ダイナミックオーディオ5555の川又利明さんが語る、B&W「801 D4」“アビーロードエディション”の特別な音
イギリスの名門音楽スタジオとのコラボが実現
英国名門スピーカーブランドにして、スタジオモニターとしても世界的に信頼を得るBowers&Wilikins。この夏、同社のトップラインである「801 D4」と、イギリスの名門音楽スタジオ「アビーロードスタジオ」とのスペシャルコラボレーションモデル「801 Abbey Road Limited Edition」が発表され、世界中で大いに話題を呼んだ。
全世界140組限定、日本国内も15セットのみという貴重なスピーカー。今年7月の上海、8月の香港のオーディオショウでもこのアビーロードエディションは大いに話題を集めており、世界的な熱狂を感じさせてくれた。
その音質に惚れ込んだのが、秋葉原のオーディオ専門店・ダイナミックオーディオ5555 ハイエンド・オーディオ・ラボラトリーIの店長・川又利明さんである。
アビーロードエディションは、11月1日と2日に開催された「マラソン試聴会」にても披露され、その“特別な”サウンドには多くの来場者が耳を奪われた。B&WのスピーカーはPHILE WEBの試聴でも普段からリファレンスとして活用されており、筆者にとってもいわば「聴き慣れた」スピーカーである。だが、川又さんの語りと共に奏でられるその音は、これまで聴いたどのB&Wの音とも違う新鮮さに溢れていた。
B&Wのトップディーラーとして市場を牽引
B&Wの「アビーロードエディション」は何が特別なのか。「オリジナルノーチラス」の国内展開の立役者としても知られる川又さんに、この「アビーロードエディション」の魅力、そしてB&Wとの深い関わりについて語ってもらった。
「私がB&Wとのご縁を得ることになったのは1993年、いまから30年以上も前のことです。当時ステレオサウンド誌の表紙を飾っていた(オリジナル)ノーチラスの写真をみて衝撃を受けたことが最初の出会いでした」と川又さんは振り返る。独特の渦巻き形状、背後に細く長く伸びたノーチラスチューブ、4chのマルチアンプを必要とする構成など、常識を覆す製品の登場に、川又さんは新しい時代のスピーカーの可能性を感じた。
その当時はまだ国内で購入することはできなかったが、1995年にB&Wは自社でチャンネルデバイダーの提供を開始、ノーチラスの正式展開をスタートした。その後の大躍進は語るに及ばず。B&Wは新たな時代のハイエンドスピーカーとしての地位を確かなものとしていった。
そして川又さんもまた、B&W製品のトップディーラーのひとりとして日本市場を牽引してきた。
さて、最新の「アビーロードエディション」である。いうまでもないが、その背景にはアビーロードスタジオにてB&Wのスピーカーがスタジオモニターとして長く活用されてきた、という歴史を踏まえて誕生したものである。
改めて現在のB&Wのフラグシップラインを振り返ると、2021年に「801 D4」が登場し、800シリーズが全面刷新。2023年には「801 D4 Signature」が登場。ショルダープレートの素材とトゥイーターのメッシュグリルが再検討され、カルフォルニア・バール・グロス(茶色)とミッドナイト・ブルーの(青色)の2色を展開。通常バージョンとは異なり、丹念に塗り重ねられたグロス仕上げとなっている。
そしてこの夏に発表された「アビーロードエディション」。こちらは「801 D4 Signature」をベースとして仕上げられており、上品なローズカラーのショルダーパッドがまずは目を惹く。
筐体の仕上げはこちらはグロスではなく、木目の質感を活かしたビンテージ・ウォールナットと名付けられている。ペア約1000万円と、800シリーズとして初めて1,000万円の大台を突破した。
標準の801 D4との違いは、ショルダーパッドの素材とトゥイーターのグリルメッシュの角度。つまり「801 D4 Signature」にて投入された技術はそのまま採用されているが、キャビネットの仕上げがグロスではなく突板仕上げになっている、というのが大きな違いになる。
「輸入元の解説によると、ユニットやクロスオーバーネットワークは共通で、電気的な特性は同じ。それでいて、D4 Signatureよりペアで約150万円も高い。ですから、私としてはその違いをお客様にきちんと説明できなければ、自信を持って売ることはできないんです」。そのため川又さんは、D4 Signatureとアビーロードエディションをこのダイナミックオーディオ5555の7Fフロアに揃え、さまざまに比較研究を行った。
そして、「アビーロードエディションの方がD4 Signatureよりも音が良い」と結論づけるに至った。
川又さんは苦笑いする。「セールスのことを考えれば、こう断言してしまうのは、あまり賢いことではないかもしれません。アビーロードエディションは日本でも15台限定で、ほとんど予約で埋まってしまい、残りはほんのわずかです。D4 Signatureはレギュラーモデルとして今後も展開しますし、すでに私から買っていただいたお客様も多くいらっしゃいます。アビーロードの音がD4 Signatureよりも良い、と語ることは、営業マンとしてどうなのだろう、と思わないではありません。ですが、私にはそう語りたいだけの理由があるのです」
音の違いの理由として、川又さんは“仕上げ”の重要性を強調する。801 D4 Signatureは先述の通り幾層にも塗り重ねられたグロス仕上げ、一方のアビーロードエディションは木目の質感を生かした突板仕上げ。だが川又さんは、単に「突板仕上げだから良い」と言いたいわけではない。
「すこし私の思い出話をさせてください。オリジナルノーチラスが世界的に成功したのち、2001年にSignature 800というモデルが登場しました。当時の価格で360万円。いまから考えると決して高くはありませんが、当時としてはハイエンドの価格帯のスピーカーです。同時に、Nautilus 800というこちらは300万円のモデルも発売されました。Signatureはハイグロス仕上げ、Nautilus 800は突板仕上げ。ユニットやクロスオーバーも共通。この時は秋葉原にダイナミックオーディオ5555がオープンしていましたから、この場所でこれらの比較試聴も行いました」
そしてその時は、ハイグロス仕上げの「Signature 800のほうが音が良い」と川又さんは結論付けた。
それでは川又さんの考える「音の良さ」はどこにあるのだろうか? 川又さんは、「地図の等高線をイメージしてください」と言葉を繋ぐ。
「前方にある左右2台のスピーカーに、等高線が描かれた地図を重ね合わせたところをイメージしてください。例えば富士山のようになだらかな山ならば等高線の間隔は広く、音像もゆったりとした存在感をもって響きが拡散します。一方、アルプスの稜線のような急峻な山ならば等高線の間隔は狭くなり、楽音の核に対して密集していくイメージです。Signature 800のほうが等高線が狭く、ピシリと締まった音像が実現します。一方のNautilus 800のほうが緩やかでふわりとした響きを重視した印象でした」。そして川又さんはこの時、等高線の急峻に迫るSignature 800に軍配をあげた。
そんな過去の経験から、今回のアビーロードエディション(突板仕上げ)のほうがふわりとした印象になるのではないか…と考えていたそうだ。だが、実際に比較するとアビーロードのほうがより急峻な姿勢を見せる。意外な結果に川又さん自身も非常に驚いたという。
「理由は、わかりません。B&Wのエンジニアに言わせれば、電気的な特性は変わらない、すなわち音も変わらない、と言うことでしょう。ですが、この環境で聴き比べて、やはり違いがある、と言わざるを得ません」と川又さんは言葉を強める。
専門店からの深い信頼がB&Wの音作りを支える
フロアに設置された「アビーロードエディション」を聴かせてもらう。送り出しはエソテリックのGrandiosoシリーズ。川又さんがいつも試聴に使っているWarren Bernhardt「Hands On」、精緻で輪郭感のはっきりしたサウンドである。楽器の位置関係も明瞭で、楽曲の意図、あるいはエンジニアの狙いというものまで明晰に見えてくる。なるほど急峻な等高線というのも納得だ。
D4 Signatureとの比較は叶わなかったが、隣に用意されていたHiro Acousticsのスピーカーとも聴き比べてみた。より超越的で神々しささえ感じるHiro Acousticに対し、B&Wはどこかやはり人間臭い。スタジオモニターとして、大地を踏み締めるような力強さを感じさせてくれる。
B&Wについての熱い語りを聞きながら、川又さんを駆動する「専門店としてのプロフェッショナリズム」について思いを馳せた。
オーディオで音が変わる理由については、いまだ謎が多い。かつては「デジタルで音が変わるはずない」「クロックで音が変わるはずない」「LANケーブルで」「ルーターで」…さまざまな「あり得ない」が言われ続けてきた。
だが、「変わるものは変わる」、そして「良いものは良い」と、確かな環境と確信の元に川又さんは検証を続けてきた。そしていまでは、デジタルやネットワークにおける「音が変わる要素」についても多くのことが明らかになってきた。
さまざまなスピーカーを聴き比べ、時には開発陣やエンジニアが気づいていないことも指摘し、「良い音」の探求をさらに高みへと導いていく。それがオーディオ専門店の役割でもある。その指摘が、長いスパンでみたときのメーカーの製品開発に活かされたことも少なくないだろう。
通常こういった限定モデルは、予約販売だけで終了してしまう。オーディオショップに展示導入されることは極めて稀なことだ。だが、それを単なる色違いと位置付けず、「良い音のヒントはないか」と見極め続ける。その姿勢の根底に流れるオーディオへの深いリスペクトを、川又さんのサウンドからは感じられた。
「801 Abbey Road Limited Edition」は、川又さんのフロアに“しばらく”設置されているそうだ。スタジオ関係者からの信頼に加えて、オーディオ専門店というプロフェッショナルからの深い信頼が、進化し続けるB&Wの音を支えているのだと、改めて理解できた。
(提供:ディーアンドエムホールディングス)

