オンキヨーの特許技術を搭載したヘッドホンアンプキットを作ってみた…ら思ったよりも高難度!でも音は最高!
ヘッドホンアンプキット制作に挑戦してみた!
令和7年ももう師走。まもなく令和8年の午年、2026年を迎えるが、年末年始の散財テーマはお決まりだろうか?
さて、今年4月に始まった本企画「オーディオを、遊ぼう!“ザ・良音計画”」も6回目。楽しく、真面目に、そしてどっぷりとオーディオの楽しさに音の仲間を誘惑しちゃうぞ! というコンセプトは揺らぐことなく提案を続けるつもりだ。
今回のチャレンジ案件は、オンキヨーの特許技術を搭載した共立電子産業のヘッドホンアンプキット「TRHPA-KIT01」。設計はオンキヨー、企画・販売はオーディオキット「ワンダーピュア」ブランドで知られる共立電子産業が担当する。よって購入窓口は同社オンラインショップ「共立エレショップ」から。本記事掲載時点(2025年12月23日)では2回目の予約が行われており、お届けは2026年3月頃となる予定だ。
まず製品化の経緯からお伝えしよう
さていつもなら「さっそく組み立てに挑戦!」となるところだが、本製品は成り立ちが一風変わっているので、その事情をざっとお伝えしてから実践編に入ることとする。
一風変わっている、と書いたのはこれがオンキヨーの技術社員、吉田誠さんの「オーディオ用アナログ回路の妙味、技術者への伝達への想い」がスタート地点にあることだ。
「TRHPA-KIT01」に活かされた「電源供給能力が高く、低ひずみなヘッドホンアンプ用アナログ回路」の研究開発は2010年頃のこと。コア技術はある程度確立できたものの製品化にはまだ時間がかかる段階だった。
検討を続けるうちに、オンキヨー自体がオーディオメーカーである親会社から独立しソリューション提供の会社へと生まれ変わったため、製品として出す機会を失ってしまった。
非常に工夫を凝らしたこの回路は吉田さんの力作であり、また若い技術者や学生たちがオーディオ用アナログ回路を学ぶきっかけになればという想いも相まって、専門誌『トランジスタ技術』(2025年9月号)への解説記事掲載に至り、これが反響を呼んだことで製品化が実現したという経緯をもつ。
キット製品としてリリースした理由は、まず使うだけでなく組むことで回路図を目にし学ぶ機会となること。次いでモジュール構造としたことで将来的にユーザー独自のモジュール開発ができること。最後にある程度購入者が絞られるキットならではのユニークな企画を製品化できることだったという。
そんな物語から生まれた「TRHPA-KIT01」の組み立て難易度は? 注意点は? そして期待のサウンドは? 本稿担当者が電子部品軍団と悪戦苦闘したレポートをお届けします!
「3〜4時間かな」という見立ては崩壊
本稿担当者は、この連載第1回でトライオードの真空管アンプキット「TRK-3488」に挑戦している。
この手の良質なタマアンプキットをこれまで7〜8台組んだことがあり、いずれも組み上げることができた。はんだの上手下手、空中配線の引き回しの美しさなどはともかく、問題なく動作する段階まではもっていくことができたわけだ。
それゆえ「HPアンプキットも大丈夫だろう」と高を括っていた……そう、パッケージを開梱してパーツ点数を確認するまでは。
パーツ、取説を見ての第一印象は「これは、けっこう大変そうだな(汗)」というもの。まず単純にパーツ点数が多いのと、とにかく小さく細かく、また基板もコンパクトであるため、取説とじっくりニラめっこして気を使う必要があるからだ。
当初「3〜4時間くらい?」という胸算用は完全に外れ、なんと日をまたいでファイルウェブ編集部で組むことになるとは、この時点ではお釈迦様でもご存じなかったはずだ。
基本的な作業の進行としては、Lch、Rchそれぞれの基板にパーツを実装してヘッドホンアンプモジュールを完成させ、オーディオマザーボードにパーツを実装したのち両者を接続。
最後にアクリル板で上下左右前後をカバーすれば完成! と書くとホップ・ステップ・ジャンプでできそうだが、それぞれ手順が多い。ゆめゆめ侮ることなかれ!
むろん、吉田さんが解説記事を掲載した『トランジスタ技術』の愛読者であれば問題ないだろう。しかし、真空管アンプキットを数点組んだ程度の者にとってはハードルが高いのも事実である。
要するに筐体が小さいからパーツも小さく、手間もかかる。これに比べれば真空管アンプキットは敷地(基板)に余裕があったと知った。
ただ1か所の超難関にギブアップ!
超難関が1か所ある。本機への電源ソケットであるUSB-C端子の基板へのハンダ付けだ。
この箇所については取説でも「特にコツのいる部分」として触れられているが、「こんな小さな狭いところに、ハンダがつけられるのか?」と、やる前から白旗をあげたくなった。
……で、告白しますが、本稿担当者はこのUSB-C端子のはんだ付けを行うことができなかった。結局、スキルをもつ方に泣きついたのだ。
組み立て難易度の判断は人それぞれだから、基準はあくまで「本稿担当者にとって」。また製品化の背景からも分かるように、「TRHPA-KIT01」が減少傾向にあるオーディオ用アナログ回路設計者の興味や関心を引く、または設計者を目指す人を育むことをも目指すものと考えれば、この難易度レベルは必然なのだ。
挫折を越えて……感動・至高の試聴体験
ついに完成した(手伝ってもらっているが……)「TRHPA-KIT01」の本領を発揮してもらおうじゃないか! 既述のように電源はUSB-Cで、これはAC/モバイルバッテリーともに電源供給可能。
音声入力は3.5mmミニジャックのほか、BNC端子を備える。「一般的なRCAピンプラグとしなかった理由はなに?」と思い吉田さんに尋ねてみると、「今回の製品はキットでの提供ですのでとくにオーディオの好きなアナログ回路技術者を対象にしています。超低ひずみの性能をもっておりますが、その性能をアナログ回路技術者が測定して確かめるにはオーディオ計測器に使用されている BNCが最適と考えました。また今後ユーザー自身がこれを超えるモジュールを開発するかもしれません。その際に測定に便利なようにしております」とのこと。あくまで開発者を念頭においての採用だったことがわかる。
今回の試聴では共立エレショップで扱っている「BNCP-RCAJ RF変換コネクター」を使用した。価格は1個330円と手頃ゆえ、「TRHPA-KIT01」ご購入時には併せて入手されたい。
トグルスイッチをハネ上げて電源を投入。モジュール基板の青色LEDが灯り「TRHPA-KIT01」に命が吹き込まれる。
太いシャフトでつなげられたボリュームとノブはまったりとしたトルク感をもち、コマンドダイヤル化した昨今の電子ボリュームとは異なるテイスティな手触りだ。
「TRHPA-KIT01」を楽しむならヘッドホンもキットを! ということでマイ相棒、フォステクスの「RPKIT50」をチョイス。平面駆動型振動板を採用し続けるRPシリーズでは異色のキットモデル(すでに終売)で、パーツの選択によりサウンドチューニングができる凝った仕様をもっていた。ただ、インピーダンスが50Ωと高いため、一般にスマホなどとの直結では鳴らしにくいヘッドホンと言える。
Qobuzで試聴。背筋がゾクリ!
Qobuzでアップされたばかりの矢野顕子ライブを聴く。PCからオーディオテクニカのお手軽なUSB-DAC「AT-HA40USAB」を経て、RCAピンプラグで入力した。
再生。拍手。『ごはんができたよ』が始まったらもう、心をもっていかれた。すがすがしい鳴りだ。“超低ひずみ”を謳う通り、音の輪郭が合っているからサウンドの粒立ち、リズムのキレがあり、臨場感を演出する。低音はヘヴィではなくスピーディな印象だ。
続いてショスタコーヴィチの交響曲第5番『革命』(オスロフィル/クラウス・マケラ指揮/2023年録音)。近年録音らしい静寂のなかから垂直に音が立ち上がる。冒頭から不穏だ。1937年のソ連ってこんな世相だったのか。これまで何度も聴いてきた『革命』だが、背筋がゾクリとした。
良質な録音は良く、そうでなければそのまま音化する。にじみもなければ色付けもしない。これはソフトに対して真面目なアンプである。
吉田さんと音質担当の北川さんが求めた音の方向性を尋ねると、「芯があり力強くパワフルであること。明瞭で音のイメージがきちんと再現されることです。加えて余韻などの微小音の再現も重視しました。電流をアシストする特許回路による低歪に加え、オーディオ設計で重要視していた電源や電流ループをはじめ部品レイアウト、パターンによりS/Nの高さを感じて頂けると思います。音楽ジャンルについて特に決めているわけではなく設計者が実際のライブが大好きで、演奏者がそこにいるような再生を目標にしていました」とのこと。激しく同意である。
令和時代にオーディオキットを組むということ
オーディオキットを組み立てる最大の喜びは、自ら手を動かし、知恵を絞って組んだオーディオ製品が音楽を奏でる時間にある。だが 「TRHPA-KIT01」には、ベテラン技術者からのメッセージという側面もある。これを通じてオーディオ用アナログ回路に興味をもってほしい、学んでほしい……という技術のバトンだ。
最後に、本稿担当者の腕の未熟を棚に上げて繰り返すが、「TRHPA-KIT01」は“誰でも気軽に組めるキット”ではないと思う。相応の知識とテクニックが求められるが、挑戦の扉はつねに開かれている。
来たれ、電子回路の冒険者!

