TEXT. 小林貢

今や世界有数の真空管生産国となった中国は、世界中に真空管を送り出している。それだけに真空管アンプも自社ブランドとしてだけでなく世界中のブランドに供給するなど、シェアを急速に拡大中だ。

そうしたメーカーの1つであるCAVは、1993年、広東省の広州近郊に設立され、スピーカー、アンプ、シアター系システムなどを販売している。CAVの自社工場は敷地面積18万m2にも及び、従業員は600人を超えるという。設立当初は他ブランドへのOEM供給が中心であったが、近年では自社ブランドとして世界各国へ展開している。

■仕様やサウンドに比して極めてリーズナブルな価格設定

「T-88」¥168,000(税込)【クリックで拡大】

そして一昨年、CAVジャパン(株)を設立して正式に日本上陸を果たしたのは大きな話題となった。CAVジャパンはこれまで、中国本国で企画・設計・製造した製品を国内販売していたが、今回、CAVジャパン側が独自企画した日本専用モデルが発表された。それがスピーカー「V-50シリーズ」と「V-70NW」、そして今回試聴した「T-88」というリーズナブルな価格の真空管インテグレーテッドアンプだ。

本機は型番が示すように、ヨーロッパ生まれのポピュラーな大出力管KT-88をプッシュプル駆動する製品だ。しかし、それだけでは特に珍しい存在ではない。投入された物量やサウンドクオリティから考えると、本機は極めてリーズナブルな価格設定がされている。

■超重量級のトランスと高剛性シャーシを採用

本体の後部に3基の重量級トランスを搭載【クリックで拡大】

まず驚かされるのは本機に搭載されたトランス類のサイズ。電源トランスは8.0kg、アウトプットトランスは1基3.25kg、3基のトランスだけで14.5kgにも及ぶ。これは同じ価格ランクのKT-88ppのアンプ本体重量と同程度の重さだ。しかも、このトランス類は長年飛行機の無線システムエンジニアとして働き、音楽を追い求めてトランスメーカーに移籍後、40年のキャリアを積んだ熟練エンジニアが本機専用に設計したものという。

真空管アンプの音質を決定する要素でもっとも大きな影響を持つのはもちろん使用される真空管だが、出力トランスも重要な役割を担っている。そこに専用設計の大型トランスを投入している本機は多くのライバルに対して大きなアドバンテージを持っていると考えるべきだろう。

また本機のシャーシは、当初は音質上有利な非磁性材のアルミニウムで構成しようとしたようだが、3基のトランスが余りに重く、シャーシが撓んでしまうので、頑丈な鋼鉄を採用。溶接によって強固に組みあげたという。本機のサイズは400W×215H×380Dmmと一般的なコンポーネントのサイズに比べ幾分コンパクトにまとめられている。サイズダウンすればそれだけ剛性も高まるので、音質的なメリットも狙ったのかもしれない。

■3極管接続と5極管接続の選択が可能

本機が搭載するKT-88管【クリックで拡大】

本機はKT-88をウルトラリニア(5極管)接続でプッシュプル駆動するアウトプットステージから45W/chという十分なパワーを得ている。またトライオード(3極管)接続とウルトラリニア(5極管)接続の選択が可能で、ユーザーの好みや音楽ジャンル、駆動スピーカーに合わせたパワーとサウンドを手に入れることができるのが好ましい。しかも音質重視のため15W/chまでをA級動作、それ以上の出力域でAB級動作を採用しているのも特徴だ。

さらに本機はアナログファンのため、MM型カートリッジに対応した本格的なフォノイコライザー回路(NF型)を搭載している。エントリークラスの製品では半導体で構成されることが多いが、本機は定評ある双三極管の12AX7×2本で構成しているのも、真空管アンプファンにとって嬉しい部分だ。そして、入力段と位相反転段は4本の6SN7で構成されている。

十分な厚みを確保したアルミニウムのフロントにはパワースイッチ、3極管と5極管接続のセレクター、2個のボリューム、入力セレクターと1系統のライン系入力端子が並んでいる。ボリュームノブを2個備えているのはチャンネル・セパレーションを確保するためで、音質重視の観点から敢えて操作性の面で不利になる左右独立構成としているのである。

しかも本機では、音量調整用の可変抵抗器に定評あるアルプス製を採用している。インプットセレクターとボリュームノブはアルミ削り出しで、4Ωと8Ωのスピーカー出力をはじめ各入出力端子は金メッキ処理を施し、音質劣化を防いでいるというのも価格を超えた仕様といえるだろう。また本機はセルフ・バイアス方式を採用しているので、同規格の出力真空管を差し替えて音の違いを楽しむこともできる。

本体前面左にパワースイッチ、その右にトライオード(3極管)接続とウルトラリニア(5極管)の切替スイッチを装備【クリックで拡大】 本体右側には左右独立型のボリュームノブとセレクター、さらに入力端子部を備える【クリックで拡大】

■A級動作時は周波数レンジが広くナチュラルな音調

KT-88を子細にチェックする小林氏【クリックで拡大】

真空管アンプというとナローレンジというイメージを抱くが、本機は聴感上で十分な周波数レンジを確保しているように思えた。これは本機専用に設計された出力トランスを搭載している事と無関係ではないだろう。

そして常識的な音量で聴いていると、T-88という高出力管にありがちなパワー感を強調した音ではなく、ナチュラルで鮮度の高いサウンドが聴ける。これは15WまでA級動作ということが奏効したものと思われる。

トライオード接続で聴くと、女性ヴォーカルなどしなやかで瑞々しさが感じられる。また弦楽器の弱音部などの繊細さが感じられ、ホールの余韻の透明度も確保されている。

■低域情報を余すところなく描き出すパワーも兼ね備える

低域情報が豊富で広いダイナミックレンジを確保したソフトを大きめな音で聴くと、低音楽器のパワー感が控えめに感じられた。しかしウルトラリニア接続で聴くとドラムソロなどでも破綻がなくパワフルなショットがスムーズに立ち上がり、キックドラムの音像にも十分な厚みが感じられ制動も効いてくる。また大編成オーケストラの合奏部も安定感があり音場も混沌とさせることがない。この辺りの表現力と安定度の高さは、45W/chというハイパワーとそれを支える大型電源トランスや剛性の高いシャーシの効果と考えられる。

価格を超えた仕様の本機は、現代的な真空管アンプに要求されるサウンドクオリティを実現している。真空管アンプの魅力を存分に味わえる製品といえるだろう。

小林貢
Mitsugu Kobayashi

東京・浅草生まれ。大学卒業後、70年代日本ジャズ界をリードしたスリーブラインドマイス(TBM)レコードに入社。TBM時代の後半には企画制作に携わると同時にマスタリング監修も務める。その頃からオーディオ専門誌で執筆活動をはじめる。海外のリーズナブルな製品の自他ともに認める「目利き」。近年ミュージック&オーディオファンに本当に音の良いCDを提供したいという思いが募り、自身のレーベル、ウッディ・クリークを主宰している。