディオ的聴きどころ


最後のまとめとして、『Pure2』のオーディオ的な聴きどころについても少し触れておきたい。

まずボーカル曲においては全員がヘッドホンモニターなしで挑んだ「星想夜曲」である。各楽器のグルーヴ感が手に取るように見えてくるまとまりの良さと、現代的なリボンマイクの名品「ベイヤーダイナミックM500」による柔らかく伸び良いSuaraさんのボーカルの融合感に注目したい。楽器一つ一つの粒立ちを聴く上では「旅立つ人へ」も最適だろう。冒頭のリズムを刻む楽器についてはキャプションにて細かく触れるが、基本的に一発録りのスタイルでピアノ、ウッドベース、ボーカルが収録されており、各楽器の姿も手に取るように判るだろう。爽やかに広がる空間の雰囲気と流麗な演奏の妙を味わえる。

ある意味このアルバムの醍醐味が味わえるのが、アナログ録音によるインスト楽曲の数々だろう。フュージョンアレンジの「君のままで」におけるキックのアタックの僅かな硬さと厚く弾力あるリリーズ音はアナログならではの密度感に溢れている。「君をのせて」や「届かない恋」にみられるドラム定位はスタジオの配置をそのまま目の前へ並べたようになっており、片側へドラム全体が寄っているが、これは元々意図したものであり、特にヘッドホンの試聴の際、左右ユニットの特性を見る上で役立ちそうである。

『Pure2』ではスタジオのアンビエント(残響感)を大事にして収録されているが、その要素を感じ取れるのが「Tears to Tiara − 凱歌 −」や「夢であるように」、「届かない恋」のブラスセクションのサウンドである。特にトランペットのソロなど、高域の輝くエコー感はこのスタジオならでは自然な残響感であり、ナチュラルな空間の融合感も同時に味わえる。

いずれにせよ、『Pure2』のどの曲もそれぞれ聴き所が存在し、音だけでなく楽曲としてみた場合でも捨て曲が存在しない素晴らしいアルバムになっている。それは既にそのサウンドを楽しんでおられるリスナーの皆さんも感じられていることと思う。ぜひ多くの方にこの素晴らしい貴重なサウンドの数々を味わってもらいたい。

【筆者紹介】
岩井 喬:1977年・長野県北佐久郡出身。東放学園音響専門学校卒業後、レコーディングスタジオ(アークギャレットスタジオ、サンライズスタジオ)で勤務。その後大手ゲームメーカーでの勤務を経て音響雑誌での執筆を開始。現在でも自主的な録音作業(主にトランスミュージックのマスタリング)に携わる。プロ・民生オーディオ、録音・SR、ゲーム・アニメ製作現場の取材も多数。小学生の頃から始めた電子工作からオーディオへの興味を抱き、管球アンプの自作も始める。 JOURNEY、TOTO、ASIA、Chicago、ビリー・ジョエルといった80年代ロック・ポップスをこよなく愛している。

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