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トライオードの真空管アンプで聴き比べ

<バッハ専門家・澤谷夏樹さんと聴く>「300B」vs「KT150」、真空管アンプの“球違い”を楽しむ

2024/02/08 レポート:飯田有抄
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「音楽の父」という愛称で知られる大作曲家ヨハン・ゼバスチャン・バッハ(1685〜1750)。大層なキャッチコピーであるが、それを冠してもあまりあるほど豊かなバッハの音楽は、クラシック音楽ファンのみならず、ジャズやロック好きの人々をも魅了する。

今回は、バッハや古楽演奏を中心に執筆活動を行っており、オーディオにも関心が高い音楽評論家の澤谷夏樹さんに、バッハのレコードを5枚選んでいただいた。そして、トライオードの真空管「300B」と「KT150」を搭載したプリメインアンプ2機種によって、じっくり聴き比べをしてみた。真空管アンプはバッハの魅力をどう引き出してくれるのか。球の違いで見えてきた、バッハ作品の聴きどころとは!?

クラシック音楽ファシリテーターの飯田有抄さん(左)と、音楽評論家の澤谷夏樹さん(右)。クラシック音楽を専門にしながら、近年オーディオにも大変興味を持っているお二人に、真空管による音の違いを体験いただきました

出力管の違いは音の違いにどう現れる?



球の違いによって、さまざまな表情を見せてくれる真空管アンプ。今回は、創業30周年を迎えた真空管アンプメーカー・トライオードの社長である山崎順一さんに、「300B」を後段に据えたアンプ「TRV-A300XR」(出力8W)と、「KT150」を後段に据えたアンプ「TRV-A150XR」(出力18W)の2機種を準備していただきました。

300Bは1938年にウェスタンエレクトリック社が出して以来、人気の高い真空管です。山崎さんいわく「とても自然で、色気もある音」とのこと。実は私も愛用しています。

TRIODE 真空管プリメインアンプ「TRV-A300XR」(価格:308,000円/税込)※PSVANE WE300B仕様は369,600円

KT150は2013年に誕生した新しい真空管です。もともとイギリスで誕生した1960年代のKT88から進化しました。300Bに比べて出力を大きく取れるのが特徴です。

TRIODE 真空管プリメインアンプ「TRV-A150XR」(価格:363,000円/税込)

TRV-A300XRとTRV-A150XRは、いずれも前段には12AX7を1本と、12AU7を2本組み合わせている、いわば「兄弟機」のような位置付けの2機種。バッハのレコードで両者の音の違いがどう感じられるでしょうか。アナログプレーヤーはイタリア・GOLD NOTEの「PIANOSA」に、フォノイコライザーは「PH-10」、スピーカーにはBowers&Wilkinsの「803 D4」を使用して、早速聴き比べてみましょう!

アナログプレーヤーにはGOLD NOTEの「PIANOSA」とMCカートリッジ「DONATELLO GOLD」

バッハのエキスパート・音楽評論家の澤谷夏樹さん登場



今回は近ごろオーディオ熱が高まっている音楽評論家・澤谷夏樹さんに参加していただきました! 澤谷さんは日頃、新聞や雑誌などにコンサート批評を書いたり、日本全国のオーケストラ公演の曲目解説を手掛けています。学生時代から専門に研究してきたドイツの大作曲J.S.バッハや、18世紀音楽についての執筆が多いそうです。

バッハや古楽を中心に、クラシック音楽全般についてCDのライナーノーツや演奏会プログラム等の執筆活動を行なっている

そこで、澤谷さんにオススメのバッハのレコードを5枚選んでいただきました。せっかくなので、少しずつ作品についても解説してもらいます。以下「」内は澤谷さんのコメントです。

澤谷チョイスその1:楽器の音色と子音


ブランデンブルク協奏曲第4番BWV1049より 第1楽章 ト長調
ピノック指揮、イングリッシュ・コンサート



「管弦楽といっても、バッハの時代の編成はわたしたちがイメージするような近代の大オーケストラとは違います。各楽器の奏者が一人とか二人の小編成です。楽器の種類は多いので、それぞれの音の立ち上がりや混ざり具合、レンジの聴き比べができますね。ブランデンブルク協奏曲第4番第1楽章はリコーダーが活躍する曲です」

TRV-A300XR
「笛がパーンと前に来ますね。リコーダーは音量が小さいとはいえ、品質の良い音を作りやすい完成された楽器です。アンサンブルの中で際立つのですが、その特性がよく出ています。独奏のヴァイオリンも、重音を弾く際に弓が弦に触れる感じが出ますね。高音域の鳴り方がよく生かされているし、子音がよく届きます」

え、言葉のように、音楽にも子音や母音があるの?

「音楽にも子音や母音がある」と語る澤谷さん

「あるんです。私たちは音の出鼻の部分を子音、そのあとの響きを母音、音が減衰したあとの響きを余韻と捉えています。18世紀の音楽では子音と母音の関係が大事。この録音は子音を大切にしている演奏ですが、300Bのアンプはそれをちゃんと出してくれますね」

TRV-A150XR
「違いが歴然!300Bは、個々の楽器奏者の腕前がよく伝わりましたが、こちらはアンサンブルとしてのまとまりがいい。リコーダーのハモリの手触りが、音楽の中で整えられている。300Bでは細い針金をピンと張ったような感じがしましたが、こちらは絹糸のような緩やかさ。先ほどは子音がしっかり。こちらは母音や余韻がたっぷり。それがハーモニーの良さにつながるので、アンサンブルが活きるのでしょうね」

比較してみると…
「もしこれがアンサンブル・コンクールの審査員として私が聴いているとしたら、TRV-A150XRを高く評価するかもしれませんねぇ」

コンクールの審査目線から聴くなんて斬新! そうそう澤谷さんは音楽コンクールの審査員もやっているのでした。

「でも、審査員によって視点は違います。“合奏団300B”はアンサンブルよりもソロイストの活躍、“合奏団KT150”はソロイストよりもアンサンブルのまとまりを重視。それぞれ良いところが違いますから、どちらが勝つかは審査員によりますね!」

澤谷チョイスその2:声楽曲の言葉


農民カンタータ BWV212 より第14曲アリア「クラインチョハーの村よ」
ホグウッド指揮、アカデミー・オヴ・エンシェント・ミュージック、エマ・カークビー(ソプラノ)



「次は声楽を聴いてみましょう。ソプラノのカークビーは英国人で、朝からウィスキーをガブガブ飲んでしまうほど、天性の強い喉をもった歌手です。この曲はドイツ語です。ライプツィヒ近郊のクラインチョハーという村に、新たに就任した領主を祝うために書かれた曲で、いわば芝居のないオペラです。宮廷風にお澄ましして歌う女性と、ザクセンなまりで田舎っぽく歌う男性との対比がおもしろい曲です。

第14曲は、メヌエットという宮廷の舞曲風で作られていて、フルートが活躍します。フルートは貴族が趣味でやる楽器でしたから、ベタに宮廷風にやってるわけです。

ちなみに、バッハって、あまり演奏家のことを考えないで曲を書くんですよ。フルートは『殺す気か!』ってくらい、息継ぎなく吹かされます。いや、実際に、バッハの負荷の高い曲を演奏した後に、帰り道で死んでしまったトランペット奏者もいたそうですから。とにかくこの曲もフルートはハードです」

チャーミングな曲なのに、意外と恐ろしい!実際に聴いてみると、確かにフルート大変そう。

TRV-A300XR
「先ほどと特徴はやはり同じで、歌の子音が際立ちます。言葉の内容がよく伝わりますね。フルートも息の音がよく聴こえる。音の出鼻が克明にトレースされています」

TRV-A150XR
「短調から長調へ移旋したときに緊張のレベルが変わるのがよく伝わりました。緊張の増減や、ピンと張ったところから緩む感じも聴き取れますね」

比較してみると…
「こういった曲はコンサートではあまり大きな会場で聴くものではありませんが、会場の前列の方で聴くのか、後列の方で聴くのか、それに似た違いを感じられました」

なるほど。300Bは割と前列で聴くような感じ。KT150はホール全体で響きが溶け合っている感じがしました。KT150は出力が大きいけれど、単にパワフルに鳴るわけではないようです。

「一人で歌っている曲の場合、言葉がきちっと聴こえる300Bがいい気がしますね。では合唱になるとどうなるのか。次はミサ曲を聴いてみましょう」

澤谷チョイスその3:合唱が活躍するミサ曲


ミサ曲 ロ短調 BWV232より「サンクトゥス」
ガーディナー指揮、イングリッシュ・バロック・ソロイスツ、モンテヴェルディ合唱団



バッハの宗派はプロテスタントでした。礼拝で演奏するための合唱や器楽による「カンタータ」を200曲ほども残しています。ですが、「ミサ」とはカトリックの儀式です。なぜプロテスタントのバッハが、「ミサ曲」を残したのでしょうか?

「ミサ曲ロ短調はバッハの大規模声楽曲の中で唯一、何のために書いたか判らない作品です。バッハはこの曲に自作カンタータをたくさん転用しました。カンタータは普通、決まった日に1度だけ演奏するものです。それらをどんな礼拝にも使いうる、ユニバーサルなミサのフォーマットに落とし込んで、“ベスト盤”を作るつもりだったのかもしれませんね」

なるほど、ベスト盤! カトリックのミサでは、年間を通じて同じ言葉のお祈りをします。それをミサ通常文といいます(まさにユニバーサルなフォーマット!)。通常文は〈キリエ〉〈グロリア〉〈クレド〉〈サンクトゥス〉〈アニュス・デイ〉の5つで構成されますが、この5つの祈りに音楽をつけたものが「ミサ曲」なのです。

「『サンクトゥス』の冒頭は女声合唱が二手に分かれ、男声は真ん中で歌っています。やがて『ホザンナ…』と歌われるところからは男声も分かれて歌います。二重合唱での掛け合いはオーディオ的に一つの聴きどころですね。ただし、この録音自体はさほど定位がはっきりと伝わるものではありません」

TRV-A300XR
「やはり言葉がよく聴こえますね。この録音は、わりと丸い響きにされてるのですが、300Bでは言葉がはっきり届きます。バロック時代の音楽はポリフォニー(多声)が音楽の大きな特徴ですから、ポリフォニックなところがしっかり聴けるのはいいですね」

TRV-A150XR
「こちらの方が内声が厚く聴こえますね。『農民カンタータ』のように声部が限られていると、言葉がよく聴こえて良いですが、合唱はアルトとテノールによって立体感が出ますから、内声がよく響くと、音楽の厚みが出ます」

比較してみると…
「音の出鼻は300Bがはっきりしますが、合唱ではKT150をお好みになる人は多いかも。とくにミサ曲の歌詞は『通常文』なので、聴く側にも共通の認識がありますから、カンタータのように言葉がはっきり届かなくても大丈夫。歌詞よりも、むしろ響きや情緒が伝わる方が、ミサ曲を聴く分にはいい。KT150は内声が厚く出るので、結果として空間が大きく感じられました」

澤谷チョイスその4:超絶技巧が光るオルガン曲


トッカータ、アダージョとフーガ ハ長調 BWV564
トン・コープマン(オルガン)



バッハのオルガン曲といえば、超有名なのは“チャラリ〜 鼻から牛乳〜”ですが(失敬! トッカータとフーガ ニ短調BWV565のことです)、澤谷さんいわく、あれはバッハの作かどうか、実はわからないそうです。

「最新の2022年版のバッハの作品目録によれば、『バッハの作じゃないことを示す明確な証拠はない』とされているんです」

うわぁ。なかなか際どい言い方しますよね、アカデミズムの世界。

「『トッカータ、アダージョとフーガ』は傑作で、ぜひオーディオファンの方に好きになってほしい曲。“鼻から牛乳”を聴く暇があるなら、ぜひこちらを聴いていただきたい。さて、オルガンは基本的には子音が無いに等しい楽器。レジスターという音色変換装置で音色を変えたとき、パッとデジタルに変わるか、ユルリと柳腰でかわるかは注目ポイントです。音色の組み合わせは、楽譜に指示がないので、オルガニストの腕の見せ所。オルガンは一つの音高・音色にたいして1本のパイプが必要になるので、1000本の楽器もあれば8000本の楽器もあります。全盛期のトン・コープマンによるこの録音は、オランダにある18世紀前半のオルガンを使用しています」

TRV-A300XR
「300Bは、やはり押し出しが強く、ソロイスティックに聴こえますね。パラっとした響き。コープマンの、音楽を先へ先へと進めたい気持ちが伝わってくる。オルガンは響きや大きさが感じられる再生がいいかなと思っていましたけれど、粒立ちのいい音は、聴いていて楽しいですね」

TRV-A150XR
「この曲は足鍵盤で演奏する声部が目立つ曲です。録音によっては、低音が押し付けがましくなることもあります。KT150はわりと響きをまとめてくれるので、ひどく腹にもたれる感じはしないですね」

比較してみると…
「意外でしたが、オルガンは粒立ち良くパラッとした響きで聴かせる300Bが合うように思いました。KT150の方がしっとりしている。パラパラチャーハン vs しっとりチャーハンのように好みもありますが、私は300Bが楽しかった」

澤谷チョイスその5:モダンピアノで聴くバッハ


前奏曲とフゲッタト長調 BWV902 前奏曲、コラール前奏曲 BWV734(ケンプ編曲版)、前奏曲とフーガ ホ短調 BWV855
ヴィキングル・オラフソン(ピアノ)



バッハの時代は鍵盤楽器といえばチェンバロやオルガンでしたが、最後は現代のピアノによる録音です。オラフソンによるバッハ作品集を聴きました。

TRV-A300XR
「オラフソンはカーンとした音色とヌルッとした音色を使い分けますが、その対比をよく味わえますね。ポリフォニーの声部がよく弾き分けられていて、同じ音型でも、呼びかけと応答のキャラクターをはっきり変えているのが伝わります。BWV734は、引き伸ばされたコラールの旋律と、オブリガートのパラパラした音型が明快に届きます」

TRV-A150XR
「ああ、やはりこちらの方が、内声が厚く聴こえますね」

比較してみると…
「BWV855では、300Bはアリア風の装飾的な旋律が前面に出てきますが、KT150では左手のパターンの連続が、いかに色彩を変えているかが耳に届きやすい。フーガの声部同士の対話の内容が、二つの真空管で違って聴こえます。300Bでは、「こう思うな」「え、そうかなぁ?」と聴こえる対話が、KT150では「こう思うな」「そうかもね」と受け流す感じ。

オラフソンは変態的(!)なまでに音色を自在に操ることができるピアニストですが、300Bは音楽の表層的な部分を際立たせる対位法的な変態性、KT150は内声を際立たせる詩的な変態性を感じます。表変態か、裏変態か、みたいな。どちらの球を選んだとしても、彼の変態性は出てきます(笑)。聴き手がどちらの変態性に寄り添いたいかによって、選ぶ球も変わるかもしれませんね」

澤谷さんチョイスで、さまざまな規模や編成のバッハ作品を聴き比べてみました。一貫して、300BとKT150には次のようなキャラクターが感じられました。

KT150搭載アンプ(手前)と300B搭載アンプ(奥)、それぞれの特徴がよく見えてきました

TRV-A300XR:子音がクリアで、音の粒立ちの良さが特徴的
TRV-A150XR:母音の響きがよく、音のまとまり感が秀逸


最終的には個人の好みで選ぶ真空管ですが、ご参考になればと思います♪

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