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クアルコムのオーディオ部門責任者にインタビュー

ヘッドホン単体でストリーミング再生が可能に。クアルコム「XPAN」の新機能「direct-to-Cloud」を体験した

公開日 2025/10/01 11:30 山本 敦
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米クアルコムのオーディオ部門の責任者、ディノ・ベキス氏にSnapdragonに関連する先端のオーディオ技術の進展を聞いた。

Qualcomm XPAN(Expanded Personal Area Network Technology)は、ワイヤレスオーディオ機器の音質と操作性、そして体験の革新性に大きな影響を与えるクアルコム独自のテクノロジーだ。

Snapdragon Summitの会場で、クアルコムのオーディオ・ウェアラブル部門の責任者であるディノ・ベキス氏が日本人記者によるグループインタビューに答えて、XPANの最新事情を解説した。

会場でXPANに関連する新機能「direct-to-Cloud」のデモンストレーションも体験できた。筆者のインプレッションをレポートする。

クアルコム責任者が語るXPAN拡大のロードマップ

XPAN(エクスパン)は通常のWi-Fiプロトコルの上にあらゆるBluetoothオーディオのコーデックによる音声信号を載せて伝えるクアルコム独自開発によるワイヤレスオーディオのテクノロジーだ。

その詳細については、筆者はクアルコムが初めて発表した2023年のSnapdragon Summitでベキス氏に詳細を聞いている。また今年の4月にはクアルコムの日本法人が開催した記者向けの体験イベントを取材して、当時の最新状況をレポートしている。

XPANにより、ワイヤレスオーディオ体験の「音質」「ロバストネス(接続の安定性)」「伝送遅延」が改善される。またスマートフォンとワイヤレスオーディオの間にWi-Fiルーターを介することで、例えば2階建ての自宅1階にスマホを置いたままハンズフリー通話を始めて、そのまま音声を途切れさせることなく2階に移動して通話を続けるといった使い方が可能になる。

本稿ではXPANの技術的な詳細は割愛するので、必要に応じて上記の記事を参照してほしい。

グループインタビューに参加したメディア陣からは、ベキス氏に対して、最初に「XPANの対応状況」に関する質問が寄せられた。

現状、XPANを利用するためにはオーディオ機器の側にクアルコムの「Snapdragon S7+ Gen 1」、またはその弟妹クラスのチップセットである「S7 Gen 1」が必要だ。

さらにスマートフォンなど送り出し側となるデバイスには「Snapdragon 8 Gen 3」以降の、8シリーズのフラグシップSoCが求められる。

今年のSnapdragon Summitで発表された最新のSnapdragon 8 Elite Gen 5はXPANに対応する。コンピューティングデバイス(PC)向けのSnapdragon Xシリーズの対応についても現在準備が進められている。

2025年の春にシャオミが商品化した「Xiaomi Buds 5 Pro(Wi-Fi版)」が、世界で初めてXPANに対応するワイヤレスイヤホンになった。同社のスマートフォン「Xiaomi 15 Ultra」にペアリングすると、P2P接続の状態で最大96kHz/24bitのハイレゾリューションサウンドが楽しめる。

クアルコムがSnapdragon Summitに展示した、S7+チップを搭載するXPAN対応ワイヤレスイヤホンのリファレンスデザイン。

先ほど触れた、ワイヤレスイヤホンをWi-Fiアクセスポイントに直接つないで、より広いエリアでオーディオストリーミングを受信する「Whole Home Coverage」という、XPANのもう1つの独自機能について、シャオミの両製品は対応に向けた準備を進めているという。

ただ、おそらくはそれぞれの後継機が近く発表・発売されて、一息にP2P接続とWhole Home Coverageの両機能をサポートするんじゃないかと筆者は予想している。その後に従来のXPAN対応モデルもアップデートにより使えるようになるのだろう。

シャオミの場合、現在のところXPANによるオーディオ伝送に対応する環境は「自社製品の組み合わせ」に限定されている。

ベキス氏は「本来、スマートフォンとBluetoothオーディオの双方チップがXPANに対応するものであれば、広い互換性が確保されている」と説明している。シャオミが今後、そのような対応を検討してくれることを期待したい。

クラウド直結リスニングの新機能「direct-to-Cloud」を体験

Snapdragon Summitの会場では、クアルコムによるTWSのリファレンスデザインとなる評価機を使って、XPANで最大96kHz/24bitのハイレゾ音源を視聴したり、デモルームの壁を隔てて、Wi-Fiアクセスポイントを経由しながら50メートル以上遠い場所にいるクアルコムのスタッフと音声通話を交わす体験ができた。

そしてもうひとつ、ベキス氏が「デモンストレーションは本邦初公開」なのだと、胸を張って紹介したXPANの第3の機能である「direct-to-Cloud」を、筆者も会場で体験してきた。

direct-to-CloudはWi-Fiアクセスポイントを介して、ヘッドホン・イヤホンで直接コンテンツストリーミングを楽しむことを想定して開発された機能だ。今回の会場にはマーク・レビンソンが開発を進めているXPAN対応のワイヤレスヘッドホンのプロトタイプが用意された。

マーク・レビンソンが開発を進めるワイヤレスヘッドホンで、XPANの「direct-to-Cloud」の機能を体験した。

direct-to-Cloudは、間にスマートフォンを介することなくネットワークに接続できるところに大きな特徴がある。しかし、スマートフォンがないとコンテンツの選択操作に困る。そこで、試作されたヘッドホンにはChatGPTクライアントが組み込まれ、音声操作によりユーザーとチャットを交わしたり、インターネットラジオのリスニングを開始・停止できるユーザーインターフェースの可能性を同時に紹介した。

筆者も実機で体験した。Snapdragon S7+のチップセットにはワイヤレスイヤホン向けチップセットの常識を覆すほど高い演算処理性能がある。言語は英語のみになるが、「ハワイの天気」「今日のニュース」などをリクエストすると、ChatGPTが小気味よく答えてくれた。

今回のデモンストレーションではインターネットラジオ局は固定されていたが、「ラジオが聴きたい」などヘッドホンが搭載するAIエージェントと自然に会話を交わすような感覚で音声操作ができた。コンテンツの音量をアップダウンする操作もChatGPTに頼める。

筆者もChatGPTクライアントを搭載するマーク・レビンソンのヘッドホンの操作性を確かめた。声で入力したコマンドに対して、少し遅れるものの正確な応答を返してくれる。

記者からベキス氏に対して、将来ヘッドホン・イヤホンにセルラー通信機能を載せることで、direct-to-Cloudに対応できる可能性について質問が寄せられた。

ベキス氏はその可能性を否定しなかったが、セルラー通信機能はWi-Fi通信よりも多くのバッテリーを消費することから、ヘッドホン・イヤホンに直接通信モデムを組み込むことは「少し先の未来に起こり得るかもしれない」とコメントした。

ただし、イヤホン・ヘッドホンの本体にではなく、特に左右独立型ワイヤレスイヤホンの場合は充電ケースにモデムを載せる方が、比較的早期の実現可能性が高まるのではないかともベキス氏は考えを述べている。

あるいはややdirect-to-Cloudのコンセプトからは外れてしまうかもしれないが、スマートフォンよりも小さく、可搬性能に優れるセルラー通信機能搭載のスマートウォッチを間に挟む手もある。

折しもアップルが9月19日に5Gセルラー通信機能を搭載する新しいApple Watchの製品群を発表したばかりだ。

クアルコムのウェアラブルデバイスの責任者でもあるディノ氏は、「クアルコムにはモデムに関連する様々なテクノロジーの知見がある」と強調しながら、XPANにも関連する「ウェアラブルとワイヤレスオーディオのチップセットの親和性」を、今後もさらに高めたいと意気込みを語った。

なお、マーク・レビンソンのXPAN、およびdirect-to-Cloudに対応するヘッドホンは早ければ来年初に商品化され、以後ソフトウェアアップデートなどを図りつつ、XPANの各機能を順次サポートする見込みだ。

Snapdragonスマホにスタジオ品質の高性能マイクが載る

クアルコムが発表したモバイル向けSnapdragon 8 Elite Gen 5のチップセットには、ピエゾ方式のMEMSデジタルマイクが統合されている。この新しいマイクを中心に、8 Elite Gen 5を搭載するスマホにスタジオグレードのマイク性能を実現する、ハードウェアとソフトウェアの新技術を統合した「Snapdragon Audio Sense」という新しい技術スイートに迫りたい。

Snapdragon 8 Elite Gen 5を搭載するスマホのリファレンスデザインで、高性能マイクによる集音性能を確かめた。

Snapdragon Audio Senseは、クリエーションツールとしてのSnapdragon搭載スマホの価値を高めることを目的にした技術だ。

24ビットの高性能デジタルマイクは、Snapdragon 8 Eliteを搭載するフラグシップ級スマホと比べて約2倍のダイナミックレンジに富んだオーディオ録音を可能にする。強い風切りノイズをも低減する高性能なノイズリダクションのアルゴリズムも提供される。チップセットに統合された2基のマイクユニットは、高精度なビームフォーミングレコーディングにも対応している。

チップセットに統合されたマイクにより、ダイナミックレンジに富んだサウンドが収録できる。
ショットガンマイクのように、ターゲットに狙いを定めたビームフォーミング録音が可能になるという。
環境ノイズリダクション機能により、ハンズフリー通話の音質も改善される。

Snapdragon Summitの会場で、Snapdragon 8 Elite Gen 5を搭載するリファレンスモデルのスマートフォンで集音した音声を、市販のワイヤレスヘッドホンで聴くことができた。5メートルほど離れた場所でスピーチをする話者の声がクリアに聞こえる。ノイズリダクションにも不自然さを感じない。

クアルコムは外部のデベロッパ向けにSnapdragon Audio SenseのAPIも提供する。

同社のプレゼンテーションではビデオコンテンツの収録時に、ビームフォーミングを活用して話者の声をクリアに録る使い方を提案していたが、音楽制作やボイスレコーダーのように「音声のみ」を扱うモバイルアプリのために、チップセットに統合されている高性能マイクを使うこともできる。

今後はSnapdragonのSoCを搭載するAndroidスマホの「マイクの音質」にも要注目だ。

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