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『YOSUI BOX Remastered』

井上陽水デビュー50周年を記念した限定BOX発売へ! ほかでは聴けないリマスターCDのクオリティをレポート

2018/11/20 オーディオ編集部+小原由夫
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まずは、陽水ファンの踏み絵的存在、3作目にして最大のヒット作『氷の世界』から、タイトル曲の「氷の世界」。まずジェンセンCD盤を聴いたが、本ボックス収録のすべてのCDのカッティングレベルが高いことが特色だ。本作ではタイトなリズムと左右chに振り分けられたギターのリフがすこぶる鋭利になっており、この曲が内包する反抗的なムードに則した音作りに感じる。ハーモニカの音も攻めに攻めているという印象で、全体にアグレッシブかつワイルドになっているのがジェンセンCD盤のセールスポイントだ。

『氷の世界』

対する『氷の世界』発売40周年に発売された2014年リマスターCD盤は、センターに定位する陽水の声がグッとフォーカスよく絞り込まれている。伴奏の楽器はその後ろにきれいに配され、ハーモニカの演奏は若干おとなしめ。すべての音が前に迫り出すジェンセン盤との大きな違いはそこで、オーディオ的にはステレオイメージが豊かなようにも感じられる。

オリジナルLPは、グッとマッシブで重いキックドラムの音が印象的。前述2枚に比べて全体にナローレンジではあるが、高域から低域にかけてのエネルギー分布のピラミッドバランスが最も末広がりに感じられたのがLPだ。陽水の声はフレッシュで若々しい。そして192kHz/24bit/WAVのハイレゾは、オルガンとキーボードのハーモニーがソウルフルな雰囲気を醸し出し、ホーンセクションのアンサンブルが重なることでそれが一段と黒っぽく染められている感じがして面白い。陽水がシャウトしているようだ!

なお、アナログマスターが現存する作品は(主に80年代末あたりから)、オリジナルマスターをSTUDER A820で再生し、dcs904で192kHz/24bitにA/D変換とアップコンバート後、マスタリング、ダウンコンバートというプロセスを経ているようである。

歌のサビの高音の伸びなど、ファンには堪らないだろう
          
数ある陽水のアルバム中、私が最も好きな作品が82年作『LION&PELICAN』だ。陽水独特のシニカルでユニークな歌詞の世界観が斬新なアレンジによって深められ、何層にも重ねられた官能的な色艶を放っているからだ。その中から、ライオンを愛してしまったペリカンの一方的な恋心と悲哀を歌った歌詞がドラマチックに描かれている「とまどうペリカン」を聴いた。

『LION&PELICAN』

新しいジェンセンCD盤では、イントロのピアノのセンチメンタルな響きが、艶っぽい男の色気を感じさせる陽水の声と絶妙にマッチしており、歌のサビの高音の伸びなどはファンには堪らないところだろう。各楽器の質感もたいへん生々しく、どこか霞が掛かったように聴こえたオリジナルLPの音を大きく凌いでいる。ハイレゾはCDよりもむしろテープヒスノイズが目立ち、聴きやすさという点では断然CDだ。一方では、いかにもハイレゾらしい情報量の豊かさが感じられ、カチッと引き締まったベース&ドラムスのビート、スペイシーなギターのリフ、哀切的なピアノのメロディーなど、伴奏に耳がいきがちなバランスに感じられる。

83年リリースの『バレリーナ』からは、タイトル曲の「バレリーナ」を聴いた。エレキギター以外にはピアノとシンセサイザーを重ねた多重録音となっており、実にミステリアスな雰囲気のアレンジだ。ハイレゾでは、その幾重にも重ねられたシンセサイザーの響きの輝かしさが印象的で、雄大な広がりが感じられる。陽水の声もレンジが広く、歌唱力、創作力などを含めて、アーティストとしてひとつのピークに達しつつあった頃ではと想像させる音だ。最新のジェンセン盤CDは、スケール感ではハイレゾに劣るものの、ピアノの響きの上品なまろやかさとシンセサイザーの複雑なアンサンブルがヴォーカルと絶妙に絡み付き合い、非常に濃密かつ妖艶な雰囲気だ。

『バレリーナ』

もはや官能的というよりも半ばエロティック
          
以下のタイトルは、オリジナルのデジタルテープをソニーPCM1630 System、PCM-7030を使用して制作されたものが多いと推測する。

1993年の作品『UNDER THE SUN』からは、「Make Up Shadow」を聴いた。ジェンセンCD盤で聴ける陽水の声は、もはや官能的というよりも半ばエロティックといってよい。この曲の持つダンスビートに乗って、まぶしいほど妖しげなネオンサインをバックにして歌唱しているようなムードだ。ビートは太く、ぶ厚くて強烈。対するハイレゾは、ビートが演奏全体を先導しているような感じで、疾走感が先行する。バンドが一丸となって陽水の歌唱を煽っているように感じられるのだ。

『UNDER THE SUN』

2001年発売の『UNITED COVER』から「コーヒールンバ」を試聴。ここでのアレンジは、ルンバというよりもレゲエ調。ジェンセンCD盤はそのややルーズなリズムに乗り、陽水の声がグッと前に出てくる。賑やかなパーカッションや煌びやかなシンセサイザーのメロディーがそこに色鮮やかなアクセントを施して盛り立てている。伴奏はワイルドに広がり、一体感のある演奏に感じられる。既発CD盤は地を這うようなズシリと重たいビートで、いい意味で土臭くてアーシーなサウンドに聴こえておもしろい。陽水の声はいくらか刺々しいムード。ハイレゾはさすがにゴージャスな雰囲気で、スケール感のゆとりがダントツだ。

『UNITED COVER』

2010年発売の『魔力』からは「覚めない夢」を聴いた。ジェンセン盤CDは、微かなリヴァーブさえ心地よく、ピアノとの距離感が立体的に醸し出されていた。既発CD盤はいくぶん柔らかなサウンドで、陽水の声の音像も大きめ。ピアノとのバランスが少々悪くも感じられる。ハイレゾではハスキーな声の擦れ具合がやや強調気味に感じなくもない。CDの声がずっと素敵に耳に入ってくる。

『魔力』


          
以上のように陽水の代表的なタイトルから数曲を聴いてみて、ボックス収録のCDは確かに44.1kHz/16bitのCDの枠にスペック的には収まっているのだが、その中でいかに濃密かつ色合い豊かに陽水の世界観をエキスパンドするかに注力したように感じられた。

ダウンロードのようなノンフィジカルでなく、とにもかくにも形あるものとして手元に置いておきたいという人にとって、このボックスは掛け買いのない宝物となるだろうし、日が経つにしたがってレアな存在になっていくのは必至だ。

なお、本ボックスの店頭予約締切日は、2018年11月26日(月)。もう1週間を切っている。急ぐべし!

(小原由夫)

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