平面型イヤホンの可能性を切り拓く新しい頂点、MADOO「Typ930」を聴く
名機「Typ821」と並ぶもうひとつのマスターピース、「Typ930」
本格的なプッシュプル構成の平面磁界型(プラナー)ドライバーを小型の金属筐体に収めたイヤホン「Typ821」を手掛けるMADOOから、Typ821と双璧をなす、新たな個性を持った意欲作「Typ930」が誕生した。
MADOOはメカニカルなデザインの金属筐体を用いたイヤホンで知られるAcoustuneの兄弟ブランドだ。Acoustuneや高級イヤホンのOEM/ODM開発にも携わってきたエンジニアが、次世代ドライバーや新素材を用いた斬新なイヤホンを生み出すという研究テーマを打ち出した際、そのプロジェクトを基に新たなブランドとしてスピンオフしたという意欲的な経緯を持っている。
そうした背景を持つMADOOの評価を高めたのが、冒頭で述べたプッシュプル構成の平面磁界型ドライバー「Ortho(オルソ)」を単発で積むTyp821であるが、この度誕生したTyp930はMADOOの第1世代モデル「Typ711」「Typ512」ぶりとなる3番目のハイブリッドドライバー構成のモデルである。
高級時計のような外観、平面磁界型ドライバーも大口径に進化
ではこのTyp930はどのような製品なのか。具体的な内容を解説しよう。まずドライバー構成だが、振動板を表裏5個ずつのマグネットによる反発磁界の中に配置する、プッシュプル型プラナードライバーOrthoを、10mm口径から12mm口径へ拡大した「Ortho Dual Motion」を搭載。
このOrtho Dual Motionを軸に、空間の広がりと音像との距離感にスポットを当てたチューニングを施すべく、ノズル部を省いたスパウトレス仕様のKnowles製バランスド・アーマチュア(BA)型ドライバーをスーパートゥイーターとして追加。低域側には新しいOrthoの背面へパッシブラジエーター「Dual Motion」を配置し、ドライバーからの背圧を調整することで耳道内の圧力をいなし、閉そく感や共振を軽減して音場の広がりを生み出しているという。
また、スーパートゥイーターにBA型を1基、平面磁界型の背面に低域をブーストするパッシブラジエーターを初採用。ドライバーは2種だが、3種振動板を使いサウンドチューニングを行っている
Ortho Dual Motionは振動板を拡大しただけではなく、マグネットもさらに強力なものを取り入れ、磁気回路の改善を行っている。この強化した低域に対し、ヌケ感や正確な輪郭表現を加えるためにBA型ドライバーも配置し、ハイブリッド構成としたそうだが、ともにインピーダンスを近い値にしてネットワーク回路の最適化も行っているという。
またDual Motionパッシブラジエーターについては、薄膜のエンジニアプラスチックで成形したドームと、真鍮製のマスダンパーから構成されており、真鍮とステンレスによるインナーフレームを採用。CNC加工による純チタン製ハウジング部に設けられたサファイアクリスタル製ウインドウから見えるようデザインされている。
このシースルーデザインのウインドウがもたらす、新たな意匠コンセプトがTyp930を形作る特色となっているが、窓から見える夜の空と月、海の波からインスピレーションを得たといい、ウインドウ内部の青色アルマイト処理を施したチタン製オーナメントを夜空、ドライバー部を月に見立てているそうだ。
そしてチタン製ハウジングはこれまでの複数のネジを配置した意匠ではなく、円を中心として、波が押し寄せてくるような、力強さを表した形にデザインされている。ハウジングは2パーツ構成で、上下ハウジングが共締めとなるような構造として全体の剛性を高めており、ドライバーの共振に対して十分な剛性を確保しているという。
またハウジング内部の配線材には銀メッキ高純度銅を導体に使ったシールド線(信号用導体は高純度銅を使用)を採用。着脱式のケーブルには古河電工製高純度銅線PCUHDを新たに取り入れており、片側当たり7芯からなる導体を2本に撚り合わせた構成であり、3.5mm/4.4mm、2種類のプラグを備えた2本のケーブルが同梱する。
力強い低域と鮮明な高域。音の輪郭が驚くほど明確
Typ930のサウンドであるが、Ortho Dual Motionによるダイナミックで力強い低域と、BA型ドライバーによる高域のエッジ表現が加わり、メリハリのよい鮮明な音質傾向だ。でき上がったばかりのデモ機を試聴させてもらったのだが、まだまだ伸びしろがあるように感じられる。さらにエージングが進むことでよりスムーズな描写性も見えてくるだろう。
クラシック音源のアンドレア・バッティストーニ指揮/東京フィルハーモニー交響楽団『マーラー:交響曲第5番』から第1楽章を聴いてみたが、管弦楽器の細やかなディテールとハリのある浮き立つ旋律のキレ味を見事に表現。ローエンドの伸びも深く、太鼓のアタックも鮮明だ。
シンバルやトランペットの響きの透明感、明瞭さと、ダイナミックで躍動的なオーケストラの押し出し感をバランスよく融合させており、木管の指の動きや弱音パートのわずかなニュアンスも丁寧にトレースしている。
ジャズ音源『Pure2 〜Ultimate Cool Japan Jazz〜』の「届かない恋」ではホーンセクションの旋律をシャープかつ鮮明に表現。シンバルの響きも細やかで、ピアノのアタックも爽やかである。キックドラムのアタックはよく締まり、ウッドベースの胴鳴りは倍音のハリ感を適度に乗せており、艶やかに弾力も豊かに描き出す。
丁「呼び声」はボーカルの輪郭をパキっとクリアに引き立たせたブライトなタッチで、ボディ感もスマートに表現。ストリングスやギターは芯の強さと煌びやかな響きが際立っており、コシの太いピアノも存在感がある。ベースのボディ感は太くリッチであり、キックのアタックの先鋭さと好対照。EDM系ベースの力強い表現との相性もよさそうだ。
ロック音源のTOTO『TAMBU』収録の「Gift Of Faith」ではキックドラムのファットなエアー感をしっかりと引き出している。ベースのむんむんと張り出す量感豊かなプレイラインもパワフルに描写。ボーカルはクールなエッジを持たせた鮮やかな描き方で、スネアドラムやシンバルの輝きもよくシャープに迫る表現とともに、キレ味の鋭い音場を形成している。
11.2MHz DSD音源のSuara「キミガタメ」も試してみたが、ピアノやアコギの硬質で歯切れのよいアタックの透明感、収束の早いリリースによって、音場の見通しもよく、リバーブのニュアンスも掴みやすい。ボーカルはウェットかつクールで、口元の動きもはっきりとわかる輪郭表現も相まって、ハキハキとしたブライトな艶を纏った明瞭な描写となる。
Typ930は、より強力な磁気回路と、理想的なプッシュプル構成を持つ平面磁界駆動型であるOrtho Dual Motionの力強さと、パッシブラジエーターによる低域のコントロールによって、厚みを持たせながらもキレ味の鋭いベースサウンドを実現していること。そしてBAドライバーによる高域の煌き感、音像の輪郭の鮮明さも併せ持った、他にはない独特な世界観を構築している。
新たなハイエンドモデルの登場により、MADOOがもたらす “プラナー革命” も次なるステージへと進む。その先鋭なるサウンドに注目いただきたい。
製品概要
MADOO カナル型イヤホン「Typ930」
オープン価格(予想実売価格:税込388,000円前後)
2025年11月7日発売
【SPEC】●型式:ハイブリッド型(平面磁界型×1、BA型×1、パッシブラジエーター×1) ●ドライバー口径:12mm(平面磁界型) ●再生周波数帯域:20Hz - 40kHz ●インピーダンス:非公開 ●感度:99dB/mW@1kHz ●最大出力:5mW ●ケーブルの長さ:約1.2m(3.5mmと4.4mmの2種付属) ●質量:約64g(ケーブル含む) ●付属品:イヤーピース(シリコン製MDX30 S/M/L、AET07 S/M/L、低反発1種)、イヤーピースケース、キャリングケース
(協力:ピクセル)
※本記事は、『プレミアムヘッドホンガイドマガジン Vol.23』所収記事を再編集/転載したものです
