公開日 2025/02/05 14:37

イマーシブ録音の第一人者によるオーディオセミナー開催。“入交流”スピーカー・セッティングのコツを伝授

AURO-3Dの貴重な聴き比べを体験
筑井真奈
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■全国の専門店や音楽家も参加したオーディオセミナー



日本のイマーシブオーディオ録音の第一人者、WOWOWの入交英雄氏による“直伝!イマーシブオーディオ再生セミナー”が、WOWOWの視聴ルームにて開催された。このセミナーは、入交氏が今年3月にWOWOWを退職することを受け、氏の貴重なイマーシブオーディオに関する知見を共有しようと「AURO-3D 友の会」の有志によって企画されたものだ。

WOWOWの視聴ルームにて「AURO-3D友の会」によるイマーシブオーディオセミナーを開催

入交氏は、冨田勲の“和風オペラ”『源氏物語幻想交響絵巻 ORCHESTRA RECORDING VERSION』(RME PREMIUM RECORDINGS)にて2021年のプロ音楽録音賞を受賞した他、オーディオ機器の試聴でリファレンス曲として活用されることも多いボブ・ジェームス・トリオの『Feel Like Makin' Live』(EvoSound)、WOWOWおよびLive Extremeでも放映された石若 駿のライヴコンサート「Jazz not only Jazz」のイマーシブ録音を手掛けるなど、高音質な立体音響の録音手法について、世界的にもトップレベルの知見を持つエンジニアである。

WOWOW技術局のエグゼクティブ・クリエイターである入交英雄氏。イマーシブ録音に40年以上関わり続けている

このイベントは、入交氏の40年以上にもわたるエンジニア人生で得た人間の知覚に関する研究成果を元に、どのようにイマーシブオーディオのセッティングに活かしていくかをセミナー形式でまとめたもの。イマーシブオーディオを自宅で楽しむオーディオファンはもちろん、ホームシアターのインストールに関わる全国のオーディオショップや、メーカー技術者、プロのヴァイオリン奏者なども参加し、イマーシブオーディオの最新情勢について活発に意見が交わされた。

■音楽再生では「AURO-3D」フォーマットが有利



イマーシブオーディオのフォーマットとしてはドルビーアトモスが最も知られているが、入交氏はベルギーのギャラクシー・スタジオが最初に提唱した「AURO-3D」というフォーマットを重視している。特に「音楽再生においてはAURO-3Dが最も優れている」と考えているという。

その理由について、ドルビーアトモスでは映画におけるオブジェクトの移動(ヘリコプターの旋回など)といった効果音的な使い方においては有利だが、AURO-3Dはあくまで「音楽制作」を意図したものであり、より自然な音場感を実現できるという点があるという。(ちなみに「イマーシブオーディオ」という言葉を最初に提唱したのも、AURO-3Dの開発チームである)

音楽制作においてもステレオではなく「イマーシブ」(多チャンネル)を必要とする理由について、入交氏は「音場は非常に複雑な条件で生成されること」、そして「人間の聴覚心理によってマスキングされてしまう周波数帯域があること」の2点があると指摘する。

多チャンネル録音が必要な理由について、音場の生成は気温や人間の頭の自然な揺れなど、ちょっとした条件で変わってしまうことが挙げられる

専門性の高い話となるので非常に簡略化した説明となるが、人間の耳には、ある周波数、例えば440Hz周辺(ラの音)の音が再生された状態では、それに近い周波数の音はマスキングされて聴き取りづらくなる、という特性がある。また人間の耳は左右に二つあるため、わずかながらそれぞれの耳への「到達時間の違い」が発生する。この到達時間の違いによって、人間は音の発生源やその距離を認識することができる。

人間の耳には、複数の音が重なると「マスキング」されて聴こえなくなるという特性もある

これまでのステレオ録音ならば、複数の音の周波数が重なってしまった場合、それぞれの帯域の音が問題なく聴こえるようイコライザーやコンプレッサーなどで音を整理する必要があった。しかし多チャンネル録音においては、音の聴こえる方角が前方だけではなく、前後左右上方向まで非常に広い。音の発生源がより広い領域となることで、マスキング作用が起こりにくく、過度なイコライジングをしなくても良質な音を届けることができる、ということだ。

多チャンネルでのファントム定位の生成に関するレコーディング側の取り組み

とはいえ、やみくもにスピーカーをたくさん設置すれば良い、というわけではもちろんない。人間の耳に「定位感」として聴き取れるためにはどの程度のスピーカー間の距離や角度(仰角)が適切か、という課題もある。そういった課題について人間の知覚心理から紐解いていくと、AURO-3Dのセッティング方法が非常に理にかなっているのではないか、というのが入交氏の考え方である。

AURO-3Dの提唱するセッティング角度が音楽再生には最適だと入交氏は考えている

■入交氏の貴重な録音をマスターデータで再生



セミナーの前半で人間の聴覚の特性について学んだ後、後半はお楽しみの試聴タイム。今回のWOWOWの視聴ルームでも、入交氏が過去に録音したさまざまな音源(オーケストラや自然音、ヴァイオリンソロなど)について、主にAURO-3Dの13.1chセッティングで体験した。

ドルビーアトモスとAURO-3Dの違いや、スピーカーセッティングの違いなど、貴重な聴き比べができた

京都市交響楽団が60周年記念として収録した「マーラー:交響曲第8番変ホ長調『千人の交響曲』」では、AURO-3Dとドルビーアトモスでの聴き比べを実施。セミナーに参加していたオーディオ評論家の山之内 正氏も「直接音と間接音のバランスによるものなのか、ステージの一体感はAURO-3Dのほうがよく見えてきます」と賞賛を送る。

WOWOWの視聴ルームには、AURO-3D用やアトモス用など、各種スピーカーが天井に据えられている

また東京カテドラル聖マリア大聖堂にて収録された名倉 誠によるマリンバ演奏では、22.2ch、AURO-3D 13.1ch、5.1ch、ステレオという4パターンの聴き比べを実施。ちなみにいまさらの解説になるが、イマーシブオーディオ(あるいは立体音響、3D音響などとも言われる)とサラウンドの違いは、「上下方向」の音情報のありなしにある。

やはり高さ方向の音がなくなると音場感がぐっと小さくなって、なんとなく寂しい印象を覚える。特に東京カテドラルは天井が高く、長く自然な残響が特徴的な会場であり、その残響成分はAURO-3Dフォーマットならばより豊穣に聴き取ることができる。

東京カテドラルで収録されたアカペラ録音の様子

また入交氏が森の中の自然音を収録した録音においても、鳥の音の高さ方向の再現性や、背後に流れる川のせせらぎなどはイマーシブオーディオのまさに本領発揮。ステレオでは残念ながら鳥の鳴く位置や背後の川の音は明瞭に把握することができなかった。

バチカンのサン=ピエトロ大聖堂にて収録されたミサ「ことばの典礼」では、ミサに列席しているかのような荘厳な気持ちをもたらしてくれる。キリスト教文化の発展をもたらした教会や音楽の役割について、改めて畏敬の念が芽生えてくる。

大編成のオーケストラの音場表現の見事さもさることながら、ヴァイオリン・ソロの録音においても、立体的な録音表現ができることは非常に印象的だった。セミナーに参加していたヴァイオリニストの河井勇人さんも、「コンサートホールの一番いい席に座っているかのようで、後ろの壁からの反響も感じ取れました」と驚きを隠せない。

ノルウェーの2Lレーベルは、イマーシブ録音を積極的にソフト化している稀有なメーカー。「LUX」はドルビーアトモスとAURO-3Dの聴き比べもできる

■コンテンツの拡充やハードウェアの実装が今後の鍵



最後は質疑応答の時間。ホームシアターのインストールショップやメーカーの技術者も参加していたこともあり、「どのように自宅に設置したら良いのか」、あるいは「ルームチューニングアイテムをどう組み合わせて考えると良いか」といった具体的な質問が多く飛び出した。

入交氏の考えでは、スピーカーの間は3m程度確保できれば十分で、間が空きすぎると定位感が損なわれるとのこと。最低でも9本のスピーカーを用意すればイマーシブ感はしっかり確保できると説明した。また上方向のスピーカーへの仰角は25-30度が良いと考えているという。セッティング方法については、理想的には壁からある程度離してスピーカーを設置し、壁からの反射の影響を避けることをポイントとして挙げていた。

一方で、やはりAURO-3D普及の課題として「コンテンツの数が少ない」といった指摘もショップから寄せられた。「生演奏をリファレンスにするならばAURO-3Dが良いということも非常によく分かったが、お客さまに推薦するにはコンテンツが少なく、どうしてもドルビーアトモス配置になってしまう」とも。

それに対して入交氏は、「今後もコンテンツの制作に力を入れていくことはもちろんですが、AURO-3Dを制作できるエンジニアを育成していくことも考えています」とコメント。WOWOWを退職後は奈良に新たなイマーシブオーディオのスタジオの準備を進めているということで、今後も積極的に制作並びに情報発信を続けていきたいと展望を語ってくれた。

今回のセミナーを通じて、音楽制作や録音においては、感性的なセンスを磨くことはもちろん、音の物理特性や人間の耳の聴こえ方といった理論への理解が非常に重要であるということが改めてよく理解できた。それは音楽を楽しむ側にとっても同様で、イマーシブ/ステレオを問わず、オーディオ機器のセッティング方法にも大いに活用できる。

すでに発表されている通り、AURO-3Dは現在ストリーミングへの活用も進められており、「AURO-CX」と呼ばれる新しいコーデックが準備されている。帯域の幅に応じてロスレス、ロッシーとフォーマットを可変することで、安定した伝送を実現するというものとのこと。今後はAVアンプ等のハードウェアへの実装や、ストリーミングサービスとしての実装にも期待したい。

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