次世代Snapdragonチップ、スマホのカメラ性能はどれくらい進化する? クアルコム幹部が詳細を語る
クアルコムが次世代のモバイル向けチップセットである「Snapdragon 8 Elite Gen 5」を発表した。数ある進化の中からコンテンツクリエーションに関連するカメラと、オーディオレコーディングに関連するアップデートをまとめてみたい。
2日目に開催された基調講演の中で言及された「Android XR」の進捗についても、グーグルのゲストスピーカーによる談話も交えながら紹介する。
第3世代Oryon CPUが映像クリエーションの体験も引き上げる
Snapdragon 8 Elite Gen 5(以下:8 Elite Gen 5)に関する全体像はイベントレポートでお伝えしているが、本講でも最初に新しいプレミアムクラスのモバイル向けSnapdragonのハイライトの一部から振り返ろう。
8 Elite Gen 5にはクアルコムが独自に設計する第3世代の「Oryon CPU」が搭載された。同社はそのパフォーマンスを「世界最速のモバイルCPU」としてうたっている。
現行世代のモバイル向けチップセットであるSnapdragon 8 Eliteから6基のパフォーマンスコア、動作周波数を高めた2基のプライムコアによる8コア構成を継承しているが、プライムコアの性能が最大4.6GHz、パフォーマンスコアは3.62GHzに向上している。
コンピューティングデバイス向けのSnapdragon X Eliteチップに搭載した初代のOryon CPUに比べると、パフォーマンスは約40%向上し、消費電力は43%削減した。
CPUの性能向上が、映像・音声のコンテンツクリエーション全般にも良好なユーザー体験を引き出す基になっている。
イベントの2日目に開催された基調講演には、クアルコムのモバイル・コンピューティング・XR事業の責任者であるアレックス・カトゥージアン氏が立ち、8 Elite Gen 5の特徴を紹介した。
カトゥージアン氏は次世代のチップセットは実世界のユースケースに焦点を当てて設計されており、マルチタスク、ゲーム、ビデオ編集などがより高速かつスムーズになると語った。
カトゥージアン氏は8 Elite Gen 5が次世代のAIエージェント機能を提供する高パフォーマンスなチップセットであると、その特徴を伝えている。
AI処理を専門に行うプロセッサであるHexagon NPUは設計を根本から見直し、前世代から約40%のパフォーマンス改善と、15%の省電力化を図ったとのこと。採用する端末は写真やビデオのAIによるリアルタイム補正をよりスムーズに行う機能を実装できるという。
クアルコムが設計するAdreno GPUは、専用のオンチップ・グラフィックスメモリであるG-memのアプローチを変えて、外部のデベロッパにコンテンツ開発の自由度をもたらす「Adreno High Performance Memory(HPM)」を導入した。この進化はゲーミングの快適さが増す大きな要因にもなる。
モバイルデバイスに組み込まれている様々な種類のセンサーから集まる情報を、低い消費電力で素速く処理する「Sensing Hub」には、様々なAIモデルの推論処理に対応しながら環境コンテキスト認識の柔軟性を高めるために、新しいハードウェアコンポーネントとしてQualcomm Personal Scribeを追加した。
これにより8 Elite Gen 5を搭載するスマホなどのデバイスは、Always onカメラ等から集まるセンシングデータを活かしながら、ユーザーの行動を正確に把握してAIエージェント的な機能を拡大できるようになる。
リッチになるAndroidスマホのカメラ性能
続いてSnapdragon 8 Elite Gen 5を構成する画像信号処理プロセッサー「Spectra ISP」の進化にスポットを当てたい。
Snapdragon Summitのプログラムとして開催された、新しいチップセットによるコンテンツクリエーションを紹介するセッションには、Snapdragonのカメラ・マルチメディアまわりの開発責任者であるジャッド・ヒープ氏がSpectra ISPの説明に立った。
最新のSpectra ISPは、AIモデルを活用するデジタル画像処理に最適化するためにアーキテクチャの多くの部分を再設計した。データ処理のパイプラインは現行世代Spectra ISPの18ビットから、新しいGen 5では20ビットに拡張されている。
写真やビデオの色深度やダイナミックレンジの処理能力が向上することにより、色彩や明暗の表現力が豊かさが増す効果が期待できる。
Spectra ISPが搭載するAE/AF/AWBのオート機能については、特にオートフォーカスが被写体にズームインしながら焦点を合わせながら追跡し続けることも可能になる。
カメラの前を別の被写体が横切り、レンズを遮った場合も被写体にしっかりとフォーカスを合わせ続ける。1回のシャッター動作で複数の異なる露光時間の画像を同時に撮影する、14ビット精度のHDR対応マルチエクスポージャーセンサーもサポートする。
暗所撮影性能を高めるアルゴリズムは最新世代の「ナイトビジョン3.0」を搭載。ノイズリダクション性能を高めたことで、例えば空のようにディテールの少ない平坦な被写体を撮影する際に粒子やノイズが低減される。
またNPUとISPが連携しながら被写体のトーン、テクスチャ、色を領域ごとに調整するセマンティックセグメンテーションが認識できる領域も拡大した。
クアルコムは2021年に、デジタル写真・ビデオのコンテンツ認証を専門とするテクノロジー企業のTruepic社に出資を行った。
両社はC2PA(Coalition for Content Provenance and Authenticity)によるデジタルコンテンツの来歴を証明する技術規格に基づいて、Snapdragonのチップセットを搭載するデバイスのカメラで撮影した写真・ビデオにコンテンツの出所情報を埋め込む技術を一緒に開発してきた。
最新の8 Elite Gen 5チップでは、カメラのパイプラインにC2PAに基づく来歴情報を埋め込める機能が統合され、オプションとして提供される。デバイスを開発するメーカーは、最新の8 Elite Gen 5を搭載する端末にこの機能を搭載するか任意に選べるようになる。
プロフェッショナル品質のオーディオ録音が可能
ヒープ氏は、8 Elite Gen 5を搭載するデバイスによるオーディオ録音の精度が向上することについてもセッションの中で説明した。「Snapdragon Audio Sense」という新しい技術スイートの中に組み込まれるいくつかの機能に注目したい。
まず、新しいチップセットにはクアルコムが開発するピエゾ方式のMEMSマイクが統合されている。マイクが集音した音声信号は最大24ビットのパイプラインにより、CDクオリティの16ビットを超える音質で処理される。
最大秒速9メートルの強い風切りノイズも低減できるAI解析のアルゴリズムや、高精度なビームフォーミングによるオーディオズーム機能も統合した。ヒープ氏は新しいマイクと各種音声信号処理の技術を含むSnapdragon Audio Senseが、これまでにないレベルの高音質なオーディオ録音を可能にすると胸を張った。
ほかにも8 Elite Gen 5では、初めてAPV(Advanced Professional Video)コーデックへの対応を実現した。APVはサムスンが規格化を主導した映像コーデックであり、クアルコムによると最新の8 Elite Gen 5がAPVコーデックを使った映像記録をサポートする最初のモバイルプラットフォームになるという。
ヒープ氏はAPVコーデックの「4つの特徴」として、高ビットレートなロスレス記録ができること、オープンスタンダードであり、ロイヤリティフリーであること、Snapdragonデバイスで初めて放送やプロフェッショナル映像制作で使われる4:2:2クロマフォーマットでの記録に対応ことと、様々な映像制作のプラットフォームと高い互換性を備えることを挙げた。
また、アップルによるApple ProResコーデックに比べて、記録される映像ファイルのサイズが約10%小さくできることも特徴として付け加えた。APVに対応する制作、および配信プラットフォームの環境も今後徐々に拡大するという。
Androidエコシステムの拡大とGeminiの大きな可能性
Snapdragon Summitの開催2日目に行われた基調講演では、クアルコムのカトゥージアン氏が立つ壇上に、グーグルのAndroidエコシステムの責任者であるサミール・サマット氏がゲストスピーカーとして足を運んでスピーチした。
カトゥージアン氏は最新のSnapdragon 8 Elite Gen 5は、グーグルによるGeminiのようなAIエージェントが持つ可能性を解放できるチップセットであると語った。
例えばそれを将来、スマートフォンと連携するAIスマートグラスのようなデバイスと結び付けた時に、スマートグラスが搭載するAIエージェントに音声でコマンドを伝えて、SNSへの投稿やECサイトでのショッピングを、スマートフォンに触れることなくハンズフリーで楽しめるようなユーザー体験が提案できる可能性についてもカトゥージアン氏は言及した。
グーグルとクアルコム、サムスンの3社による協業が進むXR向けプラットフォーム、Android XRの進展とハードウェアの現状、次世代のXR体験について話題が及んだ。
グーグルのサマット氏は、AIエージェントのGeminiが現在Androidを搭載するスマホをはじめ、Pixelシリーズのスマートウォッチに展開したことを強調する。
そして今後はXRデバイスにオートモーティブなど、Androidのエコシステムに新しいカテゴリのデバイスが加わり、AIエージェントもよりプロアクティブにユーザーを支援する未来が訪れる可能性をサマット氏は示唆した。
基調講演の壇上で、サマット氏はグーグルがモバイルPC向けのプラットフォームであるChrome OSの体験について、その基盤となる技術をAndroidベースで再構築する試みが現在進んでいることについて言及した。
このプラットフォームにAIエージェントであるGeminiの進化を反映させることもグーグルのテーマだ。
次世代の“Androidデバイスどうし”をシームレスに連携させて、AIエージェントとの関係性を深めることにSnapdragonが大きな役割を担うのかもしれない。壇上でカトゥージアン氏とサマット氏が固く握手を交わす姿が今後のエキサイティングな展開を予感させた。
2日の基調講演の最後には、クアルコムのカトゥージアン氏は今回発表したSnapdragon 8 Elite Gen 5の弟妹的な位置付けになる新しいチップセット「Snapdragon 8 Gen 5」の開発が進んでいることも明らかにした。
フラッグシップである“Elite”の体験を維持しつつ、ユーザー、およびデバイスの開発者により多くチップセットの選択肢と体験を提供することが狙いだ。オーディオ・ビジュアルに関連するハイライトも含めて、このチップセットの詳細についてはまた機会を改めて、取材によりわかったことを伝えたい。
