公開日 2023/06/15 06:40

DSPでイヤホンドライバーをさらに追い込む。JH Audio「Pearl Processor」のポイントを解説

音をカスタマイズできる高性能ポタアンの可能性
先日行われた春のヘッドフォン祭2023において、JH Audioが興味深いモバイルオーディオシステムの展示を行なった。そのシステムについてJH Audioの創設者にして「イヤモニの神」とも呼ばれるジェリー・ハービー氏が、YouTubeにて解説をおこなっているので、その動画を参考にしてこのシステムを深く見ていくことにしよう。



まず簡単にヘッドフォン祭での展示について説明する。下掲画像を見て欲しい。このシステムでは左側のAstell&KernのDAPが音楽を再生し、それをイヤホン端子からアナログケーブルで黒いプロセッサ・ボックスに接続している。このボックスはPCともUSBで接続されていて、PC上で詳細な音のチューニングができる。PCでは音の信号処理はせずにUIのみを提供する。黒いプロセッサ・ボックスからはJH Audioが新設計した10ピン端子で同社が開発中のIEMと接続している。このIEMは後で出てくるので覚えておいてほしい。黒いプロセッサ・ボックスはPCと切り離してモバイルでも運用が可能だ。

「春のヘッドフォン祭 2023」のJH Audioブースで展示されていたDSPでイヤホンドライバーを制御する試み

この黒いプロセッサ・ボックスは「Pearl Processor」と呼ばれていて、動画では「micro speaker management system」と紹介されている。「micro speaker」というのはイヤホンにおけるドライバーのことだ。そのマネージメントを行うシステムということになる。具体的になにを「マネージメント」できるかというと、その調整できる項目は、ゲイン、フェイズ(位相)、タイミング、イコライゼーションであり、それを高域・中域・低域に分けて調整ができるものらしい。

「Pearl Processor」

「Pearl Processor」の特徴はそうした調整項目の多彩な点に加えて、低遅延ということも挙げられている。「Pearl Processor」においては0.62ミリセコンドという超低遅延を実現したという。通常、遅延は5ミリセカンド以上あると演奏が難しくなるそうだ。しかし実際にはこのプロセッサー以外にもさまざまなシステムを経由するので、「Pearl Processor」自体においては1ミリセカンド以下を目指したということだ。

また、このことから「Pearl Processor」はオーディオマニア向けというよりもプロのミュージシャンを念頭において開発されたということがわかる。以前ジェリー・ハービー氏にインタビューした際に「オレが開発するものは全てプロ向けさ」と語っていたことを思い出す。

JH Audioの創業者であるジェリー・ハービー氏

「Pearl Processor」では内部システムをローパス・フィルターなしで実現している点が低遅延のキーだとしている。なぜならローパス・フィルターとは高域を除去することと同じなので、結局は遅延が大きくなってしまうからだという。これは周波数にも依存していて、例えば代表的な低域の100Hzであれば15ミリセカンドにもなるので、これでは遅延が大きすぎるわけだ。

また、「Pearl Processor」ではACPX(Actually Controlled Passive Crossover)と呼ばれる技術を使用している。これはイヤホンの中にパッシブ・クロスオーバーを搭載していて、3ウェイのプロセッサーでクロスオーバーのスロープ、イコライザー、タイミングの微調整(sweeten)を行うものだという。このACPXはパッシブ・クロスオーバーを備えているという点で、かつてJH Audioが開発した「JH3A」を想起させる。ちなみに “sweeten” は一般には甘くするという意味の英語だが、アメリカのオーディオ業界では音質改善するという意味で使われることが多い。

カスタムイヤホン向けに開発されたJH AudioのDAC/ヘッドホンアンプ「JH3A」。DSPによってクロスオーバー調整が行えた

「Pearl Processor」は現在96kHzで動作しているが、将来的には192kHzに対応するとのことだ。「Pearl Processor」はアナログ入力をして、アナログで出力するデバイスなので、DSP処理をする際にはAD変換をしていると思われる。

このシステムでは複雑な調整ができるが、それはPCにつないで画面を表示することで行われる。これは「Pearl GUI」と呼ばれている。動画の中でジェリー・ハービー氏が試作のIEMを使用して作業中だと語っているが、これは5mm径のダイナミックドライバーが2基、BAドライバーが2基、静電型ドライバーが4基という新設計のもので、ドライバー構成の点からJH Audioが春のヘッドフォン祭に持ってきたものと同じだと考えられる。

PCで操作する「Pearl GUI」

ジェリー・ハービー氏がPearl GUIを操作しているところ

コンソールでは入力と低域、中域、高域別のスライダー(ゲイン)があり、それぞれのスライダーの下に位相とミュートのボタンがある。上部には低域、中域、高域のセレクターがあり、これで左右別のパラメトリックイコライザーが現れてハイパス・ローパスのスロープも調整できるようだ。

低域、中域、高域をそれぞれフェーダーで調整ができる

帯域別の設定画面。パラEQのように設定できる模様

ドライバーにはBAや静電型などタイプ特有のピークやディップなどがあり、それをこのツールを使用することで変えることができる。おそらく新ドライバーが三種類のドライバーを積んでいるのは、このシステムのデモの意味合いもあるのではないだろうか。

動画では4:54の付近からその調整前と調整後を比べることができる。これは特性をフラットにすることを目的にした調整作業で、グラフの上部分が位相、下部分が周波数特性を表している。調整前(BEFORE)では波打っていたものが、調整後(AFTER)ではきれいに調整されていることがわかる。また5:35付近から数分かけて実際にその調整の様子を細かく見ることができる。

調整前と調整後で特性のピーク・ディップに大きな違いがある

これらの特性は保存して、「Pearl Loader」というソフトウェアで呼び出して適用できる。フラットではなくハーマンカーブを適用した例が8:30前後、ジェリー・ハービー氏自身が好みだというカーブが8:50前後にデモされている。

ハーマンカーブの適用や、好みのカーブで音質を追い込むこともできる

「Pearl Processor」の特徴を端的に言えば、プロのエンジニアがスタジオで施すような音の調整をモバイルデバイスで実現したという点にある。オーディオ分野においては、かつての「JH3A」のサウンドをユーザーがカスタマイズできるバージョンと見ることもできるだろう。その意味では音をカスタマイズできる高性能ポタアンとも考えられるかもしれない。

また、実のところはジェリー・ハービー氏が彼のサウンドエンジニアとしての経験から、ミュージシャンの現場でこうしたデバイスが必要だと思ったのではないだろうか。いずれにしても興味深いデバイスであり、プロの現場のみならずポータブルオーディオマニアにも注目の機材だ。国内導入はまだ不明だが実際に試してみたいものだと思う。

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