公開日 2014/11/05 11:00

指揮者・武藤英明氏が語る映画「ミンヨン 倍音の法則」− 「倍音」とモーツァルトの関係とは

山之内優子
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映画「ミンヨン倍音の法則」が、2014年10月11日より東京の岩波ホールで公開されている。(岩波ホールと全国で順次公開)。

「ミンヨン 倍音の法則」監督:佐々木昭一郎 (C)2014 SIGLO/SASAKI FILMS

監督は、NHKで演出したラジオ/テレビ作品が多くの人々に鮮烈な印象を与え、伝説的ディレクターとも言われてきた佐々木昭一郎氏。本作品は佐々木氏の20年ぶりの作品で、初映画監督作品である。

今回の作品では、佐々木監督が実際に出会った韓国人の若い女性「ミンヨン」を中心に、人々や時代のイメージが人の心の動きのように自由に描かれている。その中で重要な要素となるのが「音楽」。中でも主人公が関心を寄せるのがモーツァルトだ。映画には、主人公のテーマとなるモーツァルトのピアノ協奏曲22番とともに、交響曲41番「ジュピター」が繰り返し使われている。

この演奏の指揮をし、映画出演もしているのが、日本とチェコの両国で音楽活動を展開している指揮者・武藤英明氏だ。映画に関連する「倍音」と「モーツァルト」を中心に、「原信夫とシャープス&フラッツ」の演奏に刮目したエピソード、「感性」を育てる環境の重要性などについてお話をうかがった。


武藤英明氏(C)西嶺伸和
武藤英明氏
長崎県雲仙市生。1972年桐朋学園大学卒業。 同学園で斎藤秀雄に指揮を学ぶ。1976年チェコのプラハへ渡り、ズデニェク・コシュラー(チェコ・フィル常任指揮者、プラハ国立歌劇場音楽監督)に師事。以来、チェコを中心にヨーロッパ各地で、プラハ交響楽団FOK、スロヴァキア・フィルハーモニー、プラハ放送交響楽団、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団、フランクフルト放送交響楽団、ロシア・フィルハーモニー交響楽団他、多数のオーケストラを指揮。チェコ音楽界からの信頼は厚く、最も長くチェコで活躍する邦人音楽家の1人である。

日本国内では、1986年プラハ放送交響楽団とサントリーホール・オープニングシリーズでデビュー。札幌交響楽団、日本フィルハーモニー交響楽団、読売日本交響楽団、新日本フィルハーモニー交響楽団、名古屋フィルハーモニー交響楽団等を指揮。また、日本の市民オーケストラや、青少年へのオーケストラ教育にも積極的に取り組み、TVと映画の「のだめオーケストラ」では指揮指導をおこなった。

佐々木昭一郎監督「ミンヨン 倍音の法則」に、1995年の「八月の叫び」に続き出演。この映画には、武藤氏が2006年、プラハ「芸術家の家」ドヴォルザークホールでチェコ・フィルハーモニー管弦楽団を指揮し、翌年、オクタヴィアレコード(EXTON)よりCDリリースされたモーツァルト交響曲第41番「ジュピター」の演奏が、重要なモチーフとして使用されている。


  ◇  ◇  ◇  


「倍音」とモーツァルト

佐々木さんに倍音の話をしたのは、たまたま一緒に食事をしている時だったと思います。佐々木さんは、自分は倍音について、学術的なことや数値でどうこうはわからんとおっしゃられたのですが、異常なほどの関心を示されたんですね。

2009年6月、杉並区の区民集会室に、武藤氏から声をかけられた武藤氏旧知の市民オーケストラの団員が楽器を持って集まり、佐々木監督の前で倍音の講習会が開かれた。アコースティック楽器では一つの音、ドを鳴らしただけでも、その上のド、ミ、ソ、シなどの倍音が聞こえてくる。しかし簡単な電子楽器では倍音は響かない。ここで佐々木監督はそれを実際に体験した。講習会後、佐々木監督は、近年知り合った女性を主人公に「倍音」を織り込んだ映画を作る、と武藤氏に精力的に語ったという。

「倍音」は佐々木さんにとって、金の鉱脈を探し当てたようなものだったのではないでしょうか。佐々木さんは、昔からモーツァルトの音楽に対しても異常な反応をするんです。斉藤秀雄先生も言っていますが、万人がモーツァルトを好きなんです。ところがその多くの人が、「モーツァルトが好きだということが好き」な人が多い。また、書物を読んでモーツァルトが好きな人もいます。活字から入った人は知性でモーツァルトをとらえている。それでもいいんですよ。伝記を読むのも結構です、書物を読むのもいいです。けれど、モーツァルトは音楽。聞くものです。

佐々木さんはモーツァルトの本を読んだとか、伝記など、どうでもいい。聞いて、これだ、と。感性でとらえている。

木と石でできたドヴォルザークホールは、自然倍音が早く立ち上がる

「ミンヨン 倍音の法則」で使用されているモーツァルト「ジュピター」の音源は、武藤氏が2006年に、プラハのドヴォルザークホールでチェコフィルハーモニー管弦楽団を指揮し、翌年CDリリースされたものだ(CD情報はこちら)。

映画内で使用されたモーツァルト:交響曲第41番「ジュピター」(武藤英明指揮/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団)オクタヴィアレコード ¥2,857(税別)

チェコ・フィルハーモニーの黄金期は戦後、第二次世界大戦が終わって、60年代から70年代、80年代にかけて、ヴァーツラフ・ノイマンさんが首席指揮者をやっていた時期だと思うのですね。その頃がチェコ・フィルハーモニーのチェコ・フィルハーモニーたる魅力があった。当時のメンバーのほとんどが、チェコで教育を受けたチェコ人で、独特な音と響きがあった。その響きや音というのは、ドヴォルザークホールで常日頃、練習をやっていて、演奏会もそこでやる、本番もそこでやる。そうすると、その会場に、どうすれば最もふさわしい演奏ができるか、ということになります。

ホールについて、よく、残響が0.何秒とか、2.8秒は長すぎるとか言われますが、響きということでは質の問題が大切です。岩山で長いこだまがありますね。手をぽんと叩くと乱反射する。あれは鳴き龍状態になってしまう。残響が長くてもああいうところは、やりづらい。オーケストラにとって質の良い響きが得られる会場、それがドヴォルザークホールです。私の知っている範囲の中では最高のホールです。

日本では木質、木で作ったホールが良いと思っている人が多い。間違いではないですけれど、木だけでは駄目ですね。木と石の組み合わせがいい。ザルツブルグの祝祭劇場、あそこは岩山を繰り抜いて作ったもので非常に良いです。木と石の組み合わせが非常に良い響きをオーケストラにもたらしてくれる。ですから、早い話が自然倍音が早く立ち上がる所。その数少ないホールの一つがドヴォルザークホールであり, また、アムステルダム、コンセルトヘボウ。さらにウィーンのムジーク・フェラインザールじゃないでしょうか。チェコ・フィルハーモニーは、このドヴォルザークホールに最も合った弾き方をするオーケストラなのです。

次ページチェコ・フィル黄金期の音と言われた武藤氏指揮の「ジュピター」

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