DC8 Tの再生音は、タンノイ伝統の同軸ドライバーならではのフォーカスの良い音像と、反応の速い低音が相乗効果を生み、クラシック、ジャズいずれもソースの本質を自然に引き出す多彩ぶりが際立っていた。

意識してボーカル音源を複数用意したのだが、声の音色や録音の特徴は千差万別で、ほとんど共通点はない。それにも関わらず、どのソースからも声そのものの個性と、楽器とのコラボレーションの妙を忠実に引き出していた。

今回の試聴で私が一番感心したのは鳴らし分けの多彩さだが、その背景にはRZ-1の正確なドライブ能力と豊富な情報量が寄与しているに違いない。パートナーとして期待以上の相性の良さを見せる組み合わせだ。

 
ジェーン・モンハイト『Talking a Chance on Love』
モンハイトの声は男性ボーカルとともにリアルなサイズでやや高めの位置に音像が浮かび、臨場感豊かにステージを再現する。ベースやドラムスもイメージは大きめだが、音の立ち上がりと立ち下がりがクリアなので、リズムは明快、適度なテンションも備わる。ホーン楽器の音が痩せることなく、適度な柔らかさと厚みを伴っていることがこの組み合わせの特徴だが、この曲のサウンドにはその音調がよく似合っている。
Musica Nuda『Live a FIP』
イタリアジャズ界話題のデュエットで、女性ボーカルとウッドベースの組み合わせが意外なほど新鮮な響きを生む。冒頭、無音の部分からもステージの気配が漂い、ライブ会場の空気感を自然に再現した。音調は落ち着いた雰囲気で、深みのあるウッドベースの響きが特に弱音である種の凄みを感じさせ、音域の広いペトラ・マゴーニのソプラノと見事な対比を見せる。声のテクスチャーが驚くほど豊かで、表情に富んでいる。
クリスティーネ・シェーファー『シューベルト:<<冬の旅>>』
伴奏のピアノは粒立ちを強調しすぎることがなく、一つひとつの音に適度な柔らかさがあり、レガートがなめらかにつながっている。その流れが途切れぬまま、シェーファーの透明感の高い声とのハーモニーが次第に厚みを増していく。その微妙なグラデーションを正確に描き出すことと、ドイツ語の発音を正確に再現した点に強い印象を受けた。高音のフォルテが突っ張ることなく、潤いをキープする。
ジェニファー・ウォーンズ『The Hunter』
おなじみのアルバムからどんなサウンドを引き出すか、非常に興味深い。DC8 Tはベース帯域に期待通りの余裕があり、低重心で彫りの深いサウンドを再現。深みのあるベースに対し、ドラムスの低音はインパクトが明瞭で、いい意味でハードなインパクトがあり、楽器による低音の違いを明瞭に鳴らし分けていることがわかる。ボーカルは最高音まで自然に伸びて透明感が高く、微細なニュアンスを豊かに再現した。
ギドン・クレーメル、クレメラータ・バルティカ
『モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲全集』
モーツァルト記念イヤーにザルツブルクで行われたコンサートのライブ録音。モーツァルトハウスの透明なプレゼンスがゆったりと広がるなか、独奏ヴァイオリンが鮮明な音像で浮かび、ステージ後方のオーケストラの存在もリアルに再現した。伴奏のオーケストラまで繊細にとらえていることをあらためて気付かせてくれる透明感の高いサウンドは、ワイドレンジ化を果たしたタンノイの新しい魅力だ。音像のフォーカスの良さを実感。
クライバー指揮バイエルン国立歌劇場『歌劇<<こうもり>>』
1975年にミュンヘンで録音された超有名盤がエソテリックからSACDで復刻された。クライバー得意のレパートリーだけに歌手もオーケストラも普段とは全然違う音を出しているが、その「特別さ」が自然に伝わってくる表情豊かなサウンドだ。<<雷鳴と電光>>の大振幅にも余裕でこなし、金管と打楽器の音圧感に圧倒される。ポップをはじめ声楽陣の歌唱は絶妙な柔らかさをたたえ、流れるような、なめらかさを引き出した。
イェルク・バウマン『無伴奏チェロリサイタル』
HQM STOREで入手した96kHz/24bitのロスレス音源(FLAC)をMac上のSongBirdで再生し、RZ-1にUSBで入力して試聴した。独奏チェロはどちらかというと落ち着いた音色だが、高音域には輝かしい艶があり、この演奏のテンションの高さを忠実に再現する。どの音域でも響きが痩せず、半音下げたC線の深い響きは圧巻、重音の力強い響きにも余裕がある。余韻が消える最後の瞬間まで、空気の微妙なふるえが聴き取れる。
クレア・マーティン『a modern art』
リンレコーズのサイトからダウンロードしたマスター音源をMacで再生し、本機にUSBで入力して聴いた。再生ソフトはHQM音源と同様、SongBirdを使用している。パルシブなパーカッションとベース、テンションの高いホーン楽器が絡む難度の高いソースだが、最初の一音からクリアで歯切れが良く、強いインパクトがある。ボーカルは音像がタイトで芯があり、リズム楽器に負けないほどアグレッシブだ。
筆者プロフィール
一条氏顔写真 山之内 正 Tadashi Yamanouchi

神奈川県横浜市出身。出版社勤務を経て、音楽の勉強のためドイツで1年間過ごす。帰国後より、デジタルAVやホームシアター分野の専門誌を中心に執筆。年に数回、オペラ鑑賞のためドイツ、オーストリアへ渡航。音楽之友社刊の『グランドオペラ』にも執筆するなど、趣味の枠を越えてクラシック音楽の知識も深く、その視点はオーディオ機器の評論にも反映されている。