「録りの段階から高音質で」WOWOWが誇る“移動式スタジオ”本格稼働。イマーシブ&ハイレゾにも対応
筑井真奈WOWOWは、ハイレゾとイマーシブオーディオに対応する新しい音声中継車を、2025年4月から稼働開始した。音声中継車とは、音楽ライヴやスポーツ中継において、音声を放送のためにミックスし整えるための車で、いわば“移動式スタジオ”である。
内部にコントロールルームを備える大型車両となり、スタジアムやコンサートホールのそばまでスタジオを「持ち込む」ことができるため、放送、また昨今ではインターネット配信の現場でさまざまに活用されている。今回は15年ぶりの新規車両の投入ということで、幅約3m、高さ約3.5m、奥行き方向に10mを誇る、国内随一の規模を誇る中継車となる。
最大96kHzの音声中継に対応することに加え、7.1.4ch(Room-A)もしくは5.1.4ch(Room-B)のチャンネルベースでのイマーシブコンテンツ制作に対応する(以前の中継車は48kHz、5.1chまでの音声制作が可能だった)。コロナ禍以降、放送のみならず配信の需要が大きく広がったことを受け、イマーシブ制作が可能な新たな中継車として新たに構築したものとなる。
WOWOWで音声制作に関わる戸田佳宏さんは、今回の新中継車稼働の背景について「コンサート用のPAの音声が96kHzで制作されることが増えた」ことに加えて、「アーティストや制作サイドから、ハイレゾやイマーシブフォーマットで制作して欲しいという声が増えてきた」ことがあると語る。高音質なネット配信や、映画館での上映などコンテンツの“出力先”が広がってきたことから、「録りの段階から高音質で」という需要がますます高まっているのだという。
コントロールルームは車の前方と後方に2ルームを用意。後方のRoom-Aはムジーク・エレクトロニック・ガイザイン(以下、ムジーク)、前側のRoom-Bはジェネレックのスピーカーが採用されている。いずれもミキサー卓にはSolid State社の「System T」を採用しており、本格的なサウンドミキシングが可能となっている。
車両そのものの大きさは以前の中継車と変わらないというが、大きな進化点のひとつが、各種オーディオデバイスをDante(ネットワークIP/AV over IP)で伝送できるようになったことで、システムをよりコンパクトにすることができたという。車両全体の重量は20t弱。20tを超えると走行の際に特殊車両通行許可という特別な申請などが必要になるが、20t以下に抑えたことで、機動力のある運用が可能になっているという。
また安定した電源にもこだわっており、自前のイーゼル発電機を車両の後部に搭載するほか、UPS(無停電電源装置)も搭載しており、生放送時におけるバックアップも万全。使用状況にもよるが、概ね5分程度は停電時でも問題なく稼働できるという。
Room-A、Bともに余裕を持たせた空間で、3 - 4人は座って作業できるよう、ゆとりあるスペースとして設計されている。エンジニア、アシスタントに加えて、時にはプロデューサーなどクライアントも同席することもあるそうで、居住性にも配慮した空間づくりがなされている。
ルームBは拡幅機能も持っており、停車時には車の壁がぐっと迫り出して、より広い空間でミキシングができる。ちなみにProtoolsやミキサー卓などはDante(デジタル・オーディオ・プロトコル)で伝送されるが、最後のスピーカーのところはやはりアナログが活用されている点も、高音質に取り組むWOWOWならではのこだわりということだ。
2つの独立したコントロールルームを設けた理由については、ステレオとイマーシブを両方一度にミックスする、あるいは野外フェスなど複数のステージがある現場への対応などを想定しているという。スピーカーもムジークとジェネレックと別のブランドを採用しているのも、クライアントの要望に応じて自由度の高い音楽制作ができるように、という思いが込められているという。
この中継車の「初稼働」は、4月8日(火)と9日(水)に横浜アリーナで開催されたTM NETWORKのコンサート。会場からの音声ラインをPA用とこちらの収録用に分け、リアルタイムで音声ミックスを作成。このコンサートの模様は、5月31日にWOWOWにて放映される予定となっている。
この中継車はWOWOW制作の作品だけではなく、外部の制作チームにも貸出が可能とのこと。戸田さんも、「日本が誇るアーティストやスポーツの現場を世界に届けていきたい」と熱く展望を語ってくれた。