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<山本敦のAV進化論 第141回>

ヤマハ「“聴く”VR」とは何か? 開発者に聞いた将来像

公開日 2017/08/22 10:11 山本 敦
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ひとつは音源を明確に定位させて方向性を付与する技術だ。ヤマハの製品開発部門とR&D部門が共同で開発した頭部伝達関数(HRTF/Head-Related Transfer Function)を使い、ヘッドホンで聴く音源をリスナーの頭内から前方に持ってきて定位させ、より自然な空間を演出する。

ふたつめが2チャンネルの音声信号を最大5チャンネルに拡張する技術だ。セリフを聞き取りやすくするためセンターに分配し、その他のBGMや効果音を周囲に振り分ける。

そしてもうひとつが、サラウンドヘッドホンとの決定的な違いとなる「“超”多チャンネル拡張技術」だ。これがヤマハの歴代AVレシーバーに搭載されてきた「シネマDSP」の技術と深くつながっている。

「シネマDSPはマルチチャンネル再生の枠組みを超えて、より自然なサラウンド感を得るための技術です。ヤマハが長年研究してきた3次元音場の生測定データを活用して積極的に音場をつくり出す仕組みを『 “聴く”VR』にも応用して、ヘッドホンリスニングでもさらに自然な空間を再現しています」(湯山氏)

『“聴く”VR』を構成する技術要素

ヤマハがシネマDSPの開発で培ってきた、数々のコンサートホールで生収録した膨大な反射音情報の測定データを活かすことにより、マルチチャンネルのソースがより自然で広がりのある響きを獲得する。

「5.1チャンネルや7.1チャンネルの音源はそれぞれのスピーカーで“点”として再生されますが、『 “聴く”VR』はその“点どうしを滑らかにつなぐ”ことによって、音に包み込まれるような没入感を再現することを狙いとしています。元の音源に対して反射音の効果を付与することは演算によるエフェクトの類ではないのかと問われることもあります。ヤマハの技術は、元の信号をしっかりと再生したうえで、その間を補間して3次元的な空間を実現するものです。一段と生々しくリアリティのあるサウンドを体験していただくために大切なプロセスなのです」(臼井氏)。

臼井氏も携わるAVアンプの「シネマDSP」技術が活用されている

ポタフェスには『 “聴く”VR』を搭載する据え置き型とポータブルのヘッドホンアンプの試作機が展示されていた。湯山氏は同技術のターゲットユーザーを「10〜30代前後の音楽やオーディオに関心を持つ若い音楽ファン」としている。「当世代の方々はポータブルリスニングに強い関心をお持ちですが、ホームシアターと同等の臨場感や没入感がヘッドホン再生でも味わえるということを伝えたいと考えています」と湯山氏は狙いを語る。

接続機器を問わずに効果を体感できる

今回のインタビュー取材にも、試聴可能な据え置き型アンプ試作機をお持ちいただいた。製品写真も撮影できたが、どちらもこれから仕様・外観ともに大きく変わる可能性があることをあらかじめお断りしておきたい。

『 “聴く”VR』の展開は、今のところ据え置き型とポータブルというふたつのラインナップを検討しているようだが、どちらも最終決定したものではない。ただ開発者各氏は、「自然な没入感を家の中だけでなく屋外でも味わってほしい、友だちなどにも体験をシェアして欲しいので、ポタアンのラインナップ化は重視したい」と口を揃える。そしていずれの場合でも、『 “聴く”VR』では普通のヘッドホンやイヤホンを接続するだけでその効果を味わえるのが重要なポイントだ。

据え置き型アンプの試作機は、背面に電源ケーブルが接続されているほか、入力端子にはUSB/光デジタル/アナログ音声が搭載されている。今回はソース機器に使ったiPadをLightning-USB変換アダプターを間に挟んでつないでいるが、将来はiOS機器に直結できるようになる予定だという。

多様な機器と接続できるよう仕様構想中だ

光デジタル入力は主にテレビやAV機器を接続するために設けられている。同社で調査を行ったところ、特に都市生活者は部屋が狭かったり、夜中に大きな音が出せないので、テレビの音声をヘッドホンでも聴いているという回答や、音についてもいっそうの迫力と臨場感を加えて楽しみたいという声が多く集まったのだという。アナログ音声入力については「接続できない機器がないようにしたかった」からと佐藤氏が説明を加えている。

「手の届く範囲だけで生活する方が使いやすい設計に」とも付け加える佐藤氏

ポタアンについては、小型でしっかりとした音が鳴らせるだけでなく、いつも持ち歩きたくなるサイズ感やデザインも重視すべきポイントに挙げられている。今回見せていただいた試作機のデザインも、よりスタイリッシュなものにブラッシュアップしていきたいと湯山氏は意気込む。

ポータブルアンプの試作機。手のひらサイズだが、機能もデザインもまだまだ開発途中

このポタアンがハイレゾ再生にも対応するのか、あるいはケーブルでつないだスマホを充電できるのかなど、音質や使い勝手についてはまだまだ気になる部分も残されているが、確かにスマホのサイズを大きく超えない程度のサイズ感をキープすることもまずは大事なポイントだ。

今回はヤマハのオフィスで体験させていただいた、据え置き型ヘッドホンアンプのインプレッションも報告しておこう。現時点の試作機には『 “聴く”VR』独自の音場モードが5つと、効果をオフにしたダイレクトモードを含めた6つのモードが用意されている。

取材ではポタフェスの会場でも聴くことができた「室内ライブ」「アニメ」のほか、新たに「映画」のモードを足した3種類を用意していただいた。今後はこれにステレオチャンネルのソースをより自然な定位感で長時間楽しむことができる「ナチュラルBGM」モードと、包囲感と開放感をさらに演出した「野外フェス」モードが加わる予定だ。それぞれのモードはフロントパネルのセレクターで切り替えることができる。

最初に宇多田ヒカルのライブ映像を「室内ライブ」で視聴した。コンテンツとプレーヤーはすべて今回の取材のためヤマハに用意していただいたもので再生している。

音の包囲感に加えて、コンテンツの持つ熱量や一体感を演出したという室内ライブのモードでは、まるでライブ会場に身を置きながら音楽を聴いているような自然な空気感が伝わってくる。ボーカルの歌声がセンターにくっきりと定位して力強さが前に出てくる。ライブ会場で聴くよりも、ボーカルの微妙なニュアンスや体温感まで伝わってくるところがオーディオならでは魅力だ。アンプが持つ底力も実感できた。

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